1375.物語篇:物語119.修行と打倒

 今回は「修行」がメインの物語です。

「ざまぁ」の物語になるとき、たいていは裏切られたり解雇されたりしてから修行して強くなるんですよね。

 修行もなしに「主人公最強」になって「ざまぁ」するなんて考えられませんしね。「ざまぁ」できるだけの実力を持っていたらそもそも裏切られたり解雇されたりはしませんから。

 それでも「ざまぁ」物語にはなにかが欠けています。





物語119.修行と打倒


 物語の始まりに力不足を思い知らされ、修行に明け暮れてついに敵を打倒する物語があります。

「敵を打倒する」よりも「修行に明け暮れる」ほうに主眼があるのが、この物語の特徴です。




カンフーマスター

 香港映画でジャッキー・チェン氏が主演した「カンフーマスター」シリーズ。『スネーキーモンキー 蛇拳』『クレイジーモンキー 笑拳』『蛇鶴八拳』『少林寺木人拳』などがあります。中でも最も人気があったのは『ドランクモンキー 酔拳』です。のちに『酔拳2』も制作されて大ヒットを記録しています。

 ジャッキーは、未熟なくせに自意識が過剰でおちゃらけていたところに現れた強敵と戦って手ひどく敗れる。そんなときにカンフーの師匠と出会います。ジャッキーは不承不承ながら師匠の特訓を受けるのです。

 修行のシーンが延々と続き、そうして物語が佳境クライマックスに差しかかると、強敵との再戦が始まります。

 当初は劣勢に立たされながらも、師匠の教えを応用して新たなカンフースタイルを編み出し強敵を打ち倒すのです。

 この「カンフーマスター」シリーズは、ジャッキーの修行シーンこそがメインで、強敵と戦って勝つのはジャッキーの成長を示すための副産物でしかありません。

 香港映画を牽引していたブルース・リー氏は、己の流派「截拳道ジークンドー」を編み出し、それを使った映画が世界で大ヒットしたのです。これにより截拳道は世界に知られることとなり、ブルース・リー氏も世界的ヒーローとなりました。

『燃えよドラゴン』のセリフに「Don’t think. Feel!(考えるな、感じろ!)」があります。

 これなどは小説書きにも通用する言葉ですね。面白い物語を考えようとするのではなく、読み返したら自然と面白いと感じられる物語を書けばよい。あれこれ悩むのではなく、なにも考えずに読み返して感じたものを頼りに推敲すれば良い作品に仕上がります。

 しかし世界的ヒーローとなったブルース・リー氏は急逝してしまったのです。香港映画界は新たなヒーローを模索しました。そうしてブルース・リー氏の映画に出演していたジャッキー・チェン氏に白羽の矢が立ったのです。

 ジャッキー・チェン氏はブルース・リー氏のような真面目な人物ではなく、陽気で人のよさそうなタイプ。正統派で男性ウケしたブルース・リー氏と比べれば、親しみやすい笑顔と変幻自在なアクションで女性や子どもを中心に大ウケしたのです。

 とても強そうには見えない風貌でいながら、戦えばけっこう強い。でも師匠との修行によって最強の拳士となります。

 親しみを抱かせて、強敵に敗れ、師匠に見込まれて修行し、最後に強敵を倒す。

 この鉄板のパターンを作り出して、香港映画はアクション映画界で息を吹き返しました。

 その後のジャッキー・チェン氏の快進撃は、多くの女性ファン、子どもファンを歓喜させたのです。

 まぁ今では「中国共産党万歳」な人になってしまって、世界中から叩かれまくっていますけどね。全盛期はとてつもない人気を誇っていたのです。




修行が必須の「ざまぁ」なのに

「カンフーマスター」シリーズは私たちに「たとえ弱くても、修行を続ければいずれ最強になれる」という教訓を残しました。

 そしてそれを小説で端的に表したのが『小説家になろう』の流行りとなった「追放」から修行して「主人公最強」になって勇者パーティーに「ざまぁ」する物語です。

 しかし「カンフーマスター」シリーズと「ざまぁ」小説には大きな違いがあります。

「ざまぁ」小説では「修行」シーンがほぼ省かれているのです。

 本来なら「修行」シーンこそが物語のキモなのに、その「修行」シーンが丸々カットされている作品が多い。

 なぜかな、と考えてみました。

 要は「修行」シーンは映像で観るから見栄えがよいのです。

 小説には映像がありませんから、いくら「修行」シーンを丹念に書いても、見栄えがよくなるはずもありません。

 だから「ざまぁ」小説は「修行」シーンをほぼ全カットしているのではないでしょうか。

「勇者パーティーから追放される」⇒「失意の中で復讐を企む」⇒「修行する」⇒「主人公最強になっていた」⇒「窮地に陥った勇者パーティーを横目に強敵を難なく倒して『ざまぁ』する」

 という流れですが、「小説賞・新人賞」に求められる原稿用紙三百枚・十万字の中に入れるには分量が多いのも確かです。

 どこが削れるかを考えると、映像で観せられない「修行」シーンしかありません。

 だから「カンフーマスター」シリーズの小説版である「ざまぁ」の物語から、本来なら見せ場のはずの「修行」シーンが全カットされたのではないでしょうか。

 では本当に「修行」シーンを全カットするのが最適解なのか、疑問は残ります。

「ざまぁ」の本質は「カンフーマスター」のキモである「修行して強くなる」にあるはずです。「修行」シーンをいかに表現するかで、小説でも「修行」シーンを観せられるのではないか。これは私の帰着点です。万人に通用するとは限りません。

 そもそも「カンフーマスター」シリーズも「修行」シーンをすべては観せていないのです。断片的に技を特訓し、ひとつひとつを観せていってジャッキーに習得させたと観客に受け入れさせています。

 小説も同じではないでしょうか。

 たとえば「巨大で硬い大岩をいともたやすく剣で切り裂く技」を「修行」シーンで書けば、読み手にも、この主人公は「巨岩すら切り裂く技」を習得したんだなとわかります。

 先にこの情報を読ませてしまうと、佳境クライマックスでの驚きが目減りするのではないか。多くの書き手はそう考えますが、それは杞憂です。

「カンフーマスター」シリーズでわかるように、単体の技では強敵に通用しないのが当たり前。いかに他の技と組み合わせるか。コンビネーションやミックスして独自の技に昇華させて初めて強敵を倒せるのです。

 しかし「ざまぁ」小説では、単体の技のスゴさを演出しようとして、わざと「修行」シーンを全カットしているように見えます。たいへん残念です。

 もっとウケる演出は「カンフーマスター」シリーズを観ればすぐにわかります。

 現在の書き手層で「カンフーマスター」シリーズを観た人はあまりいないのかもしれません。もし観ていれば、いかに「修行」シーンが物語を面白くして満足度を高めてくれるのかは自明だからです。

 あえて規定文字数ギリギリにしてでも「修行」シーンを入れ、強敵との戦いでコンビネーションやミックスして独自の技に昇華させれば「主人公最強」は言わずもがなではないでしょうか。

 そして「カンフーマスター」シリーズはすべて、強敵を倒した瞬間に映画が終わります。「佳境クライマックス」がそのまま「結末エンディング」になっているのです。

「ざまぁ」小説は、強敵を倒した後まで書いていますよね。あれこそ蛇足なのです。

 強敵を倒したらそのまま幕を引けばよい。そのほうが強敵とのバトルに吸引力が生まれます。

「強敵を倒した」⇒「THE END」

 それでよいではありませんか。その後、人々がどうなったかなんて、バトル小説では不要です。バトル小説で読ませたいのは「修行」と「バトル」であって「人々がどうなったか」ではありません。

「剣と魔法のファンタジー」は純粋なバトル小説のはずです。

 それなのに「その後」を書いてしまう。おそらくストーリー重視のJRPGに毒されています。海外のRPGではラスボスを倒したらそこでエンドロールです。「その後」どうなったかなんて書く必要がないのです。

 映画のジョージ・ルーカス氏『STAR WARS』だって、主人公ルーク・スカイウォーカーが巨大要塞デス・スターを完全破壊してから程なく終わっていますよね。「その後」人々がどうなったかなんて描いていません。デス・スター完全破壊を成し遂げて基地に凱旋した。そこで終わりです。

 そのくらい潔ければ続編を書く余地が残ります。

 ハリウッド映画の多くが最終決戦の「その後」を描いていません。シルベスター・スタローン氏『ロッキー』だって、主人公ロッキー・バルボアがチャンピオンのアポロ・クリードを倒して勝ったところでそのまま終わりです。それでも続編が作られ続けましたよね。

 省かなければならなかったのは「修行」シーンではなく、「結末エンディング」だったのです。人々の「その後」なんて要りません。

 それにどれだけの方が気づいているのでしょうか。





最後に

 今回は「修行と打倒」について述べました。

 ボクシングを舞台とした梶原一騎氏&ちばてつや氏『あしたのジョー』の最終回を思い出してください。

 主人公の矢吹丈がチャンピオンのホセ・メンドーサを最終ラウンドまで追い詰めて、判定負けした時点で物語は終わっています。「その後」なんて語られていませんよね。それがよいのです。

 名作とはくあるべし。

「その後」を書く余裕があるのなら、そのぶんを「修行」シーンに当ててください。

「修行」した技が単体では通用しなくても当たり前。コンビネーションやミックスして強敵を倒すほうが、読んでいてワクワクしてきませんか。

 ジョーは戦いながらホセのコークスクリューブローを会得していき、カウンターに混ぜるといったオリジナリティーのある観せ方をしています。



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