侵入開始!

信者達の嘆きを聞かされてから二日後、セリザワはジル博士に呼び出され、再び基地のとある部屋へと戻っていた。


呼び出されるまでの間サナダの案内のもと、以前記憶が失われる前から住んでいたらしいセリザワ本人のアパートで待機していたのだ。


正直この二日間、十分な休息が取れたかと言うと取れていなかった。神殿で聞いた信者達の魂の叫びがずっと頭から離れなかったからだ。ただの相談事でも色々と気を回さなければならず、神経がすり減ると言うのに彼らの嘆きはその一つ一つが生々しく重い内容ばかりだった。あれほど人間にはドス黒い感情が体の内側に流れているのかと思うと寒気がするほどに。そしてそのほとんどが遺伝子改造人間絡みの報復や憎悪、比較される無慈悲な日常ばかりで神殿という場で殺害を頼んできた者達も少なくなかった。


セリザワは思った。


彼らの感情は無視できるものではない。そしてこの状況を作り出した遺伝子改造人間達の世界は如何なものなのかと。


これはサナダから聞いたことだが、その一方でこの世界には今だ大きな戦争が起こっていない。彼らの憎悪に答えてしまうと聖戦と言う名の戦争が勃発してしまうのではないかとさえ不安に思う。


どこかの他国で起こっていればさほど気にはしないだろう。だがこの国でそれも戦争の立役者になることだけはどうしても避けねばならぬと考えるが、この感情を常時邪魔してくる存在がセリザワの内側にはあった。


その存在の正体は明確にはわからないが、これはおそらくインストールされたという『King』によるものの気がしてならない。日に日に邪魔をする感情の成分が強まっていく感じがしたからだ。特に理由もないのに。


「よし サナダ君もセリザワ君も集まってるね 早速始めようか」


頭の中をループする不快な感情がジル博士の掛け声により瞬時に消された。こればかりは感謝をするしかないようだ。


今、セリザワがいる部屋にはジル博士、サナダ、そしてクリストファーがいた。正面の壁に映し出された映像による光だけがこの暗い部屋を照らしているため各々の顔の表情までははっきり確認はできない状況だ。


(サナダの怖い顔を見なくて済んだな...)


「今日みんなに集まってもらったのは明日の侵入作戦の会議をするためだ」

「侵入作戦!? それに明日だと?」

「いい反応だセリザワ君 新人らしいねえ ただちょいと黙っていてくれ これから本題だ」

「了解...」

「ではまず侵入するビルを紹介しよう 正面の映像を見てくれ」


正面の壁に映し出された映像が航空写真に変わり、あるビルの真上までズームされていく。


「今回のターゲットはこのビル、未来の宝ビルディングだ」

「相変わらずネーミングセンスのかけらもないわね」

「サナダ君そういってやらんでくれ 国の建物なんてそんなものだろ?」

「ええ そうね よくわかってるじゃない」

「で このビルなんだが勿論ここで遺伝子改造人間の作成を行なっている まあ正確には体外受精してある程度の培養が済んだら病院の方に赤ん坊は移動させられるのだがな」

「博士 ということは目標は遺伝子改造人間ではなくThirdParentの方ですか」

「さすがはクリストファー君 勘がいいね その通りだ」


航空写真の映像が今度は未来の宝ビルディングの3DCG映像へと切り替わり、立体的なポリゴンの図が出現した。


「これが簡略化したビルの図だ ここの赤いエリアの部分にThirdParentがある この部屋に侵入してくれ」

「高層ビルだけど、目的のサーバールームは随分と真ん中にあるのね」

「まあ そんなわけだ 46Fから行けば入りやすいだろう ここはスタッフの他に患者もいるからな」

「ふーん で なんでこのメンバーなわけ? 私一人で良さそうだけど」

「一応ここ政府の重要指定ビルなんだよなあ ハッキングだけで侵入できるほど甘くない」

「厳重警戒体制が勿論だがひかれていてな、スタッフの中でも限られたものしか侵入できない。そのうえ監視カメラはネット接続してるものとアナログな有線直引きの二パターンを採用している。片方はハッキングで映像を差し替えたとしてもアナログの方はごまかしが効かないんだよ 警備室を乗っ取る必要がある。そして一番厄介なのが厚さ4.6メートルの金属扉だ。ここを突破しないと中に入れん。」

「それが僕の任務ですか」

「ピンポーン! サナダ君はサーバールームに侵入してThirdParentのログや個人情報を含めたものの奪取を クリストファー君は扉開けを セリザワ君は警備室の占領を任せたい 初のナイト三人共同作戦だっ!」

「というか博士? 私たちじゃなくて、六番目に頼めば別にこっそりやらずに堂々と情報取れるでしょ ThirdParentを何者かがハッキングしたの見つけられたのも六番目のお陰なんじゃないの?」

「まあ それもそうなんだがあっちも色々事情があってな、そう何回も出来んないんだと この間怒られたばかりなんだよ」


(こいつら政府の建物に侵入するのを甘く考えすぎてないか? ...ちょっと待てよ サナダって博士に対してタメ口だったっけ?)


「なあ そんな感じで政府の建物なんかに侵入できるのか?」

「私たちはBMD能力者よ テクノロジーの壁で囲ってある場所なら余裕よ」

「不安だ...」

「大丈夫だセリザワ君 僕も最初はそうだったが割といけるぞ それに警察から逃げ切っただろ? このくらい楽勝だって まあ博士から詳しい説明が後からあるから大丈夫だ」


暗闇だからはっきり見えないがおそらく親指を立てて、問題ないと笑っているクリストファー。


想定外の事が起きたらどうするのだろうか。


















「診察室は46Fになります。あちらのエレベーターからお上りください」


45度の姿勢を保ち、無駄のない綺麗なお辞儀をお客にしたミリヤはすぐさま受付に設置されているディスプレイに表示されていた前のお客様情報のページをホームに戻し、次のお客様に対応できるようにセットした。


彼女、タナカ・ミリヤはこの未来の宝ビルディングの受付を初めて丸7年のベテランだ。30歳にして受付部長を任されている。民間の受付業務ではロボットか外注業者に委託する場合がほとんどだが、国営であるこの場所では公務員の者が行なっているのだ。


ミリヤは今の仕事に満足していた。公務員ということで比較的安定した給料が常時もらえる上に受付という仕事は現代にしては単純作業が多いが花形とされている仕事であるからだ。さらに彼女は受付部長であるが故、部下よりも権限の高いマスターキーの所持を許されている。業務上、受付以外の場所にも行く機会が増えたためであるのだが、ミリヤは限られた者しか入れない場所に入れる自分に優越感を感じていた。


「お次のお客様 こちらへどうぞ」


ミリヤは列で待機していたカップルを呼ぶ。


未来の宝ビルディングでは遺伝子改造人間の子供を作成するため、お客は親となるカップルが90%以上を占める。そのため彼女が接客する相手はほとんどがカップルだ。ミリヤ自身は30歳になっても結婚していないが、気にしていない。仕事に満足しているという理由にしているが。


(あら 若いカップルね ...羨ましい...くない!)


「この度は未来の宝ビルディングにお越しいただきありがとうございます 今回のご来場目的を伺ってもよろしいでしょうか?」


マニュアルで一番最初に来た目的を聞くことになっているので聞くが、大体は遺伝子改造人間作成である。


「えー  僕達今日、子供に求めるタレントについての相談に来たんですが...」

「承知致しました。では診察室へご案内致します。その前にお二人のお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」

「あっ はい カキネ・ケイです。横にいるのがサカタ・フィーレンと言います」

「カキネ様とサカタ様ですね 今お調べしますので少々お待ち下さい」


お客様の名前を聞いたミリヤは受付に設置されたコンピュータに二人の名前を打ち込んでいく。


Searching Now .....


ぐるぐると検索中のアイコンが回転する。


(あれ? なんか遅いな...)


名前を探すには登録されたお客様データベースから該当する項目を検索するだけだ、アカウントが登録されていればすぐに見つかるはず。ちょっと検索に時間が掛かりすぎている。


この場合はアカウントを作成していないことになるのだが、彼らの順番的には既にアカウント登録が完了している段階だ。それ故にミリヤはアカウント作成しているか否かは冗長になるので聞かなかったのだが、


「あのすみません お二人は既にアカウントは登録済みでしょうか?」

「えー 既に登録しております」


再び画面に目を戻すと


カキネ・ケイとサカタ・フィーレンのプロフィール情報が表示されていた。どうやらネット接続が上手くいってなかったようだ。


「ただいまお二人の確認が取れました。診療室は46Fになります。あちらのエレベーターからお上りください」


















『入った』

『了解 サナダ君達は第一フェイズ完了  クリストファー君の方も頼んだぞ』














「お疲れ様ですベンさん。 交代の時間になります。 何か異常はありましたか?」

「お疲れ様です。 いやいつも通り異常はありませんよ では後を頼みます」


警備服に身を包んだ二人の男が敬礼を交わし、持ち場交代が行われた。


ベン・ラスフェンダー。30代後半の男性。遺伝子改造人間だ。職業は警備員。昨今警備ロボットが主流となりつつある現代の警備の仕事は以前と少し形態が変わってきていた。彼らの主な仕事内容は警備ロボットの点検と動作確認。そして接客業だ。警備員が接客をするのかとも思うが、いまだにロボットに慣れないお年寄りを初めとするユーザーには機械よりも生身の人間が警備をしていると安心を与えることができるというメリットがある。そのため国営の場所には比較的人間の警備員が対応することが今でも多いのだ。


ベンの持ち場は未来の宝ビルディング41Fの待合室。遺伝子改造人間の子供作成にきたカップルの親御さんなどが診察中に待機できる場所だ。


いつも通り、何人かの親にトイレの場所を聞かれたくらいで何の異常もなかった。


すごく退屈な仕事だが、ベンには丁度いいタスク量だと思っている。


(さてと 俺もトイレに行きますか)


3時間おきに交代となる持ち場のため休憩時にはきちんとトイレに行っておく。勤務中はほとんど持ち場を離れる事ができないからだ。と言ってもベンはそこそこ警備員の中でも警備隊長クラスの地位には登りつめているので、待合室の担当の次はサーバールーム周りの見回り警備の仕事を任されているのだが。


(ちょっと腹痛いな... 朝渡された栄養バーが効いたか?)


ベンは今日の出勤前、アプリで自動バスを自宅近くに呼んでいたのだが、待っている間に偶然通りかかったサラリーマンに朝食用の栄養バーを貰っていたのだ。近所の見知った人だったのでありがたく今日の朝食として貰って食べたのだが、栄養成分に入っていた乳酸菌が効いたのかお腹が痛くなっていた。


少し足早にトイレに入り、個室へと足を入れた。


「あっ!? すいません いましたか...」


調度ベンの入った個室に警備服を着た男がまさにドアを開けて出ようとしている最中だった。慌ててベンは個室から離れようとする。


「うっ...」


そこで、ベンの意識が遠のいていった。












『こちら十一番目 対象の警備員が眠った。 今からサーフェイスホログラムを生成する』

『了解した』


クリストファーは直ぐにトイレの床で伸びていた警備員を抱え、個室へと入れる。警備員が眠った理由は勿論クリストファーによるものだ。事前にこの警備員が住んでいる家の近所の住人に化けたクリストファーが博士の開発した時間調整のできる下剤と睡眠薬を仕込んだ栄養バーを渡していたためだ。


そして、眠った警備員を便器の上に座らせ顔を持ち上げた。床に置いたリュックの中からクリストファーは手のひらサイズのカメラを取り出し、片手で警備員の顔を支えたままの状態でカメラを顔全体くまなく撮影していく。


Analysis Complete!


カメラのディスプレイに分析完了の文字が現れたのを確認すると、そのデータを送信。受信先はクリストファーの首元に巻かれたネックバンドだ。このネックバンドは肌色をしているため、近くでみないと巻いているのすら気づかないほどのカモフラージュ率を誇る。


カメラからのデータを受信したネックバンドがデータを解析し始める。数秒の沈黙の後、ネックバンドからクリストファーの顔に向けて光が放たれた。


すると、クリストファーの顔がどんどんと表情を変え、やがて便器で座っている警備員ものへと変わっていった。


手鏡を取り出し、己の顔を確認する警備員に扮したクリストファー。


「まあ大体こんな感じか?」


そう、彼が首に巻いているネックバンドは頭部をホログラムで囲って顔を別人に変える事ができる最新変装機械なのだ。ただ、これも完璧ではない。首元に装着しているため、顔の全体まではくまなく表現することができず今の段階では後頭部までの再現ができていない。だが面の方は割と再現できるので問題にはならないだろう。今回の変装対象は幸い警備員であるので、帽子も被ってしまえば綻びもカバーできる。


手鏡をリュックにしまい、次は少々分厚い絆創膏のようなシールを取り出したクリストファーは自分の口内にそれを二枚貼った。


「私の名前はベン・ラスフェンダー。お疲れ様です」


自己紹介をしたクリストファーの声質は完全に警備員のものへと変わっていた。博士が開発した音声変換シールを使用したのだ。


『こちらクリストファー 変装完了した』


脳内通信で博士にメッセージを飛ばす。




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