1478.質疑篇:わかりやすければ長文でもかまわない

 過去のご質問などを精査しながらお答えしているため、応募期間が多少前後しますのでご了承くださいませ。


 「わかりやすい文章」でなければ「小説賞・新人賞」が獲れないわけではありません。

 ですが、より多くの方に評価してもらいたいなら、「わかりやすい文章」が有利です。『カクヨム』のように一次選考を読み手に任せているケースもありますからね。

 では「わかりやすい文章」ってなんでしょうか。

 多くの「文章読本」では「短文がよい」とされています。

 しかしすべての文章が短文だと味わいもなにもありません。

 小説に求められる「わかりやすい文章」は「短文」とは限らないのです。





わかりやすければ長文でもかまわない


 「文章読本」「文章の書き方」の類いには「文を短くする」ようにと指摘しているものがたくさんあります。

 しかしやみくもに「文を短くする」のが正義という意見には首を傾げるのです。

 「文を短くする」は目的でしょうか。

 真意は別にありませんか。




短い文は読み手にわかりやすくなる

 「短い文」にはたいてい一意性があります。ひとつの物事しか書かれていないのです。

 たとえば「今日は晴れている。」なら言わんとしているのは端的にこれだけ。

 では「今日は雲ひとつない天気だ。」はどうでしょうか。言わんとしているのは前文と同じです。しかし否定形で書かれています。つまり「雲ひとつない天気」がイコール「晴れている」とは限らないのです。

 これをして「今日は晴れている。」が正義なわけではありません。

 否定形にして少なくとも「曇りではない」と示したい場面もあります。

 とくに推理小説の叙述トリックでは「彼女は淑女だ。」だと成人女性だと確定する。しかし「彼女は子供ではない。」だと高校生でも大学生でも老婆でも当てはまります。けっして成人女性と特定する書き方ではないのです。ここに叙述トリックが入り込む余地があります。

 なんでもかんでも「文を短くする」のが正義ではないのです。

 では叙述トリックでもない文章で「今日は雲ひとつない天気だ。」は正しいのでしょうか。

 これはそう書く意図があれば正しいのです。

 たとえば主人公は悩み事をたくさん抱えていたが、ある出来事を経験してそれらが綺麗さっぱりなくなった。この心境を語るとき「今日は晴れている。」と書くより「今日は雲ひとつない天気だ。」のほうがふさわしいと思いませんか。

 「悩み事」が「雲」で表現され、心の中を空に仮託する。「今日は雲ひとつない天気だ。」は主人公の心境を見事に表しています。

 だからわかりやすくするために書いた文が長くなっても、それは必要悪であって絶対悪ではないのです。




助詞の重複を避ける

 助詞の中には「と」「や」「とか」「なり」など並列で使うものもあります。しかし基本的にはひとつの述語にある情報を付加するために使います。

 たとえば「彼女は仕事に行くために子供を託児所に預けた。」という文があったとします。

 この中には助詞「に」が三回出てきます。ここで考えなければならないのが「どの述語にかかっている助詞なのか」です。

 「仕事に」は「行く」、「行くために」は「預けた」、「託児所に」も「預けた」にかかります。

 まず同じ述語にかかっている助詞「に」の重複を解除します。「行くために」と「託児所に」であれば「託児所へ」の改めるのです。助詞「に」はピンポイントで場所を指定し、助詞「へ」は場所の方向を指定します。「行くためへ」とはならないので「託児所へ」が正解です。

 次に「仕事に」です。これは「行く」にかかりますが、その「行く」そのものが「行くために」の形で他の述語にかかっています。これでは場所が次々と変わってしまうため、わかりにくくなるのです。

 ここも「仕事へ」へ変えられます。しかし「託児所へ」に変えているので、ここで「仕事へ」にすると助詞の重複が起こるのです。困りましたね。

 実はこの場合「行くために」である必要がないのです。「彼女は仕事に行くため、子供を託児所へ預けた。」と書いても文自体は機能します。

 こう変えたとき「仕事に」「託児所へ」が適切かといえば違うのです。

 助詞「に」が場所をピンポイントで指定し、助詞「へ」が場所の方向を示します。この文の場合「どこに行って」「どこへ行くのか」ははっきりとわかっているのです。

 これからどこへ行くために、今どこに行くのか。

 つまり「彼女は仕事へ行くため、子供を託児所に預けた。」が正しいのです。


 この一文は読点でふたつの文章をつなげています。これをもし「文を短くする」原則に当てはめると「彼女は子供を託児所に預けた。仕事に行くためだ。」と書く方法もあります。

 ではどちらが適当なのか。「文を短くする」派は当然二文に分けた後者を適当とします。時間の流れも託児所へ寄ってから仕事へ行くので矛盾はありません。

 しかし前者も先に「理由」を書いてから「行動」をとるので意味合いも混同せずすっきりとわかります。

 今回の例ではどちらを採用してもかまいません。重要なのは「仕事場に子供は連れていかない」ためにどのような行動をとったかです。

 だからどちらも正しいと言えます。




なくても意味が通じるなら省く

 「文を短くする」真髄は「無駄を省く」にあります。

 たとえば「スマートフォンというものは便利なものだ。」という文。一読して意味はわかりますよね。ですが「無駄」があるのです。

 この文は「スマートフォンは便利だ。」と同義です。つまり「というもの」「なもの」が「無駄」だったのです。そもそも物体であるスマートフォンを「という」で一度連体形にして「もの」で再度体言化する、「便利な」と用言を出して「もの」で体言化する、そんな必然性はどこにもありません。体言「スマートフォン」はそのまま体言でよい。形容動詞「便利な」も体言である「便利」だけを用いればあえて「もの」を付ける必要がないのです。

 だから「スマートフォンは便利だ。」で意味を変えず「短い文」にできます。


 文の中で水増しによく用いられる言葉があります。「という」「こと」「もの」です。

 これらを使いそうになったら、使わずに書けないかを考えてください。

 「文を短くする」真髄が「無駄を省く」にある理由がよくわかるはずです。




省ける言葉

 小説のように「論理的でない文章」では、徹底的に「無駄を省く」のは難しい。

 ニュアンスの違いを表現する手段を失ってしまいかねないからです。

 たとえば以下のものが「無駄」になりやすいとされています。

 「主語」「指示語(こそあど言葉)」「接続詞」「形容詞」「副詞」です。

 まず「主語」ですが、文の主語が同じなら、何度も「主語」を書くと冗長になります。

 次の「指示語(こそあど言葉)」は「これ」「そこ」「あっち」などです。もし書かなくても伝わるのであれば積極的に省くと洗練された文に仕上がります。

 「接続詞」は順接のものの大半が削れるのです。逆接は残さなければつながりがわかりません。このあたりも省いてみて文章がつながる「接続詞」「接続助詞」を見つけてみましょう。

 「形容詞」「副詞」はともに書き手、小説なら視点を保有している主人公の感想でしかありません。感想をそのまま書くのはお子様レベルの文章になります。そこで「形容詞」「副詞」を省いて数値化できるものは数値化するのがよしとされているのです。「形容動詞」も感想の言葉なのでこちらも省きやすいのですが、「名詞化」できるので名詞に変換して使うのは許容されています。

 しかし主人公の一人称視点で感想がいっさい書かれていないのも奇妙な話です。感想の言葉がなくすべてが数値化されている文章を読んでいると、主人公が冷徹な印象を受けます。熱血漢やノリのよい性格の主人公なら、常日頃から感想の言葉をたくさん口にするでしょうし、そう考えています。感想の言葉が書いてあるほうが自然なのです。

 だから「省ける言葉はすべて省いて短い文にしろ」は、こと小説に関しては暴言でしかありません。

 小説ではニュアンスを伝えるために、生き生きとした主人公を伝えるために、あえて冗長にするのもありなのです。





最後に

 今回は「わかりやすければ長文でもかまわない」についてお答えしました。

 ニュースや論文などの論理的文章で用いる「文を短くする」の原則は、小説ではあまり当てはまりません。誰の心も読めない「三人称視点」は感想を入れる余地がないので、そういうときだけ「論理的文章」の出番です。

 「主人公の一人称視点」であれば感想の言葉を省いた論理的文章はリアリティーに欠けます。とくに熱血漢やノリのよい性格の主人公は、感想がつねに湧いてきますし口をつくものです。

 「文を短くする」に囚われていると、面白みに欠ける物語になってしまいかねません。

 よい塩梅を見つけるのもプロへの一歩と考えてくださいませ。



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