未知との遭遇
未来の宝ビルディングの受付を無事サナダのハッキングによって通り抜けたカップルに扮したセリザワとサナダは他のカップルに紛れてエレベーターに乗った。
「ちょっと資料取ってくる 先行っててくれ」
「あー そう わかったわ」
セリザワはサナダに小声で話し、35Fで降りた。サナダはそのままエレベーターに乗り46Fを目指す。勿論彼らが話していたのは周りにいるカップルに聞こえるようにするためについた嘘であり、資料を取りにセリザワが途中でエレベーターを降りたのではない。セリザワは35Fのスタッフルームにおいてある制服を盗むのが目的であるのだ。嘘をついたのはカップルなのに彼氏側が彼女を置いて先に降りるという光景を不思議がられるのを防ぐためだ。周りの者達はそんなことを気にもしないかもしれないが念の為。なるべく気づかれる種は早いうちから除去しておいておいた方がいい。
35Fはスタッフルームがあるためほとんどが制服を着た者しかおらず、セリザワのような私服の者はいない。この階には客用の資料スペースが確かに設けられてはいたが、そもそも客の姿はほとんど無かった。さすがにこの雰囲気では目立つ。
スタッフルームまで行こうとすると不審がられるかもしれない。
ただ、セリザワは堂々と資料スペースを突っ切り、スタッフルームへと向かう。まるでこれから着替えにいくスタッフであるかのように。
「こんにちは お疲れ様です」
「あっ お疲れ様です」
すれ違ったスタッフにはセリザワの方から積極的に挨拶をした。これも演出の一つ。
何の疑問も持たれずスタッフルームの扉の前まできたセリザワは小声で魔法を唱えた。
「Unlock Door」
すると、ウィーンと音を立ててスタッフルームの扉がスライドした。
セリザワはサナダのように無言でハッキングすることがまだできていない。無言詠唱と魔法ぽく言うとそんな感じのやつなのだが、頭の中の指令値イメージをBMDを介して言語化し、命令値に置き換えることができないので言葉を発して強制的にイメージを言語化して命令値を生成している。
中に入り、男子更衣室の方へ入るとロッカールームが広がっていた。そしてセリザワはおもむろにポケットから手のひらサイズの薄いディスプレイを取り出し、
「Scan ID」
セリザワの命令言語を解読したBMDがサーバーにアクセスし、ロッカールームを使用している男性スタッフのIDを手に持っていたディスプレイへと次々に表示させていく。IDにはスタッフの簡単なプロフィールと出勤情報が載っているのだ。その中で今日出勤していない者を探すとセリザワはその者が所有するロッカーまで行き、扉を開けた。勿論ハッキングをして。電子ロック式のロッカーは安全性が向上するかもしれないがセリザワのようなナイトの前では南京錠よりも脆い。
ロッカーの中から黄緑色の制服を取り出しリュックへと詰める。ここで着替えないのは46Fで再びサナダとカップルとして潜入する必要があるからだ。
制服を詰め終えたセリザワが更衣室から出ようとすると、
向こう側から扉が開かれ、制服を着たスタッフが入ってきた。
「お疲れ様です」
セリザワは再びこちらから挨拶をし、通り抜けようとするが、
「あれっ? もうお帰りですか?」
少し驚いた表情でセリザワを見つめる男性スタッフ。
(マジかよ このタイミングで 面倒いな...)
「はい そのちょっと今日は休みなんですけど、ロッカーに忘れ物していたので取りに来たんですよ」
「あれま それは大変でしたね! わざわざ休日出勤とは お疲れ様です」
「お疲れ様です では先失礼しますね」
案外あっさり終わりセリザワはなんとか更衣室から脱出することはできた。できたのだが...
(あいつはマークしておかないとな...)
ただの挨拶程度なら問題ないが少し会話をしてしまった。そのため顔は相手の記憶に残ってしまっただろう。これからカップルに扮する時はなるべく見つからないようにしなくてはならない。さらにセリザワは少し気になった点があった。
すぐに終わった会話であったが去り際、相手のスタッフが一瞬ニヤッと笑った気がしたのだ。気のせいかもしれないが、もしそうでないとしたら何故笑みを浮かべたのだろうか。休日出勤したスタッフをただバカにしているだけなら良いが。
その後何事もなく46Fにたどり着いたセリザワはエレベーターホールで待機していたサナダと合流し、診察室へと入る。スタッフのアクセス権を取得するために。サナダはハッキング能力が高く既に受付をしていた者のアクセス権を掌握していた。しかし、受付のアクセス権ではまだ十分ではない。サナダの最終目標であるThirdParentのハッキングにはどうしてもアクセス権が必要なのだ。ただそのアクセス権にもセキュリティ上、段階に分かれており、アクセス権の権限が低いものから順にハッキングすることしかできない。これは社員が昇格するとアクセス権が上書きされるというシステムのセキュリティーホールによるものだ。それゆえサナダは受付のアクセス権を使用して権限の高い診察室のスタッフのアクセス権をハッキングするつもりなのだ。診察室スタッフの権限を取得したあとは博士のガジェットに頼るらしい。それより上の権限を持つスタッフには接触するのが難しいと踏んだのだろう。サナダのナイト装備である忍者が背中に刺す剣のようなガジェットはクリストファーが運んでくる予定だ。それまではセリザワもサナダもBMDの能力だけに頼るしかない。
そんな事を考えていた間にも適当に診察室のスタッフの質問に答えていると、
『ゲットしたわ』
サナダの声が脳内に流れてきた。どうやら目の前にいるスタッフのアクセス権の奪取に成功したようだ。
目的のアクセス権の件は既に片付いたため最低限度の質疑応答を済ませ、セリザワとサナダは足早に診察室を後にした。
今のところすべて想定内だ。予想外の事態...まあほとんどないが来たらどうするのか若干不安ではあったがこれほどスムーズにいくとは。やはりBMDの能力は伊達ではないということだろう。
これからセリザワは制服に着替えてから倉庫室に潜入し、クリストファーが預けてくれたナイト装備を回収して警備室を占領する手はずになっている。その際サナダの分のナイト装備を回収することを忘れないようにする注意点があるが今の調子を考えるとなんだかいけそうだ。
46Fの廊下でサナダと別れるとセリザワは早速トイレへと向かい、黄緑色のスタッフ用制服へと着替えてから倉庫室へと向かう。倉庫室は50Fにあるのだがその前に警備室へとつながる46Fの状況を把握するために下見として診察室が並んでいる廊下ではなく、DNAが保管されている保管室近辺をチェックしておくことにした。この保管室が立ち並ぶゾーンを超えると警備室がある。そこから先は別エリアとして指定されており、サーバールームにいく道としては最も近い道のりだ。
保管室ゾーンの廊下には当然のごとく採取したDNAを検査機にかけて検査する検査員のようなスタッフ達が歩き回っていた。セリザワの制服は似ているが検査員の物ではない。しかし、このゾーンを歩いていても不思議がられるようなことはなかった。すぐ近くに患者がくる診察室があるからかもしれない。
保管室ゾーンを超えて、警備室へと繋がるゲートの方へ向かおうとした時、
「カク!」
突如、セリザワの背後から名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。それもまあまあのボリュームで。
(何!? 気づかれたか!?)
急激に焦り始めた気持ちを押し殺し、ゆっくりと後ろを振り返ると、
そこには自分とあまり歳が変わらない見た目の金髪ブロンドの綺麗な女性が立っていた。
「ん? 俺のことか? いや...ですか?」
突然の出来事についいつもの口調で質問してしまったが、今はスタッフに扮しているということを瞬時に思い出し言葉を訂正しておく。
すると、目の前で何やらモジモジとしていた女性はコクコクと頷き始めた。カクと呼んだのはどうやら聞き間違えではないようだ。確実にセリザワの事を特定して話しかけてきたらしい。
(これはマズいな 想定外だ... 早くなんとかここから逃げないと)
「...何か用でしょうか? これから行かねばならないところがあるんですが...」
セリザワとしてではなく、スタッフとしてそれも忙しい身ですよとさりげなくアピールしてここから逃げようと試みるが、返ってきた返事は意外なものだった。
「私だよ ナターシャ! そういうのヤメてよお」
「ナターシャあ?」
ナターシャと聞かれて全く思い当たる人物が思いつかない。それもそのはず、ここ最近の記憶しかないのでそんな名前を聞いても思いつくはずがない。どうやらナターシャなる人物は記憶がなくなる前の知り合いなのかもしれない。
これはまさしく想定外。こんなことはさすがの博士でも予想していなかっただろう。
「...というかなんで俺の名前を? ん? たまたま名前が被ってるだけかな 俺の苗字ってわかんの?」
状況を整理できず、再びナターシャがセリザワ・カクと認識しているのか聞いてみることにした。もしかしたらたまたまカクという名前だけが一致したのかもしれないし。
(それはないかな?)
「セリザワ! セリザワ・カクでしょ フリでも傷つくんだけど... 元カノに対してちょっと冷たすぎない?」
(なっ!? 元カノ!? マジかよ...そんな偶然あるかね)
「えっ!? マジか これどうすんの? 十二番目...」
セリザワはちょっと緊急事態になり対処できなくなったのでサナダに脳内通信で聞いてみることした。十二番目と呼んでいるのは本名を任務中は脳内通信でも使う事を避けるためだ。万が一傍受されていたら元も子もないから...ということにしておこう。
『何? どうしたの 緊急事態?』
すぐに頭の中にサナダの声が流れてきた。
『ああ...なんというか 元カノが俺の目の前にいるんだが..』
『元カノ? ...ねえそんなことで通信してこないでくれる?』
『いや でも俺の名前知ってるんだぞ それに以前の俺も...』
『私が誘導したのがいけないんだけどまあ仕方ないわね 頑張って撒いて」
「どういうこと?」
意味がわからなすぎて脳内通信しようとする前に口が勝手に動いていた。なんか目の前にいるナターシャとハモった気がするが、それよりも
『誘導したってどういうことだ?』
『時期にわかるかもね 今は言えないけど 後は頼んだわ!』
サナダからの脳内通信が切られた。
(どうすんだあ? これ)
「あー ナターシャ ちょっと最近色々あってな...また今度ゆっくり話そう 今仕事中だから行くな?」
どんな反応が返ってくるか不安だったが、ナターシャは意外にもまんざらではなそうで
「ん...わかった... それで! いつ会える?」
「あー そうだなー 再来週くらいか?」
「じゃあ連絡するね!」
「おう...」
適当に返事を済ませることができたセリザワは来た道を引き返し、エレベーターホールへと目指した。一刻も早く50Fに行くために。
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