1461.端緒篇:意志を持った主人公は勝手に動く

 「主人公が勝手に動かない」

 それが駄作と言われる原因ではないか。

 そう考えてしまうものですが、ちょっと待ってください。

 「主人公が勝手に動いたから名作だ」なんて誰が決めたのですか。

 主人公は「意志」を持てば勝手に動きます。主人公が勝手に動く駄作もあるのです。

 いったいどんな動き方をすれば名作となるのでしょうか。





意志を持った主人公は勝手に動く


 小説家へのインタビューで創作の一端を知る方も増えてきましたね。

 インターネットの時代は、あらゆる情報を蓄積し、大勢の読み手に開放されています。

 そんな創作のインタビューで「主人公が勝手に動く」と答える書き手が多いと思いませんか。

 自分の主人公は勝手に動いてくれないんだけど。主人公が勝手に動かなければプロの書き手にはなれないのか。

 そんな気持ちに囚われますよね。




主人公は意志を宿していますか

 猫ってかわいい。なんで猫ってあんなに愛らしいのか。きまぐれなところがいいのかな。

 などと書いていますが、私は猫好きではありません。猫嫌いでもなく中立です。

 ではなぜこの文を書いたのか。

 それは「語り手の意志を明確にした」文だからです。

 物語の主人公は、必ず「意志」を持っています。「意志」を持たない主人公は、書き手の操り人形にすぎません。

 よく「主人公の設定をとことん詰めれば、その主人公がなにを考えるのか、どう行動するのかが見えてくる」と言われます。

 そうなのです。主人公がどんな家庭で生まれ育ったのか。幼馴染みや親友がどんな人柄でどんな関係なのか。学校の成績は良かったのか。スポーツは特待生レベルなのか。といったものから、「義を見てせざるは勇なきなり」なのか「触らぬ神に祟りなし」なのか「長いものには巻かれろ」なのか。

 そういったものを設定すれば、主人公に「意志」が宿ります。

 もちろん状況によって「意志」がブレる主人公もいるでしょう。

 それでも平時の「意志」は設定したほうがよいのです。


 「意志」を宿すと、その主人公は勝手に動き出します。

 「弱きを助け強きを挫く」主人公なら、目の前で困っている老人を見たら手助けせずにはいられません。手助けする選択を必ずするのです。誰かに追われている人物を見たら、匿ってあげます。

 つまり「意志」が明確なら、出来事が始まったときとりうる選択肢はすでに定まっているのです。もし「意志」に反した選択肢をとったら、読み手が失望してしまいます。「この主人公はこんな選択をしない」。物語を創るのは書き手ですが、主人公の性質は読み手のほうが詳しいのです。なにせ物語を最初から主人公に感情移入してなりきりながら読み進めているのですから。

 読み手は「意志」を持つ主人公に没入しているからこそ、違和感が先立ちます。

 書き手は主人公以外のキャラクターにも注意を向けなければなりません。しかし読み手は主人公にだけ注意を払えばよいのです。

 だから読み手と書き手の認識にズレが生じます。

 書き手は主人公が「意志」を宿すように設定を詰めるべきです。




優柔不断でもクライマックスでは必ず決断させる

 もし相反する「意志」を有していたら「優柔不断」になります。

 「弱きを助け強きを挫く」「命あっての物種」のふたつの「意志」を内包していたら、傷ついた人を放っておけないようで、誰かに追われているのかもしれないと逡巡するようで。助けるべきか、見ないふりをするべきか。揺れ動くのです。だから相反する「意志」を内包していたら「優柔不断」になります。

 主人公は「優柔不断」であってもかまいません。すぐフラフラして決められないのも立派な「意志」です。相反するふたつの「意志」の間で揺れ動くさまは、多くの読み手が共有する状態でしょう。すべてを果敢に決断してきたような人が、小説を読むのでしょうか。そんな人は実業家となって富を築き上げるはずです。小説を読んでいる暇なんてありません。


 「優柔不断」な主人公はかなり多くの作品で出てきます。ですが「優柔不断」なままで物語を終える主人公は数少ないのです。多くの「優柔不断」な主人公は、最後の出来事での選択には一か八か、思い切って決断します。それによって今までフラフラと定まらず煮えきらなかった「意志」に芯が通るのです。

 そして物語は佳境クライマックスを迎えます。「優柔不断」な主人公が下した決断が、どんな結末エンディングをもたらすのか。それこそが「優柔不断」な主人公の物語の華です。

 もし最後の決断もできないほど「優柔不断」だったら。たいていの作品では大きな敗北を喫します。不倶戴天の敵を殺せないでいたら、「対になる存在」は躊躇している主人公を間髪入れず殺すでしょう。恋愛小説で三角関係に揺れていた主人公は、同級生をとるか下級生をとるかで迷い続けます。そして決断しなければならない場面で、もしどちらも選べなければ。ふたりとも失ってしまうのです。もし片方を選べば、少なくともひとりとの間で未来が開けます。中にはふたりとも選べる選択肢を編み出せてしまう書き手もいるでしょう。しかし凡才は同級生か下級生のどちらかひとりだけを選ばせるべきです。


 「優柔不断」な主人公は、物語中判断がブレまくりますが、最後の最後は勇気を持って決断します。そうしなければすべてを失うからです。三角関係の楽しい日々すらも失ってしまいます。もし同級生が物わかりのよい性格なら、主人公と付き合うようになっても、下級生を交えた三人でのイベントを許してくれるかもしれません。しかしどちらかを選べなかっただけで、そんな状況すらつかみ取れないで敗北を喫するのです。

 「優柔不断」な主人公が、ふたりの女性を選べないでいる作品は多い。

 マンガのまつもと泉氏『きまぐれオレンジ☆ロード』の主人公・春日恭介や、渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡は「優柔不断」な主人公でしたが、最後の最後では必ず決断したのです。たとえ今の関係が崩れ去るのだとしても、この人だけは失いたくない。その境地に立ったとき「優柔不断」に怖気づきながらも勇気を振り絞って決断するのです。そこからでしか大団円は迎えられません。




勇者は魔王を殺すのか

 さまざまな物語の勇者は、「対になる存在」の魔王を倒すために旅を続けます。

 では勇者は必ず魔王を殺さなければならないのでしょうか。

 ここに勇者の「意志」がかかわってきます。

 当初は背後関係がわからず、単に国王から魔王討伐の依頼を受けただけかもしれません。

 しかし物語が進んでいくうちに、魔王の行ないにも相応の理由があると知ります。すると勇者は「魔王討伐」ではなく魔王の真意を知りたくなるでしょう。

 そして実際に会ったとき、魔王の「意志」を確認します。「なぜこんなことをしているのか」です。魔王は王国が行なう施策が世界を破滅に導いていると明かします。それによって真実を知るのです。

 そのとき勇者の「意志」があくまでも「魔王討伐」なら、問答無用で魔王をたたっ斬ります。もし勇者の「意志」が「正義を貫く」であれば、魔王の理由を聞いてそこに「正義」を見出だすかもしれません。だから「意志」を持っていれば、主人公は勝手に動くのです。

 場合によっては、魔王が「正義」で、国王こそが「悪」だと知る可能性もあります。そうなれば勇者は「正義を貫く」ために国王を倒す選択をするでしょう。

 この魔王の物語、元ネタはコンピュータRPGの祖のひとつSir−Tech『Wizardry』です。狂王トレボーが魔法使いワードナを倒してブルー・アミュレットを持ち帰ってくるよう冒険者を募集します。普通にゲームをプレイしていたら、ワードナは「悪」でトレボーは「善」に見えるかもしれません。しかし四作目『Wizardry IV ワードナの逆襲』において、悪であるはずのワードナが、地下深くの迷宮から魔物を召喚して成長しながら地上にある城へと踏み込んで狂王トレボーを倒す旅をします。

 そうです。「悪」は狂王トレボーであり、ワードナ自身は悪ではなかったのです。まぁ「悪」の魔物も召喚できますから「中立」だと思いますが。

 勇者は魔王を殺すのか。

 勇者の「意志」はどうなっているのかを深く考えてください。





最後に

 今回は「意志を持った主人公は勝手に動く」について述べました。

 物語を創るとき、「企画書」で「どんな主人公がどうなりたくてなにをなしどうなったのか」を決めたはずです。

 そのとき主人公は「どんな意志」を持っているのか、「どうなりたいという意志」を持っているのか。少なくともこのふたつの「意志」を必ず設定してください。

 それは「主人公を勝手に動かす」ためです。

 主人公は「意志に従って」動きます。「意志」に背く言動をするなら、相応の理由が必要です。それをきちんと設定しているでしょうか。

 「企画書」を甘く見て「意志」を込め忘れた主人公に、読み手は感情移入できないのです。



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