1462.端緒篇:失敗に最大の価値を置く

 今回は「失敗」についてです。

 できれば小説投稿サイトへ掲載した作品は「失敗」したくないですよね。不特定多数が読むのだから、「失敗」したら赤っ恥もよいところ。と考える方が多いと思います。

 ですが「失敗」にこそ価値を置いてください。

 そもそも文豪だって多くの「失敗」のうえに「名作」を築いているのです。

 最近は「小説賞・新人賞」大賞を授かった作品だけが「名作」で、あとから書いた作品がすべて「失敗」な書き手も増えました。

 ですが「失敗」を前向きに捉えられれば、未来は必ず開けてきます。





失敗に最大の価値を置く


 小説投稿サイトでPVが伸びない、いいねが付かない、ブックマークが付かない、評価もされない。

 連載小説でそうなってしまったら。あなたは潔く物語を早期に畳めますか。

 ある程度まで書いていちおうの結末まで読み手を連れていけるでしょうか。

 そしてなんとか結末を迎えた作品には宝物が詰まっていると気づいていますか。

 貴重な宝箱からどれほどの宝物を発見できるでしょうか。

 一作書くごとに成長する書き手は、失敗作にこそ貴重な宝物が詰まっていると気づいています。




失敗作はなぜ貴重な宝箱なのか

 多くの書き手は、失敗した作品を記憶とサイトから消します。そして次作を書いては掲載し、また同じ失敗を犯して記憶とサイトから消すのです。

 なぜ記憶から消したがるのでしょうか。

 失敗した現実を直視したくないからです。

 「小説賞・新人賞」応募作で、一次選考すら通過しなかった。その事実を受け止められなくて記憶からそして小説投稿サイトからも消してしまうのです。そんな汚点を記憶していても将来のためにならない。そう考えているから失敗を消し去ります。


 「失敗は成功の母」と言います。

 なぜ失敗したのか。その理由を知らなければ、同じ失敗を繰り返すだけです。

 ではあなたの作品はなぜ「小説賞・新人賞」を獲れなかったのか。ランキングに載れなかったのか。多くの方が読みに来てくれなかったのか。

 反省もせずに記憶から消し去り、同じ失敗を何度も繰り返す。

 しかも毎回失敗を消し去っていますから、どのような原因で失敗したのかの蓄積がないのです。

 本来なら徹底して失敗した原因を探らなければなりません。そうでなければ改善のしようがないからです。

 ただ失敗した現実を直視すると滅入るから。そんな理由で反省もせずに記憶から消し去ったのでは、同じ失敗を何度でも繰り返します。失敗を避けようもないからです。




失敗した原因を見つければ回避できる

 あなたは道を歩いていて段差に気づかず転んだ経験がありますか。そのときただ「転んだのは格好が悪いな。忘れてしまおう」だけでは、また同じ段差で転ぶだけです。もし転んだ原因が「段差」だと気づいたら。きっと「ここには段差があるから、注意して歩こう」と思いますよね。その結果同じ「段差」にはつまずかなくなるのです。

 小説も同じです。なぜ失敗したのか。その原因を知れば同じ失敗を回避できます。つまり同じ失敗は起こさないのです。

 しかし失敗をひとつ改善しても、次の失敗が現れます。まぁ書いたのはあなた自身ですから、自ら失敗を呼び込んだわけですが。

 ひとつ失敗を回避できたのだから、次の失敗も同じように回避すればよいのです。

 だからこそ、まず「失敗の原因」を見つけ出しましょう。「失敗の原因」を直視するのは初めこそとても嫌なものです。しかし成功した書き手は、すべからく「見たくもない致命傷」を直視し、「なぜ致命傷となったのか」を明らかにしています。そしてそれを「意図的に」回避してきたのです。

 ヒトには「危機回避」のプログラムが埋め込まれています。

 「これは駄目だった。二度とこんな真似はしない」とインプットされれば、自然と回避するように思考するのです。もし同じ失敗を繰り返したら、もう一度インプットし直しましょう。「危機回避」が働くまで、反省を続けてください。慣れてくれば、執筆中に「おっと、これは以前失敗したところだ。違う表現に改めないといけないな」と判断できるようになります。

 そのためにも「失敗した原因」を見つけ出す努力が必要なのです。一次選考すら落選した傷に塩を塗るためではなく、二度と傷を作らないために「失敗した原因」を見つけ出して回避する努力を積みましょう。

 たとえそれが百個の「失敗」だったとしても、ひとつずつ「失敗の原因」を潰していけば『101回目のプロポーズ』で成功できるかもしれません。ずいぶん懐かしいドラマが出てきましたね。百個の「失敗」は無駄ではなかったのです。すべて101回目で成功するための改善点だった。そう考えられれば怖いものなどありません。




そもそもどれが失敗作なのか

 小説投稿サイトに掲載する前から「これは失敗作だ」と判断してすぐにあきらめる方がいます。

 ですが、なにをもって「失敗」と言い切れるのでしょうか。あなたは独断で「失敗」に気づけるのでしょうか。

 ほとんどの書き手は自身の「失敗」に気づかず投稿しています。そして読み手から酷いコメントが殺到して初めて「失敗」だったと気づくのです。

 そうです。書いた本人には「成功」か「失敗」かの判断はつきません。つくくらいなら最初から「失敗」なんてするはずがないのですから。

 小説投稿サイトに掲載して読み手の反響から初めて「失敗」を理解できる方がほとんどです。

 だから勇気を持って投稿してください。

 たとえ「駄作」だ「失敗」だと言われたり、PVが伸びなかったりしたら、そのとき初めて「失敗」だと認識すればよいのです。




神の視点は即アウト

 「プロット」は「ト書き」ドラフト、「散文」ドラフト、「視点固定」ドラフトを経ます。

 それでも読み直してみると「神の視点」になっている箇所が見つかるものです。これは「視点固定」ドラフトで直しきれていません。

 どんなに面白い作品だろうと「神の視点」で書かれていたら、その時点で即アウトです。

 「小説賞・新人賞」で最も受賞数が多いのは「一人称視点」であり、「三人称視点」は少ない。

 「一人称視点」は主人公へ感情移入しやすいため、物語が格段に面白く感じられるからです。

 「三人称視点」はどうしても主人公の心の声がないぶん、没入感が浅い。

 だからこそ「小説賞・新人賞」へは「一人称視点」で挑むべきです。

 難しい「三人称視点」やプロでも書かない「二人称視点」など十万字の小説には必要ありません。主人公に視点を持たせて心の声で親しみを感じさせる。ならばこそ没入感が深まるのです。

 「小説賞・新人賞」を狙うなら、安定して面白い「一人称視点」を採用しましょう。慣れない「三人称視点」で「神の視点」を誘発しては元も子もありませんよ。





最後に

 今回は「失敗に最大の価値を置く」について述べました。

 「失敗」を直視できないのが凡人です。

 天才はつねに「失敗」から学んで同じ過ちを繰り返しません。

 発明王トーマス・アルバ・エジソン氏は、白熱電球の発光体・フィラメントの素材を数百種類試して「失敗」をひとつずつ潰したのです。だからこそ休憩中、目に入った扇子の骨組みであった「竹」を試してみようと思いつきました。「竹」を試していなかったからです。エジソン氏は「どうせ失敗するだろう」と思っていたに違いありません。まさか植物が電気に耐えられるとは考えもしなかったからです。しかしダメ元で試した「竹」が電気を通して発光したのです。

 数百種類の「失敗」をすべて回避し、試していなかったものに気づけるかどうか。

 小説も同じです。失敗作には「失敗の原因」が詰まっています。どれだけの「失敗の原因」を分析して回避できるか。それによって効率が飛躍的によくなります。

 「失敗」をきちんと認めて回避する材料にするのです。「恥ずかしい」から削除していては、伸びる才能も伸ばせませんよ。



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