1437.端緒篇:小説の文章に唯一の正解はない
「小説の書き方」コラムを執筆していると、ときに読み手の方から「どんな文章がよいのでしょうか」と問われます。
そのときそのときで「書きたいジャンルでトップの作品を真似してください」とお答えしておりました。
今回はその真意をお伝え致します。
小説の文章に唯一の正解はない
小説を書く人は「大賞が獲れる文章とはどんなものか」知りたくなります。
それがわかれば私も知りたいくらいです。
しかし「受賞する文章に正解はありません」。
それぞれの応募作にふさわしい「正しい文章」があります。
求められる文章の違い
一人称視点と三人称視点では求められる文章は異なります。
男主人公と女主人公でも差があって当然です。
これだけでも四種類の文章があります。「一人称視点・男主人公」「一人称視点・女主人公」「三人称視点・男主人公」「三人称視点・女主人公」です。
ライトノベルは「一人称視点・男主人公」が多いので、ついこの文章が正解だと勘違いしてしまいます。
谷川流氏『涼宮ハルヒの憂鬱』はタイトルからつい女主人公と思わせながらも、キョンの男主人公ものです。
明確に「一人称視点・女主人公」のライトノベルではリナ=インバースが主人公の神坂一氏『スレイヤーズ』と、パステル・G・キングが主人公の深沢美潮氏『フォーチュン・クエスト』が挙げられます。
この二作が「一人称視点・女主人公」ライトノベルの起源であり代表格ですね。
どちらかといえば「女性向け」の「剣と魔法の冒険ファンタジー」になります。まぁ「剣と魔法」こそ出てきますが、基本的には女主人公を中心とした「ドタバタ冒険ファンタジー」のイメージが強いですね。「バトル」を主体とした「男性向け」とは同じ「異世界」でも趣きが異なります。
「男性向け」でも『涼宮ハルヒの憂鬱』のように「剣と魔法」とは関係がない物語もあるので、一概に「男性向け」イコール「バトルもの」とはいきません。
近年の大ヒット作である渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』も男性向けでは珍しい「ラブコメ」を扱っていましたよね。「ラブコメは女性が読むもの」という定説を見事に打ち破ってくれたのです。
このように「男性向け」だから「バトル」、「女性向け」だから「ラブコメ」「ドタバタ劇」とはいかない時代になりました。
なにを求められる物語なのか
男性の書き手でも「ラブコメ」が書けないと女性ファンを獲得できませんし、女性の書き手でも「バトル」をきっちりと書けば男性ファンも付きます。
当然男性向け「バトル」小説と「ラブコメ」小説、女性向け「ラブコメ」小説と「ドタバタ劇」小説は文章が異なります。同じ「ラブコメ」小説でも男性向けと女性向けでは正しい文章は異なるのです。
男性向け「ラブコメ」はひとりの男性が複数の女性を巡って右往左往する物語が求められます。
昨年お亡くなりになったマンガ家のまつもと泉氏代表作『きまぐれオレンジ☆ロード』は、超能力が使える主人公・春日恭介が、同級生の鮎川まどかと下級生の檜山ひかるの間で右往左往する「ラブコメ」でした。「努力」「友情」「勝利」がスローガンの『週刊少年ジャンプ』連載とは思えません。ですがこれがものの見事に女性ファンを獲得して大ヒットを飛ばします。カセットドラマ、劇場アニメ、テレビアニメ、OVAとメディア展開され、世の超能力ブームも手伝って一時代を築いたのです。早くから女性ファンが付いたため、スタジオぴえろで『魔法の天使クリィミーマミ』を担当していたイラストレーターの高田明美氏をキャラクターデザインに起用しました。女性に刺さるキャラクターが「ラブコメ」を展開していたのです。だからテレビアニメ放送開始から女性ファンが急拡大していったのです。
実は『きまぐれオレンジ☆ロード』より前に「ラブコメ」を取り入れたジャンプマンガがありました。桂正和氏『ウイングマン』です。本来なら「バトル」マンガなのですが、日常シーンは典型的な「ラブコメ」となっています。「ウイングマン」に変身できる主人公・広野健太が、ポドリムス人のアオイと、同級生の小川美紅との間で右往左往する「ラブコメ」作品です。桂正和氏はその後も「バトル」と「ラブコメ」を組み合わせた『超機動員ヴァンダー』『D・N・A2〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』なども描いています。しかし完全に「ラブコメ」に振り切った作品も描いているのです。読み切り『
こうやって改めて見ると男性向け「ラブコメ」って男主人公が二股三股かけているケースばかりですね。まぁ男主人公で男ふたりがひとりの女性を取り合う話は成立しづらい面もありますが。
この『週刊少年ジャンプ』の男性向け「ラブコメ」が後年大きく飛躍し、河下水希氏『いちご100%』や長谷見沙貴氏&矢吹健太朗氏『ToLOVEる−とらぶる−』、古味直志氏『ニセコイ』などを生み出しました。
私が男性なので男性向け「ラブコメ」を挙げましたが、女性向け「バトル」ものだと池田理代子氏『ベルサイユのばら』や竹宮惠子氏『地球へ…』が挙げられるでしょうか。
ですが男性向け「バトル」ものとは見せ方が根本的に異なっています。女性は「バトル」もので血湧き肉躍るといかないので、単にバトルというよりも物語の必然として「バトル」シーンがある程度の認識です。『スレイヤーズ』も『フォーチュン・クエスト』も、「バトル」シーンはあっけなく終わります。男性の読み手なら「バトル」が淡白で面白みに欠けるかもしれません。それでも人気を得たのは、ひとえに「女性向けバトルもの」を突き進んだからでしょう。
それぞれの代表作の文章を手本に
先ほど挙げた四種類「一人称視点・男主人公」「一人称視点・女主人公」「三人称視点・男主人公」「三人称視点・女主人公」に求められる文章はそれぞれで異なります。
また男性向け「バトル」ものと「ラブコメ」もの、女性向け「恋愛」ものと「ラブコメ」ものと「バトル」もののジャンルがあるのです。ジャンルはまだまだありますよね。
あなたが書きたいものを選んだら、その文章の代表作を手本にしてください。
たとえば「一人称視点・男主人公」の男性向け「ラブコメ」なら『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』を手本にするのです。
「一人称視点・女主人公」の女性向け「バトル」ものなら『スレイヤーズ』を手本にしましょう。
先人の文章をお手本にすれば、どの層向けのどのジャンルでもふさわしい文章がわかります。だからその文章力を目指して努力すればよいのです。
今は電子書籍でいくらでも「冒頭試し読み」ができる環境にあります。書きたいものに近い有名作は探せばきっと見つかるのです。お手本を探さず一からふさわしい文章を見つけようとするのは非効率もよいところ。お手本があれば効率よく文章が身につきます。
「三人称視点・男主人公」のロボット「バトル」ものなら賀東招二氏『フルメタル・パニック!』が大いに参考になるでしょう。
探せば必ず手本は見つかります。一から最適な文章を見つけ出すより、手本を探す時間に当ててください。
ただ丸写しだけはしないでください。たとえば神坂一氏の文章を完璧に模倣したら「神坂一氏のような文章を書く人」という認識が選考さんに生まれてしまうのです。「それなら神坂一氏に直接頼んだほうがネームバリューもあるぶん売れるよね」という話になります。
猿真似で終わらず、独特の表現にもこだわりましょう。
最後に
今回は「小説の文章に唯一の正解はない」について述べました。
小説は「過去の積み重ね」が生きる類いの芸術です。
省ける時間は徹底的に省いて効率化を図ってください。
なにより文章力は受賞後にいくらでも直せますからね。
あなた独自の文体を身につけたくても、まずは似た作品の真似から入るのは悪くない選択です。
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