1377.物語篇:物語121.ハードボイルド

 今回は「ハードボイルド」についてです。

 一般的には硬骨なイメージがつきまとう「ハードボイルド」ですが、主人公は意外と硬骨ではありません。

 主人公はとても魅力的。どんなピンチでも余裕で対処する様子を指しています。





物語121.ハードボイルド


 皆様は「ハードボイルド」物語をどのようにとらえているでしょうか。

 社会的な問題を扱う硬派な物語を想像しませんか。

 ですが「ハードボイルド」とはいったいなんなのかはあまり語られていないように思えます。




固茹で卵

「ハードボイルド」は英語の「HARD−BOILED」から来ています。

 その意味は直訳すると「固く茹でる」です。「なにを」と言われれば「卵」とされています。黄身までしっかりと固くなった「固茹で卵」が「ハードボイルド」なのです。

 ではなぜ「固茹で卵」が「硬派な物語」を指すようになったのでしょうか。

 感情や状況に流されず、軟弱、妥協を嫌う生きざまを描いた作品を、一般には「ハードボイルド」小説と呼びます。

 推理小説の一ジャンルで、行動的な私立探偵を主人公に、謎解きの過程よりも人間的側面を巧みに描いていくスタイルを主に指すのです。ダシール・ハメット氏やジェームズ・M・ケイン氏、レイモンド・チャンドラー氏、ロス・マクドナルド氏などが『ブラック・マスク』誌の他の書き手とともに生み出したのがいわゆる「ハードボイルド」な探偵小説とされています。

 日本では萩原健一氏主演(小暮修)&水谷豊氏助演(乾亨)『傷だらけの天使』が有名ですね。とくにショーケンのカッコよさに痺れた男性が多かった。

 もうひとつ有名なのが松田優作氏主演『探偵物語』ですね。人間味あふれる「工藤ちゃん(工藤俊作)」はユーモアを交えながらもショーケンとはまた違った「カッコよさ」を視聴者に見せつけました。

 goo辞書によると「非情なこと。人情や感傷に動かされないで、さめていること。また、そのさま。」ともあります。

 いかなるときも「ドライでクール」な主人公こそ「ハードボイルド」と呼ぶにふさわしいのです。

「ハードボイルド」な主人公はけっして人前で涙は見せません。たとえ愛しい人を殺されても感傷的になってはならないのです。「ドライでクール」に復讐を果たすべく行動するのが「ハードボイルド」の美学。工藤ちゃんはそれとは対照的に人情味あふれる「ハードボイルド」のカッコよさを突き詰めた名作です。

 動画配信サービスなどで観られるところもあります。「ハードボイルド」を書きたい方は本流の『傷だらけの天使』と邪道の『探偵物語』は必見です。




主人公を完璧にしすぎない

 どんな出来事が起こっても「ドライでクール」に軽口をたたいたり、酒や煙草に耽けたり。一種の「超人さ」すら感じさせます。

 推理小説における「スーパーマン」が「ハードボイルド」の主人公なのです。

 しかし小説で「スーパーマン」が主人公では面白くなりません。だってどんなピンチも顔色ひとつ変えずに解決してしまいます。

 そもそも本家のDCコミックスの『スーパーマン』でも主人公のスーパーマンには弱点が設定されています。鉱石「クリプトナイト」です。たとえ太陽の電磁気をエネルギー源として八十万トンの物体を持ち上げたり、四十メガトンの核爆発に耐えたりするほど無敵のヒーローであっても、鉱石「クリプトナイト」が近づくと力を吸い取られて弱体化してしまいます。

 スーパーマンに弱点があるように、推理小説における「スーパーマン」である「ハードボイルド」の主人公にも弱点があって然るべき。

 どんなピンチでも余裕とユーモアを忘れず、酒と煙草をこよなく愛する。悲哀は口にせず背中で語るタイプの主人公ですが、やはり失っては困るものを持っているものです。

「ハードボイルド」な私立探偵はカッコいいのが当たり前。しかし人間味にあふれながらもカッコいい私立探偵ものも立派な「ハードボイルド」です。

 警察ものになりますが、武田鉄矢氏『刑事物語』シリーズの片山はじめ刑事も「ハードボイルド」な主人公と言ってもよいでしょう。もちろん武田鉄矢氏のコメディーあふれる演出もありながら、物語はひじょうに硬派です。片山刑事はさまざまなものを失いながらも「顔で笑って心で泣く」を地で行く不器用な面があります。本作のためだけに中国拳法の達人・松田隆智氏から蟷螂拳とうろうけん(かまきりの形意拳)を習い、ハンガーヌンチャクを自ら編み出し、本家のジャッキー・チェン氏にすら褒められるという僥倖にあずかった作品です。こちらも動画配信サービスで観られるところがありますので、「ハードボイルド」の違った一面を知りたいのならぜひ観ておきましょう。




キャラが魅力的なシリアスドラマ

『傷だらけの天使』『探偵物語』『刑事物語』に共通しているのは「個性的で魅力あふれる主人公が、シリアスな問題に挑む」物語の形です。

 これが「ハードボイルド」の現在の定義と言えます。

 けっして銃弾飛び交う中、余裕綽々と煙草を吸っているようなものが「ハードボイルド」ではないのです。

 アニメのほうがわかりやすい方には、サンライズ『COWBOY BEBOP』を挙げておきます。

 主人公スパイク・スピーゲルは普段は無気力な脱力系の憎めないキャラです。戦闘シーンでは危機やハプニングに陥っても軽口を叩く。それでいてけっして他人に束縛されない。典型的な「ハードボイルド」キャラです。ブルース・リー氏に憧れてジークンドーも使いますから、まさに無敵。これほど男が惚れるようなカッコよい主人公はそうはいません。

 マンガなら北条司氏『CITY HUNTER』の冴羽リョウや、内藤泰弘氏『TRIGUN』のヴァッシュ・ザ・スタンピードがこのパターンですね。さいとう・たかを氏『ゴルゴ13』のデューク東郷は真面目で面白みがないですがどんな窮地でも切り抜ける「ハードボイルド」な一面を強く感じさせます。

「ハードボイルド」の物語は主人公がどれだけ魅力的かが問題です。魅力的な主人公がどんな事態に巻き込まれるのか。それをどう切り抜けるのか。その過程がたいせつなのです。極端な話、毎回同じような事態が発生しても、主人公が魅力的なら「ハードボイルド」は成立します。

 前述した「ハードボイルド」作品は、いずれも単発の事件に巻き込まれて、それを毎回切り抜ける姿を観せているにすぎません。それでも面白さを感じるのは、ひとえに主人公が魅力的だから。

 サー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』も主人公ホームズが一癖も二癖もある魅力的な人物だから、毎回シリアスな事件と向き合う推理小説でも絶大な人気を博したのです。もちろんコナン・ドイル氏が「ハードボイルド」を書きたかったわけではないと思います。でも結果的に「ハードボイルド」になったのです。

 逆に言えば、主人公を魅力的にできたらライトノベルでも「ハードボイルド」路線を目指せます。

 水野良氏『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』シリーズも、主人公リウイの特殊性を活かしてシリアスな問題を解決する、いわば「ハードボイルド・ライトノベル」とも呼べる作品に仕上がっているのです。

「ハードボイルド」は読み手を主人公に強く惹きつける力があります。

 どんな窮地でもけっして慌てない。軽口をたたきながらさらりと解決してしまうのです。これで人気が出ないはずがありません。

「小説賞・新人賞」では主人公の魅力も評価されますから、「ハードボイルド」路線が書けるのであればぜひ取り入れてみてください。





最後に

 今回は「ハードボイルド」について述べました。

 推理小説であっても、謎解きがメインではなく、危機に陥った私立探偵が余裕綽々と切り抜けてしまう物語。それが「ハードボイルド」です。

 だから凡百な物語しか書けなくても、読み手を主人公に惹きつけて人気を博せます。「大人の余裕」のようなものを、形だけでもよいので読み手へ見せてください。

 不思議と主人公の魅力が増してきますよ。



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