ステルスミッション

「ふー なんとか撒けたな...」


未来の宝ビルディング50Fに到着したセリザワは束の間の危機が通り過ぎたことに一安心していた。侵入任務にはどうしても想定外のことは起きるだろうと前もって予期はしていた。ただまさかの元カノが最大の予想外要因になるとは誰が考えられただろうか。


(えーと 倉庫室は....あのデカイ扉の先か)


50Fのエレベーターホールの先には細長い廊下があるだけで、片側がビルの窓ガラス、もう片側が倉庫室になっているだけのシンプルな作りになっている。目指すは倉庫室。入るにはフォークリフトほどの大きさの乗り物が通れるほどのドアをくぐれば良い。


ただ、この倉庫室に入ることのできるスタッフは運搬スタッフか警備スタッフが主だ。今セリザワが来ている制服のスタッフはほとんど入ることがない。それ故、セリザワは堂々と潜入することはできない。


つまり、潜入するには中にいるスタッフ達に気づかれないように倉庫室に入り、目的のナイト装備二人分を回収しなくてはならないのだ。


セリザワはポケットからゴーグルを取り出して耳にそれを掛け、もう片方のポケットから細長い黒い塊を取り出した。


それは、スタンガン。


電気ショックで相手を気絶させる凶器だ。できることなら使いたくはない。それは相手の事を思っているというよりもこれを使えば侵入者がいましたよと伝えるようなものだからだ。


セリザワは倉庫室の正面扉まで来ると、ゴーグルの電源を入れた。しかし、セリザワの視界にはまだ何も表示されていない。


「Hack Camera!」


BMDを介してセリザワが命令を出すと、ゴーグルに倉庫室内のカメラ映像が映し出される。


(あれ 案外広いな... どこだナイト装備は?)


セリザワの視界に映し出された映像には巨大な倉庫室が広がっていた。ビルの50Fにある倉庫室だからいくつかの会議室をくっつけたくらいの広さだろうと思っていたが、予想以上に倉庫室は大きかった。ちょっとした工場くらいはあるだろう。人の4倍以上はある高さの金属製の棚には番号順に多種多様の荷物が積まれている。通路には荷物を運んでいる自動運搬車や荷下ろしチェックをしているスタッフがちらほら見受けれた。


(なんでこの子供を作るビルにこんな工場ばりの荷物があるのかね...)


一つ一つ目的の物を探していたら気が遠くなりそうになる光景を見てしまったセリザワのやる気ゲージが若干だが下がった。


「Scan Target!」


探すのも面倒なのでセリザワは荷物登録データベースにアクセスし、ナイト装備が置かれている棚の番号を検索することにした。ナイト装備は培養アーム用サーボモータ類という名前で偽装してあるとクリストファーから聞いているので、その名前で検索をかけると、


ヒットした。


W098a-45という場所に保管されている。


今セリザワがいるスタッフ用の正面扉側の棚から順にAからのアルファベット順で荷物は預けられている。とすると、Wの列はかなり奥。


(また面倒いところにあるな...)


奥に行くだけ見つかるリスクは高くなる。そのため中にいるスタッフの動きを常に把握していなけらばならない。セリザワはカメラに映し出されたスタッフに視線を集中させる。するとそのスタッフが赤色にハイライトされた。これは対象の動きをリアルタイムで補足するストーカー機能だ。


倉庫内に設置されてある複数のカメラの映像を駆使し、セリザワは見つかる限りのスタッフをハイライトした。


これをやっておけば、常に行動を監視できるため潜入成功率も上がるだろう。この機能のいいところは物で遮られていても反対側にいる対象の動きをゴーグル越しにチェックできるところだ。


正面扉付近にスタッフがいない隙を見計らってセリザワはゆっくりと音を立てないように倉庫室の扉を少し開くと、すぐに空いた隙間に体を滑り込ませ中へと入った。


倉庫室の中は廊下以上に空調設備が整っており、涼しい風が吹き荒れていた。ゴーッとなる機械音が小さな音を掻き消してくれるので都合が良い。


中腰の姿勢を保ちながらセリザワはスタッフがいない方の棚を伝って奥へと進んでいく。幸いスタッフは中央にかたまっており、巡回していないのが嬉しい。


順調に見つかる事なく、セリザワはGと書かれた棚の列まで進んだ。


その時、


「ん? おい! 誰かいんのか?」


次の列に行こうと顔を出した瞬間、セリザワの背後から声が聞こえた。


咄嗟にセリザワは近くの細い通路へと体を持って行き、ゴーグルであたりを見回す。


ハイライトされたスタッフの影はない。


ただ、依然としてこちら側に迫る足音はだんだんと音を大きくしている。


(カメラの死角にいたスタッフがいたのか...)


倉庫室内にはかなりのカメラが置かれていたが、その全てがこの空間を網羅できている訳ではないようだ。死角となった箇所にいたスタッフがハイライトされずにいたのだ。


近くの通路に身を隠したは良いものの、残念なことにこの通路は一方通行だった。このままでは見つかってしまう。


スタンガンをお見舞いするしかないようだ。


ただ正面から襲いかかっても警報を鳴らされれば気絶させても意味がない。どうにかして相手の意識を後ろに逸らさねばならない。


「Search!」


BMDの能力を使って周りに置いてある荷物に検索をしてみた。すると、周りにはいくつか操ることのできる装置が眠っているようだ。


(おー こいつを起動させてみるか)


「Activate Motor!」


セリザワが小声で命令言語を唱える。


2秒後、


「うわっ! なんだ!?」


すぐ近くまで来ていたスタッフの小さな驚きの声が聞こえた。驚いたスタッフはセリザワがいる通路に向かうのを止め、音のした方へと歩いて行った。


そのまま後ろをついていき、スタンガンをお見舞いしようかとも考えたが止めておく。起動させた子供のおもちゃの停止にどうやら手こずっているようなので大人しく次の列に移動することを優先した。


そこからN列まではスムーズに進むことができた。死角になっていたスタッフもいない。


N列を通り過ぎ、H列に差し掛かった頃、H列に2台の自動運搬車が同時に入ってきた。その2台はN列の通路を各々の端から中央へと何度も往復しながら荷台に積んである荷物を棚へと移し出したのだ。効率重視のロボットがなぜそのような動きをするのか、それは積み降ろしを同時に行っているからだろう。


本当にそうなのかか? それはわからないがH列のロボットはなかなか作業を止めて移動してくれない。自動に運搬をするロボットと言っても頭部に搭載されたカメラには登録されたスタッフ以外の人物を検出すると警報を鳴らす。そのためロボットだからといって無視することはできない。


しかしセリザワはBMD能力者。障害物にもならない。


「Hack Robots!」


H列を移動する2台のロボットに意識を集中し、10秒間作業を停止させる。


その間にセリザワはなんなくH列を通過した。


そしてようやくW列。


目的の棚には...一人の男がいた。


しかし、今までのスタッフのような格好をしておらず真っ黒なスーツを着ていた。


(誰だ?アイツは...)


その男は明らかにW098a-45に置かれているダンボールを見ている。あれを開けられたら終わりだ。


ならばその前に倒すのみ。


荷物を調べることに必死な黒服の背後まで中腰のままそっと近づいたセリザワは右手に持ったスタンガンを勢いよく黒服の首元に当てた。


「うっぐぐぐぐぐっ!!!」


ビリビリっと電流を流れされた黒服が痙攣し、床へドサッと崩れ落ちる。


黒服の存在に疑問を感じたセリザワは倒れた男のスーツの胸ポケット探った。


すると、手にひんやりと冷たい物を感じる。


抜き取って見てみると、


それは、


拳銃だった。


それもUCASTが持っていたような合法の認証式銃ではなく、誰でも打つことができる昔のタイプの銃だった。


何か嫌なものを感じたセリザワはすぐさま博士に脳内通信を飛ばす。


『こちら十三番目 目的のナイト装備の確保に成功 だが、荷物の前に黒スーツを着た男がいたのでスタンガンで眠らした。あとで調べると認証式ではない銃を持っている事が判明 以上』

『何!? セリザワ君 それは本当かね?』

『博士 一応その呼び方はやめるはずでは?』

『まあ それは一応だからな やらなくてもいい... それよりその男の特徴は?』

『... ああ 黒髪短髪の40過ぎのおっさんだな 黒スーツと銃くらいしか特徴はない』

『うーん それではよく分からん なんかそのほかに持ってるものはないのかね?』


博士に言われ、もう一度他のポケットを探してみると通信デバイスと財布くらいしか見つからなかった。


『なるほど... これはちょいと厄介だな もし政府の連中なら身分を証明するものがないと仕事はできない 何もないと言うことはあいつらも我々同様に動き出したというところか...』

『あいつらとは?』

『遺伝子改造人間主義の秘密結社、"ヘリックス"だな 詳しいことは後で話そう 別にそいつらとは確定したわけではないからな そのまま進めてくれ』

『了解』


脳内通信を切った後、セリザワは目的の荷物を抱えて倉庫室から脱出した。


このあとはサナダと合流し、いよいよThirdParentへのハッキング準備に取り掛かる。


今まで順調過ぎたがゆえにセリザワには不安な気持ちがあった。さっき博士に言われた謎の組織ヘリックスが頭から離れないのだ。


だが、余計な心配をしている暇はない。十一番目、十二番目、十三番目のナイトが集結するのだから。

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