パートナー

「はあ まさか私がここに来るなんてねえ...」

「何言ってんのナターシャ ナターシャも近い内に結婚して子供ができるときにどうせくるんだから 下見よ 下見」

「子供ねえ...」

「何人欲しい?」

「えっ! 何急に!? 話が早すぎるんですけどっ」

「全くピュアねえ ナターシャは 私たちもうすぐ卒業なんだから 大人なのよ そのくらい普通でしょ」

「うん...」


未来の宝ビルディング。ユニティ市のビジネス街から少し離れたグリーン地区に聳え立つ、ネーミングセンスを若干疑いたくなるような名前の高層ビルがある。このビルは言うなれば遺伝子改造人間を生み出すビルとも言えよう。夫婦やカップルが遺伝子改造人間の子供を作る際に訪れるビルでもある。


その未来の宝ビルディングに今、ナターシャ・ロレンツとその友人であるハルカ・マイロンが来ていた。


彼女らがこのビルに来た目的はハルカの姉であるエリカ・マイロンとその旦那の子作り見学だ。子作り見学と言っても別に疚しい方ではない。遺伝子改造人間の子供を産むにはこのビルで両親のDNAを採取し、子供に求める能力アンケートをする必要があるのだが、そのための健康診断と相談をしに来たのだ。


姉夫婦の了承の元、妹のハルカとナターシャの同行が許された。もっぱらハルカ自身としては姉夫婦の新婚ホヤホヤの雰囲気を拝めればそれで良かったのだが。


「あっ! エントランスの木の根元にいるの姉ちゃんだ! さっ 行くわよ」


姉を見つけ、テンションが上がったハルカに強引に連れられたナターシャは未来の宝ビルディングの1Fにあるエントランス中央に生えた木のモニュメントへと向かった。


「あら! ハルカじゃない! おっはー えっと そちらはナターシャちゃんかな?」


ハルカに負けずテンションの高い姉、エリカは妹と軽いハイタッチを終えるとハルカの隣にいたナターシャに目を向けた。


「はい ハルカの友人のナターシャです なんか大事な時に追いてきてしまってすいません...」

「そんなの気にしなくていいわよ! 私だって初めての事だから人数が多いのに越したことはないわ ここだけの話、内の旦那はちょっと頼りないからねっ」


手を口元に当てワザとらしく冗談を言うエリカ。すると、


「おい 頼りないとは心外だな これでも市民を守ってるんだぞ」


受付に行っていたのかエリカの旦那が出てきた。


「げっ! 聞こえてたの? 冗談よ冗談 ねっ?」

「む その顔はズルい」


上目遣いアンドとびきりスマイルを食らったエリカの旦那はそれ以上言葉を発しようとはしなかった。


「ねえねえ 二人ともイチャイチャしないでくれる? ナターシャもいるんだから」

「ごめんっ! 変なとこ見せちゃったわね キナシ 受付終わった?」

「ああ 今やってきたぞ もう中へ入れるらしい というかエリカ その言い方やめろよな お前もキナシなんだから」

「面目無いっ! でもフォルスの苗字のキナシってさ なんで名前より先に来るのよ 普通名前が先でしょ」

「それ聞くの100回目ですー しょうがないだろご先祖様から代々そうなんだから それに割といるぞ」

「はいはい 姉ちゃん達 もう中へ入れるんでしょ? 早く行こうよ」

「了解い〜」

「了解」


ハルカが姉夫婦を上手にコントロールし、なんとか中に入ることができた。あのままハルカが何もしなかったら二人でずっとイチャイチャしていたに違いない。


だが、そんな光景を眺めていたナターシャは内心、自分もいつかああなりたいなと羨ましく思っていた。


採用試験に落ちてから二週間が経過。


ナターシャは自分が落ちたことはハルカに伝えていない。アクセプト社で働くとも言えないので取り敢えず親の手伝いをするために実家に帰ることになったとだけ嘘をついていた。


そんな嘘をついてしまった後ろめたさもあり、ハルカに未来の宝ビルディングに行こうと誘われた時は断ろうかとも考えていた。しかし、神殿に行った際、降臨なされた十二番目様から「友人の誘いを断るのは止めなさい」と助言を頂いたので参加することにしたのだ。何故自分の悩みを言ってもいないのに言い当てたのかはわからないが、十二番目様であれば容易いことなんだろうと納得し、より尊敬をしてしまう。


そして、今ナターシャは十二番目様の助言の意味を理解できたような気がしていた。


友人を大切にしろと。そして遺伝子改造人間であっても関係がないと。


この微笑ましい家族を見ているとそう感じずにはいられなかった。


エントランスを抜け、エレベーターで一気に43Fまで上がるとまずご案内室と表示された部屋へと通された。部屋に入ると机が置かれており、その奥にスタッフがいた。


「キナシ様方でいらっしゃいますね どうぞお掛けください」


スタッフの前に姉夫婦が腰をかけ、その後ろにナターシャとハルカが後ろから見守る形で椅子に座った。


「このたびは未来の宝ビルディングへお越し頂き誠にありがとうございます お二人は新婚さんでいらっしゃいますか?」


スタッフが文句もつけられない完璧な営業スマイルで姉夫婦に語りかける。


「あっ はい 先月入籍したばかりでして」

「そうですか! おめでとうございます。 とてもお幸せそうですっ」


そして、何ターンかの世間話が繰り広げられると、


「それでは早速、本題に移らさせて頂きますね ご本人様確認のためパーソナルIDのご提示をお願い致します」

「はい」


姉夫婦が揃ってカバンの中からIDカードを取り出し、机へと出す。そしてスタッフが一つずつIDカードをスキャンし始めた。


彼らが出したIDカードはパーソナルIDという物で、税金納付者を特定するための代物だ。ある一定額以上の税金を収めている者のみに配布され、数々の公共機関で個人を特定するために使用されている。


そしてパーソナルID作成の特典が遺伝子改造人間希望許可書の発行だ。遺伝子改造人間作成に当たって、親のDNAを採取し、培養器で体外受精をする段階でThirdParentによる遺伝子改造を行うのだがこれには相当の金額がかかる。新たな優秀な人材を育成する政府の政策により国のバックアップが付いているのだが、今だに需要に供給が追いついていない。そのため国民を管理するためのID発行の特典に遺伝子改造人間作成をすることで、ある程度の税金納付者を優遇するという形で国民に受け入れにくいID発行を可能したのだ。


これにより政府に一定額以上の税金を払う者を取り込むことができた。その一方で社会的弱者となった純人間達は自分の子供を遺伝子改造人間にして社会の競争に負けないようにしようと考えても一定額以上の税金を納付することがそもそも難しいため、なかなか純人間の血脈から抜け出せないでいる。この世界は優秀で、ある程度の税金を収める遺伝子改造人間のためのものになっているのだ。


喉から手が出そうになる代物がナターシャの前で平然と取引されていた。自分がどんなに努力しても手に入れられない物がすぐ目の前に。


純人間に生まれてきた自分を何度呪ったことか。こんな状況からなんとか打開するべく、大学にも通い一般就職を夢見てきたが今はそれも叶わなかった。それでもなんとか自分の子供には自分と同じような運命になってもらいたくないので遺伝子改造をさせてあげたい。そんな願いから在学中ナターシャは遺伝子改造人間のボーイフレンドがいた。同じ大学の人で研究に打ち込み、多少そっけないところもあるが内側に熱い情熱を秘めた素敵な男性だった。


そう、だった のだ。


遺伝子改造人間の人が純人間のパートナーを持つと出世しないとか、偏見の目で見られてしまうなどと言ったクダラナイ噂話を偶然耳にしてしまったナターシャは別れることに決めたのだ。


噂だと分かっていても噂の元には何かしらの根拠がある。そうであるならば相手に迷惑はかけられないとナターシャは決断した。


あれから1年以上は経った。


同じ大学だと言うのにしばらく顔を合わせていない。


「今頃何してんのかな...」

「ん?どした?ナターシャ 何の話?」

「えっ!? あっ! なんでもない!」


頭の中で彼氏の顔を思い浮かべていたナターシャは知らぬ間に独り言を口にしてしまっていた。


(しまった! つい口に出しちゃったよ)


「なになにい? 気になるじゃんっ もしかして前の二人見ていて彼氏のこと思い出しちゃった?」


前の二人の邪魔にならないようこっそりと話すナターシャとハルカであったが、ハルカの方はいじめっ子のようにニヤニヤしている。大学で仲が良くなったハルカには純人間以外のプライベートのことは割と気安く話していたため、ハルカはナターシャの元カレのことを知っているのだ。詳しい別れた真相までは話していないが、そのせいか恋愛ごとになるとハルカはメンドくさくなる。


「なんでもないよっ! お二人の邪魔になるから静かにっ!」

「大丈夫だよ これくらい 後ろから黙ってじっと見つめられるよりはマシでしょ で どうなん?」

「ねえ ハルカ しつこい そういう女性は男に嫌われるよ?」

「あっ 言うわねナターシャ 私だってぼちぼちやってるわよ!」

「ほほ〜ん そうですか 何をやってるのかな?」

「えっ! それは...その でっ デートとかよ...」

「あら可愛いハルカちゃん!」

「話を逸らさないでくれますう? 彼氏のことどうなんよ?」

「彼氏じゃない 元っ です!」

「あっ! やっぱりそのこと考えてたんじゃん!」


ハルカに指摘され、うっかり口を滑らせてしまったナターシャ。一気に顔に血が上った。


「初々しいねえ〜 私たちもそんな時代があったわ」

「姉ちゃん達は今だにラブラブでしょうが!」

「あらそう? ありがとうね ハルカ!」

「おい エリカ まだこっちの話終わってないぞ スケジュール表出してくれ」

「はいはい〜」


そして、その後しばらくスタッフとの書類審査の確認をし終えると四人はご案内室を後にした。


次に一向が向かったのは診療室。親となるカップルの健康を診断し、良好とそこで判断されればDNAを唾液から採取する。と言っても健康診断は形式的に行うだけでありDNA採取に当たって親の健康状態はほとんど影響しないのだが、万が一親に遺伝する可能性のある病気を抱えていないかチェックをしなくてはならないのだ。


43Fから再びエレベーターに乗り、診療室のある46Fに向かう。一つの場所で全てのタスクが済むような動線にした方がいいと思うのだが、この移動をしなくてはならない構造はもはや変えることはできないのだろう。


チーーン!という合図と共に46Fに到着したエレベーターのドアが開かれた。


キナシ夫婦とハルカがナターシャより先にドアへと向かう。自分より年上であり、招いて頂いた方々に最初に出ていただくのは当然の礼儀だ。そして、最後にナターシャが降りようとしたその時、


前を行く三人の奥に見知った者が46Fの廊下を歩いていた。


「えっ!? かっくん...?」


久しぶりに見た愛しの存在を発見してしまったナターシャは三人には聞こえないほどの音量で呟いていた。


他人から得られる喜びではなく、自分の内側から溢れ出す久方ぶりの喜びを感じるナターシャ。


ボーッとなっていく意識から瞬時に我に返ったナターシャは前を歩いていたハルカを見る。


どうやらハルカは気づいていないようだ。


ナターシャの顔に笑みが溢れる。


無理もない、久しぶりに見た彼は依然と少し雰囲気が違っていたのだ。ただの友人であるハルカがそれに気づくはずはない。自分にしか気付けなかったという事実に何故だかナターシャの心の中にはハルカに勝ったという優越感が染み出していた。


(別にいいよね? 久しぶりにこんなところで会ったんだし、話しかけてみても... ああ もしかっくんが子供を作りに来ていたらどうしよう... でもここにいたってことは... 気になるううう!!)


「ねえ ハルカ ちょっといい?」

「何?」

「お手洗いに行ってくるからさ 先に行っててもらえる?」

「え? いいよー じゃあ 505号の診療室にいるから」

「わかった 行ってくるねえ」


三人と別れたナターシャはドキドキなる心臓の鼓動を聞きながら、彼を見た廊下の方へと向かっていった。


廊下は2方向に分かれており、片方は三人がいる診療室ゾーンへと繋がっていて、もう片方は採取したDNAを管理する保管室ゾーンに繋がっている。彼が診療室ゾーンの方に行かなかったのは幸いだ。ハルカの前に出てきたらさすがに気づかれてしまうだろうし、診療室に行くと言うことは確実にパートナーと来ていることになってしまうからだ。


最悪の展開が回避されていたことに安堵しながらも、ナターシャは人で行き交う廊下を進んでいった。


そして、人混みに紛れていたが目的の人物が再びナターシャの視界に現れた。


お手洗いから出てきた彼の姿があったのだ。


しかし、先ほど見た私服の格好をしておらず、ここのスタッフと同じ柄の黄緑色を基調とした制服に身を包んでいた。


(ここで働いていたの!? でも一個下だからインターンかな?)


既に別れた相手だが、今だに想いは健在だ。


偶然を装って話しかけてみることにする。


以前はあんなに喋っていた相手なのに、いざこうして目の前にすると緊張してしまう。


それでも嫌なことがあった後は癒されたい。例えそれが元カレだとしても。


「あっ! かっくん...久しぶり...」


声が聞こえなかったのか、前を歩く彼は足を止めない。


もう一度、


「ねえ かっくん!」


彼は歩き続ける。


無視をされたのだろうか? いや、例え無視をするにしても相手の存在を認識してから無視をするだろう。認識をしたような素振りはまだ見せていないということはアダ名だと自分を特定していると思っていないか、なら、


「カク!」


すると、


彼が足を止め、ナターシャの方へ振り返った。


「ん? 俺のことか? いや...ですか?」


目のあったナターシャはただコクコクと頷く。


「...何か用でしょうか? これから行かねばならないところがあるんですが...」


(えっ!? どういうこと? 忘れたフリでもしてるの!?)


「私だよ ナターシャ! そういうのヤメてよお」

「ナターシャあ?」


目の前の彼は演技をしているような感じではなく、本当に不思議がっているように見える。


「...というかなんで俺の名前を? ん? たまたま名前が被ってるだけかな 俺の苗字ってわかんの?」

「セリザワ! セリザワ・カクでしょ フリでも傷つくんだけど... 元カノに対してちょっと冷たすぎない?」

「えっ!? マジか これどうすんの? 十二番目...」


(十二番目!? 純人間のそれも地下街の人しか知らない存在のはずなのに! どうしてかっくんがその名前を!?)









「どういうこと?」

「どういうこと?」





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