3-11

 日差しはますます強くなり、日陰にいないとじっとしているだけで汗ばむような日に、リーゼは一人の若い男を連れて家に帰ってきた。

売春街での一件の埋め合わせにイケメンを紹介する、と言っていたがまさか本当に連れてきたのだろうか。ハルは男を見て動揺し、思わず玄関から死角になっている場所に隠れてしまった。

しかしよくよく見てみると、以前行った超高級カフェでリーゼと話していた男である。まさかこの男を俺の初めての相手に……いやいや、何を考えているんだ、とハルはすっかり混乱していた。

 リーゼに見つかり引っ張り出されたハルに対し、男は胸に手を当て丁寧にお辞儀をした。


「こんにちは。私は王国騎士団第二騎馬隊隊長、ハンス・レヒナーと申します」

「今日はお願いがあって参上いたしました」


思っていた展開とは違った。ハルは一人で動揺していた事が恥ずかしくなって顔を赤くして俯きながら小声で挨拶を返す。ミアはハルが何を考えていたかまでは分からないものの、動揺する姿が可笑しくてハルの顔を覗き込みながらにやにやしていた。


「お願いと言うのは最近この国で行われている武器の密輸についてです」


 予想とは遥かに違う内容にハルは驚き顔を上げレヒナーを真直ぐ見つめる。レヒナーはそのまま話を続けた。


「最近になって組織的に他国からの武器の密輸が行われているとの情報がありました」

「武器は極右過激派の団体に渡っているらしく、今後テロやクーデターに使われる可能性も否定出来ません」

「その密輸の実態についての調査をお三方にお願いしたいです」


 ハルはそこまで聞いて不思議に思った。そんな事はそれこそ騎士団や衛兵たちのやる事では無いだろうか。下流階級地区に住む、身元のはっきりしない信頼のおけない人間に頼むのはおかしい。


「それが、お恥ずかしい話ですが、この武器密輸には最高議会の議員や騎士団、魔術院も関わっているとの疑いがあるのです」

「騎士団で調査すれば圧力がかかり、真相は闇に葬られてしまうかもしれないのです」

「この件はレゼルマイヤ王直々のご命令で、どの機関とも無関係な方たちと極秘のうちに行動したいのです」


ならばますます自分たちに依頼するのはおかしいだろう。何か信頼が出来る証でもあるのだろうか。ハルは話が詐欺ではないかと思い訝し気な表情になった。


「その点は信頼しています。リーゼは私の従姉ですので」


ハルとミアの二人は驚いて目を丸くして、双方の顔を交互に眺めた。リーゼは少し照れ臭そうな表情をして目をそらしている。

なるほど、それなら信頼できるという理由になる。ハルは納得がいった。


「それにリーゼは姫様の……」


 レヒナーがそこまで言いかけた所でリーゼが脇腹に手刀を入れた。レヒナーは短い呻きをあげて脇腹を手で押さえる。

姫様の一体何だろうか。姫様というのはきっとカフェで会ったエリナの事だろう。

確かにエリナはリーゼの事を知っているような素振りを見せていたが、何も語らなかったし、リーゼも何も言わない。


「この件は極秘でお願いします。報酬はまずは手付金で十万シリグお支払いします」


ハルはあまりに大きな金額に目が点になってしまった。王都内の外れの方なら家が買える金額だ。手付金って事はその後に本来の報酬があるという事だろう。

金銭感覚がすっかり下流階級になっていたハルにとって想像を遥かに超えた金額だ。


「ハルちゃんが決めていいのよ」


リーゼの方に目を向けるとそう言われた。続いて隣に立つミアに目を向けると、ハルの方を真剣な眼差しで見詰めながら小さく頷いた。

 今までの依頼とは違い複雑な背景のある依頼だ。王宮や最高議会、騎士団や魔術院という国の中枢が関わる大きな事件で、政治的な臭いが強烈に漂う。

身の振り方次第では破滅をもたらすかもしれない。自分たちに依頼してきた理由はレヒナーの言う事も本当だろうが、何か問題が起きた際に尻尾切りしやすい人間を選んだのだろう。

しかし、ハルが密かに望んでいた手応えと刺激のある冒険とも言える。まさにゲームの世界のように。

ハルはもう一度リーゼとミアの目を見て、深呼吸をして答えた。


「お受けしましょう」


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嫌われ者 弥生 @yayoi_m

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