1472.端緒篇:戦闘描写・皆陣烈在前 その1

 本コラムも連載終了が近づいてきました。

 本連載は明日まで、それ以降はご意見・ご要望にお応えし、それが尽きたら連載を終了致します。

 ということで、残り少ないコラムをお楽しみくださいませ。





戦闘描写・皆陣烈在前 その1


 まぁ戦闘描写と語呂が似ているので使ってみました。仏教とくに密教の九字護身法「臨兵闘者皆陣烈在前」が元ネタです。

 戦闘描写はファンタジーの華であり、ここで惹きつけられないと他がどんなに素晴らしくても評価されません。

 まぁ歴史・時代・伝奇あたりでも戦闘シーンは出てくるので、一回きちんと書き方を述べておくべきかなと考えました。


 本コラムの連載も残るはわずかとなりました。本連載は明日までです。

 あとはご意見・ご要望にお応えして、それが尽きたら連載終了となります。

 終わる前に聞いておきたい事柄がございましたら、お寄せいただければ幸いです。




距離の奪い合い

 どんな戦いでも真っ先に考えなければならないのが「距離の奪い合い」です。槍と短剣で戦ったら、まずどうなると思いますか。

 槍は遠い間合いを維持しなければリーチのある槍を存分に発揮できません。

 短剣は敵の懐に飛び込まなければ刃が届かないのです。

 ゆえに槍は盛んに突いたり薙いだりして短剣を近づけさせず槍だけが相手を攻撃できる間合いを維持しようとします。短剣はそれをかいくぐって槍の懐に飛び込んで槍の反撃を断って一気に急所を狙うのです。

 つまり槍は遠くへ遠くへと追い出そうとしますし、短剣は近くへ近くへと飛び込もうとします。これが「距離の奪い合い」です。

 わかりやすい例を出しましたが、考え方は現代でも同じです。

 拳銃とライフル銃が戦うとすれば、やはり「距離の奪い合い」になります。

 拳銃は反動をうまく殺したとしても10mほどしか有効射程がありません。マンガの北条司氏『CITY HUNTER』の主人公・冴羽リョウは愛用のコルト・パイソン357マグナムでは15mの距離でのワンホールショットができます。しかしワン・オブ・サウザンド、千丁に一丁できればよいというどんなガンスミスも造れない高精度のS&W 41マグナムM58では、なんと50mの距離でワンホールショットできる腕前を誇ります。つまり愛用のパイソンでは15mが有効射程なのです。

 ですが彼の敵は1km以上離れたところからライフル銃で狙撃を試みます。つまり「距離の奪い合い」で敵はパイソンの射程には入らないのです。ではリョウはどうするかといえば、こちらもライフル銃を構えます。そう、パイソンにこだわらないのです。これで「距離の奪い合い」で同等の立ち位置となります。あとはどちらが正確に射抜けるかです。リョウはライフル銃の腕前も殺し屋No.1で、元オリンピック射撃金メダリストすらも余裕で退けるほどの精密なスナイプを行ないます。

 古来より戦闘は「距離の奪い合い」から始まるのです。

 これは集団戦でも変わりません。

 戦車隊は乾いた土に草木のない見晴らしのよい地形なら、かなり遠くからでも敵を急襲できます。戦車隊を近づけたくなければ弓隊や弩隊が遠距離から矢の雨を降らせて突撃してこないように牽制するのです。そしてもし戦車隊が近づいてきたら長槍隊が前面に立って槍を前に構えて串刺しにしようと試みます。戦車隊は串刺しにはなりたくないので、距離を置いたり回り込んで急襲できるスキを探すのです。するとだいたい後背には弓隊や弩隊がいますから「距離の奪い合い」を制して彼らを殲滅しようとします。

 一対一の戦いから集団対集団まで、戦いはすべて「距離の奪い合い」が肝で始まるのです。




敵の反撃を断つ

 「距離の奪い合い」を制したら、次はこちらの得意な距離から「敵の反撃を断つ」ように動きます。考えなしに、なりふり構わず攻撃するだけなのは猛将というより単なる猪武者です。

 用兵巧者はこちらの得意な距離から「敵の反撃を断っ」て無防備にします。

 方法はふたつ。まず相手の反撃をことごとく抑え込んで打つ手をなくさせる。また相手が手を出せないように封じ込める。このふたつです。

 槍対短剣で考えましょう。槍はもし懐に入られたらなす術がなくなるので、護身用に短剣を装備しています。そこで「距離の奪い合い」に敗れたら槍を置いて短剣に持ち替えるのです。これで「距離の奪い合い」でも対等になります。反撃手段があるからです。

 また槍は短剣を懐に入れてしまったら、方盾を並べて防御壁を築いて短剣のリーチの短さを逆手にとって「敵の反撃を断つ」戦法もあります。そして方盾の隙間から長槍を突き出して短剣をどんどん貫いて減らしていくのです。

 短剣は槍の懐に入ったら、まず槍の短剣を使えないようにします。槍の短剣さえ封じてしまえば完勝できるからです。短剣使いはたいてい丸盾を装備していますから、これで槍の短剣を阻みます。槍は大きく重い方盾を装備していますから、近接戦闘では不利になるのです。

 用兵巧者はこちらが攻撃を仕掛ける前に、まず「敵の反撃を断つ」のが当たり前です。

 もちろん猪武者として「距離の奪い合い」を制したら一気に殲滅しようとしてもかまいません。戦場でもときに暴力が統制を圧迫して突き崩すケースが多いのです。




確実に仕留める

 戦闘では「反撃を受ける前に敵を殲滅する」のが定石です。

 「敵の反撃を断っ」たら、間髪入れず「確実に仕留めた」ほうが勝者となります。

 拳銃で戦っていたら、ためらったほうが負けです。「敵の反撃を断っ」たらすかさず「確実に仕留め」ます。無駄弾を撃っている余裕など戦場にはありません。一発で「確実に仕留める」のです。

 槍と短剣でも、槍は方盾の合間から突き出して短剣を「確実に仕留め」ます。短剣は槍が方盾を構える前に急襲し、刃を一閃して「確実に仕留める」のです。

 用兵巧者は「確実に仕留める」意識がひじょうに高く、一撃必殺を貫きます。だからこそ「用兵巧者」と呼ばれるのです。




反撃の意志を挫く

 敵を「確実に仕留める」のは「反撃の意志を挫く」ためです。

 一瞬にして仲間が倒されたら仇を討とうとしますが、用兵巧者は「反撃の意志を挫く」ように戦いをコントロールします。

 つまり圧倒的な暴力を叩きつけて、敵に恐怖を植えつけるのです。

 「鎧袖一触」鎧の袖が触れただけで敵を倒す。

 そうであってこそ、最強の存在になりうるのです。

 いかにして敵に恐怖を植えつけるのか。そのよい例が太平洋戦争末期の広島・長崎への原子力爆弾の投下です。

 沖縄攻略戦を経験したアメリカは、日本が兵も国民も戦意高く、このまま本土決戦に挑んでも利はないと見ていました。そこでいかにして日本人に「恐怖を植えつける」か考えたのです。選ばれたのが究極の破壊力を持つ「原子力爆弾」。当時は圧倒的な熱量で近くにあるものを根こそぎ消滅させてしまう点ばかりに目が行っていました。放射線の影響は計り知れなかったのです。そこでアメリカは二箇所に原子力爆弾を投下して放射線の実証実験をしました。これにより多くの情報を蓄積したアメリカは、以後核大国としてソビエト連邦と冷戦を繰り広げることとなったのです。

 原子力爆弾はその熱量による物理的な破壊力だけでなく、日本人の戦意すらも挫きました。あんな悪魔の兵器を持つ軍隊に勝てるはずはない。そう帝国陸軍・海軍に思わせて終戦へと舵を切らせたのです。

 いかに「反撃の意志を挫く」のが用兵巧者の戦い方かわかるのではないでしょうか。





最後に

 今回は「戦闘描写・皆陣烈在前 その1」について述べました。

 用兵には原則があるのです。それを踏まえれば、一方的な戦法などないと気づきます。

 いかに「距離の奪い合い」「敵の反撃を断つ」「確実に仕留める」「反撃の意志を挫く」のが重要か。用兵巧者の戦い方はつねにこの要点を押さえています。

 戦闘の現実味リアリティーは、用兵の原則に従っているかで決まるのです。

 次回は実例を交えて説明したいと思います。


【緊急告知】

 唐突ですがそろそろ連載を終了しようと考えています。

 端緒篇は、頭から小説を書く手順の再確認をしていただくために設けたのですが、私自身本コラムに手いっぱいで小説が書けていないのです。

 そこでコラムはいったん終了し、長編小説をいくつか書いてから、仕切り直して新たなコラムを書ければと愚考しております。

 この場を借りまして、ここまでお読みくださった皆様に感謝申し上げます。

 コラム終了前に、もし「こんなことが知りたい」「こういう事例での見解を聞かせてほしい」などリクエストがございましたら遠慮なくコメントを寄せてくださいませ。

 それを掲載し終えたらそのまま連載終了の運びとなります。

 1,400日連続投稿では体調不良や引っ越しなど波乱もたくさんありました。ここまでなんとか続けてこられたのは、お読みくださる皆様があったればこそです。

 感謝のしようもございません。

 明日のネタは決まっているので、ご質問・ご要望は明後日から反映できるよう努力致します。



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