1473.端緒篇:戦闘描写・皆陣烈在前 その2

 いよいよ今回で毎日連載の区切りとして、連載を終了します。

 明日からはお寄せいただいたご質問やご不明点などにお答えしていきます。

 ご質問・ご不明点が出尽くしましたら、そこで正式に連載を終了する予定です。

 急な話にもかかわらず三通の打診がありました。皆様ももしご質問・ご不明点がございましたらお寄せいただけると幸いです。





戦闘描写・皆陣烈在前 その2


 今回は「戦闘描写」の実践です。

 本コラムの連載も本日で終了となります。

 明日以降ははご意見・ご要望にお応えして、それが尽きたら連載終了となります。

 終わる前に聞いておきたい事柄がございましたら、お寄せいただければ幸いです。




柔術対剣術による実戦

 どんな武術にも得意とする距離があります。

 柔術は空手よりも相手の懐に飛び込まなければなりません。少しでも離れると鉄拳が飛んできますからね。そんな空手よりも距離をとらなければならないのが剣術です。刀剣を振り回す間合いがなければ、いかに刃物でも相手を斬れません。槍やなぎなたはさらに距離が必要です。

 だから自らの得意とする距離をとらなければ「主人公最強」にはならないのです。

 もし剣術で最強なら、刀剣の間合いより敵が近づいてきたら逆により間合いを詰めて体当たりして強制的に突き放すのが当然の戦法です。

 では柔術対剣術の戦闘描写をしてみます。

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 寺の境内を歩いていると、不意に刀を振り下ろされた。俺は無意識で使い手に体当たりして刀をかわすと、本堂へ飛び込んだ。襲撃者も後を追ってくる。

 覆面姿だが汚れていない袴を履いており、ゆっくりと歩を詰めてくる。

「何者だ」

「問答無用」

 こちらの言葉を待たず手にした刀を振り上げようとする。しかし刀が鴨居に当たらないようこぢんまりとした振りなので余裕で回避できる。斬りつけようとひたすら剣を振るってくる。

 敵の焦りが募っているのを確認し、刀を振ろうとする好機を逃さず再び体当たりした。吹き飛ばされそうになるのを懸命にこらえようとしているが、それこそこちらの思うつぼだ。相手の右手と襟を握り、懐へ潜って体を腰の上に乗せると一気に板張りの床へ叩きつけた。

 敵は情けない声を発したのち大の字でひっくり返って気を失った。

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 ここでは距離を意識した戦い方をしています。

 柔術が剣術に対抗するには、まず相手の刀剣を満足に発揮させないようにするのです。そこで寺の本堂へと場を移します。屋内は剣術家が不得手とする場所です。刀を振りかぶると天井を突いたり欄間や鴨居に引っかかったりします。必然的に横に薙ぐか突きを放つ以外の手段がとれません。『暴れん坊将軍』は室内で刀を振りあっていますが、あれはセットに天井がないからできるのです。

 この戦法は槍相手ではさらに有効になります。槍は屋内では突きしか放てません。かるく薙ぐくらいならできますが、長さが仇になるのです。だからなぎなたも屋内で振り回しやすいような作りになっています。


 この例文を読んで、会話文の少なさを感じた方もいらっしゃいますよね。

 「うぉりあー!」とか「てやー!」とか。掛け声を書いたほうがよいのではないか。そう感じたはず。でもそれは蛇足です。掛け声なんてものは自然と出るものであって、わざわざ会話文で書くほどのものではありません。書かなければと思うのはマンガやアニメの観すぎです。最後に「敵は情けない声を発したのち」とありますので、ここで「ぎゃん!」とでも発したのでしょうか。そのあたりも読み手の想像力を喚起する書き方になっています。

 それに実戦の場でわざわざ掛け声を出していては、相手に呼吸を読んでくださいと言っているようなものです。手練れ同士の実戦ほど双方無言無音で動きます。

 剣道や空手のように、攻撃のたびに掛け声や気合いを入れるのは、実戦では足を引っ張るだけでなんの役にも立ちません。強者はつねに淡々とかわして一撃で倒すだけです。

 ボクシングでジャブを撃つときに「シュッシュッ」と言っている選手もいますね。あれはこれから撃ちますよと告げているのです。よほどジャブが速くなければ相手にすべて回避されてしまいますよ。

 ブルース・リー氏は『燃えよドラゴン』で奇声をあげながら並み居る敵を次々と倒したではないか。まぁそうなんですけど、動作と奇声の順番を確認してください。動作をしてから奇声を発していますから。ワンインチパンチで敵を殴ってから「ホワァー!」と叫んでいるのです。


 会話文が少なく、地の文が多めになっています。しかも文を重ねているので動作が目まぐるしく変わっているのも表現されているのです。

 また改行にも明確なルールがあります。主人公の意識が変わったところで改行し、同じ意識を持っている間は改行しないのです。このルールに従えば、どんなに動きが速くても文章ですべて表現できます。




剣術同士の決闘

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 互いに長剣を鞘から抜き、盾を前にして構える。

 父の仇を討ちたい逸る気持ちを抑えて、相手の右肩に意識を集中した。どんなに高速の剣術を誇っていてもそれは切っ先の話だ。すべての攻撃は右腕から繰り出される。剣はあくまでも右腕の延長だ。剣を握る右腕さえ注視すればかわせない攻撃はない。問題なのは、相手のスピードに目が追いつけるかどうか。もし右腕の振りさえ見えなければかわしようもない。だから最も動きが遅い右肩を警戒するのである。剣を振り上げるにしてもまず右肩を上へ移動し、その反動を加えて重い長剣を操るのだ。

 そして相手は知らないだろうが、こちらの切り札は高速の突きで発動する魔剣の真価である。敵が長剣を振り上げた刹那、一気に間合いを詰めて電光石火の突きを放つ。そのとき魔剣は突き込みのスピードに応じて突貫力が増し、いかなる鎧も紙のごとく心臓もろとも貫くのだ。たった一瞬のスキでよい。敵が動いた瞬間にこちらの勝ちは決まる。

 それを察したのか、敵は重い長剣の切っ先を下ろして地面に着けた。こちらを誘っているのだろう。

 このまま長い時間見合っていても決着しない。誘いをかけて応じたところへさらに突きを合わせるのも選択のひとつである。しかし敵も必殺の一撃を持っている。誘いをかけてその反撃を食らうわけにはいかない。そもそも父が討たれたのも、相手より先に動いたからである。ここは我慢比べを続けるしかない。


 十分、三十分、いや一時間は経っただろうか。それでもこちらから動いたら終わりだ。しかし微動だにせず構えを続けていると体が軋んでくる。

 そこで鋭くバックステップを二回し、剣の届かない間合いで構えを解いてかるく運動する。敵も痺れを切らしていたのか、こちらの動きを見て大きくバックステップしたのち構えを解く。

 かるく素振りを交えて筋肉の凝りをほぐし、再び身構えて距離を詰めていく。それに呼応するように相手も構え直して間合いを調整する。

 この死合、気が遠くなるほど長くなりそうだ。

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 今回はこちらの意識の流れに従って改行する例文です。

 連続する流れは改行せず、こちらの意識の持ちようが変わったら改行する。相手を見る目線が変わると改行する。長い時間が過ぎたら空行を入れる。

 これだけをやっています。

 文字が詰まっているのも相まって、ひじょうに緊張感・緊迫感あふれる描写になっているはずです。

 実際に剣士はこれくらい細かく状況を観察しています。

 一騎討ちなのに「やあやあ我こそはどこそこのなにがし、いざ尋常に勝負!」などと名乗りを上げて、一瞬で勝敗が決するなんてそれこそマンガやアニメの見すぎです。




主人公が最強なら

 こんな難しい話をしていますが、「主人公最強」ならいちいち主人公の心理なんて書く必要はありません。「距離の奪い合い」も関係ないのです。

 「眼前でいきなり剣を振り下ろされたが、反射的に鞘から剣を抜きざま斬り捨てた。」だけでじゅうぶんでしょう。

 それこそ「敵が現れた。敵を倒した。」だけで終わってもかまいません。

 戦いを省くためにこそ「主人公最強」はあるのです。難しい剣術云々なんて「主人公最強」の前では役に立ちません。蛇足ですらあります。

 「主人公最強」ならこれまでに何度も襲撃を受けているでしょうから、殊さら今回の襲撃で技を見せる必要もないのです。

 「主人公最強」でも可能なかぎり「殺さず」を貫くのなら、いっそ逃げ出してもよいでしょう。戦わないかぎり負けませんし、相手を「殺さず」に済みます。

 徹底的に逃げまわって、ラスボス戦だけまともに戦えばよい。しかも「ラスボスが現れた。ラスボスを倒した。」だけで終われば、誰がどう見ても「主人公最強」です。

 極端な話、「主人公最強」にバトルシーンなんて要りません。

 「主人公最強」の極めつけは、

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 俺はラスボスの館に踏み込んだ。


    ◇


 倒れているラスボスを役人どもに片付けさせ、館をあとにした。

————————

 と戦ったことすら書かないのです。おそらく戦ったんだろうとは思うものの、バトルシーンはいっさい書かない。ラスボスの姿すら書かない。これこそ「主人公最強」です。

 普通「異世界ファンタジー」の「主人公最強」なら派手なバトルシーンが売りです。しかし真に「主人公最強」ならバトルシーンなんて蛇足もよいところ。どうせ圧倒的に勝つのですから、バトルシーンで負けそうになる演出なんてする必要もない。だから一方的に勝てばよいのです。

 ラスボスが講釈を垂れようとしているところを倒します。ラスボスの講釈なんて「主人公最強」の前では無力です。主人公と戦って負けるために出てくるのですから、どんなに立派な講釈だったとしても誰の心にも残りません。それをあえて書く必要はないのです。

 それが「主人公最強」なのですから。

 ちなみにもっとスゴい表現法もあります。

————————

 俺はラスボスの館に踏み込んだ。


    ◇


 街道を歩いているとところどころで人々が楽しげに話し込んでいた。

————————

 つまり「これからラストバトルだ!」と思わせて、それをまるごと消し去って、その後の世界を書くのです。どうやって勝ったのかなんて書くだけ野暮、くらいの割り切り方が「主人公最強」にはふさわしい。ラスボスを派手に倒したいなら「無双」を付けたいですね。





最後に

 今回は「戦闘描写・皆陣烈在前 その2」について述べました。

 「距離の奪い合い」を中心に実作で説明しましたが、おわかりいただけたでしょうか。

 まぁ今流行りの「主人公最強」だと、血湧き肉躍るバトルシーンなんて必要なのか。そこから疑ってしまいます。

 だって戦えばすべて勝ってしまうんですよ。盛り上げるためにあえて劣勢を見せるのも馬鹿らしい。

 それなら「いつの間にか勝っていた」くらいの描写でじゅうぶんです。

 血湧き肉躍るバトルシーンを書くのなら「主人公最強」にはなりません。「無双」なら雑魚をバッタバッタと斬り捨てるバトルシーンと相性がよい。であれば「主人公最強」ではなく「無双」をつけるべきです。

 読み手の細かな需要に応える戦闘描写を心がけましょう。


 これで毎日連載で予定していた最終回となります。明日からはご質問・ご要望・ご不明な点でお寄せいただいたものを取り上げていきます。

 それが尽きたと判断したら、そこで小説投稿サイトのシステムとして「連載終了」致します。

 聞きたいことがあったら、今のうちですよ。ぜひコメントやメッセージをお寄せくださいませ。

 それでは皆様、ここまでお読みくださりましたありがとうございました。

 連載は最低でもあと3回は続きます。

 それでは明日にまたお会いしましょう。



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