1372.物語篇:物語116.今のままがずっと続けば

 今回は「モラトリアム」についてです。

 小説のジャンルとして「モラトリアム」を据えたものがあります。

 ではそもそも「モラトリアム」とはなにか、について考えてみましょう。





物語116.今のままがずっと続けば


 経済用語に「モラトリアム」があります。

 Google検索では「経済恐慌などの場合、国家が債務の履行の一定期間延長を認めること。支払猶予。比喩的に、社会人となるべき自信がなく、大学の卒業などを延ばしていること。」でした。

 社会に出る自信がなく「今のままがずっと続けば」いいのにと思う心理状態を「支払猶予」にたとえたわけですね。




ハーレム禁止

「三角関係」「ハーレム」の状態にあるとき、主人公は「今のままがずっと続けば」と思うものです。

「皆が幸せなんだから、無理に決める必要なんてない」

 主人公ならそう考えるでしょうが、時間は待ってくれません。連載もいつまで続くかわかりません。

 いつかは決断しなければならないのです。

 それが単巻で求められるのか、連載十巻までに決めればよいのか。

「小説賞・新人賞」で「ハーレム」をオススメできないのは、まさに「時間がとれない」からです。

 原稿用紙三百枚・十万字の長編小説賞へ応募するのに、「三角関係」だとひとり三万字ちょっとしか書けません。これではキャラを深堀りするのは難しい。

「三角関係」でも難しいのに「ハーレム」なんてやったらどのキャラも表面的な描写しかできないのです。これで「小説賞・新人賞」を狙おうなんて、十年どころかいつまで経っても受賞するはずがありません。

 主人公と気になる異性ふたりの「三角関係」なら本命が決まっているかぎり、なんとか書けはします。つまり「本妻」がはっきりしていて、気になるもうひとりをいかに振り切るかだけに注力するなら「小説賞・新人賞」でも書けなくはないのです。

 三人だけの物語ならこういう荒業もできます。しかし兄弟姉妹両親などが出てきたら。収拾がつかなくなります。

「小説賞・新人賞」を狙いたいなら「一対一の恋愛に割り込んでくるひとり」による「三角関係」がベストでしょう。これならいかにもうひとりをフるかだけに注力できます。

 私があまり恋愛ものを読まないせいかもしれませんが、青春ものとして考えるなら「ハーレム」状態だと誰も選べずに終わるしかないんですよね。つまり「今のままがずっと続けば」で物語が終わってしまいます。これでは主人公の成長を読み手に伝えられません。

「小説賞・新人賞」は「いかに主人公の成長を読ませるか」が最大の見せ場です。

 つまり「変わりたくない」「関係を壊したくない」主人公には、相応の罰が必要になります。しかし応募作できちんと罰を与えている作品は数少ない。だから最終選考まで残らないのです。

 絶対に「ハーレム」もので大賞を射止めたいと思ったら、必ず主人公に罰を与えてください。「誰も選ばないと罰が下る」から物語として成立するのです。

 もし「ハーレム」もので「本妻」を決めて残りを振り切る物語にするなら、何人フラなければならないか、考えてみてください。五人フるならひとりにつき六分の一の分量しか使えません。九人フるならひとりにつき十分の一。数が増えるほど存在感が希薄になってしまいます。それだと「ハーレム」にしても読み手の誰もが惹かれない物語になってしまいます。

 だから「小説賞・新人賞」を狙っているなら「ハーレム禁止」くらい強く主張したほうがよいですね。




夢見る少女じゃいられない

 ゲームセンターに登場したビデオゲームにCAPCOM『STREET FIGHTER II』があります。

 当初はガイルという米軍人キャラが、敵の仕掛けをじっと待って、それにカウンターを合わせる「待ちガイル」が主流となりました。そのくらいのバランスブレイカーだったのです。

 しかし版を重ねるごとに「待ちガイル」の優位性は薄れ、ゲームバランスが調整されていきました。これでようやく多彩なキャラが個性的な持ち味を発揮できるようになったのです。

 小説でも似たようなものがあります。

「待ちガイル」という「モラトリアム」が主流であっても、いつかは状況が変化して変わらざるをえなくなるのです。

 女性が主人公の「恋愛」ものの場合、どうしても主人公が「待ち」を選択しがちですが、それでは物語は前に進みません。進行の都合上、どうしても主人公に「待ち」を捨てさせて前に進めさせる必要があるのです。

 いつまでも「夢見る少女じゃいられない」。現実を見据えて変わらなければなりません。それがたとえ物語が要求するものであってもです。

 もし「夢見る少女」のまま物語を終えてしまったら、主人公はなにひとつ成長していません。それでは小説と呼べないのです。

 物語は主人公の成長を読ませる散文です。未熟な主人公が出来事を通じて成長し、変化して初めて物語は完成します。

 たとえば「主人公には意中の異性がいるが、気持ちを打ち明けられずじれったい思いを抱えている」のであれば、「打ち明けず」に終わってはなりません。それではなにも変わらないからです。だから基本的に「意中の異性」がいるのなら、気持ちを打ち明けて結果がどう転ぶか。ここまでを物語として読ませなければならないのです。

 もちろん「打ち明けよう」としても「意中の異性」が別の人とくっついてしまい、「打ち明けられず」に終わってしまう物語もあります。告白する前に悟ってしまうのですね。

 意を決したけれども「時既に遅し」というのも物語として立派に成立します。この場合は「告白する好機を逸したら、手に入るものも入らなくなる」教訓として残るのです。

 いささか特殊な状況ではありますが、「意中の異性」がいて相手に振り向いてもらおうと努力する物語はなかなかウケません。上記したように他人にとられる可能性もあるからです。

「振り向いてもらおう」として他人にとられてしまう物語、というのも展開としては「あり」。そこに教訓があれば成立するのです。

 しかし受動的な物語は「ダイナミズム」に欠けます。やはり主人公が能動的に立ちまわる作品に比べるとじれったさが前面に出てしまうのです。

 物語の当初は受動的な主人公であっても、連載を重ねるほどに能動的になり「こちらから思いを伝えよう」と心境が変化する。これも立派な成長物語です。

 ですが、この方法を採用する場合「小説賞・新人賞」で求められる原稿用紙三百枚・十万字に物語が収まりません。無理に収めようとすれば、最初の好機こそ「待ち」を選択しますが、それでは思いが遂げられず、それを教訓として次からはこちらからアプローチしてみる。そういう展開にすればある程度解消します。ですが、こんな物語では最初の一回を捨てるのが確定していて面白さを感じる前に「どうやって収めるつもりなのか」が気になってしまうのです。

 スタートダッシュのつまずきは「小説賞・新人賞」では禁忌と言えます。狙うのなら、最初から能動的であるべきです。そうすれば物語の中でキャラがブレません。最初は「待ち」なら最後まで「待ち」を選択しましょう。その代わりお膳立ては周到にするべきです。いかにして相手から告白させようか、に心を砕くのです。主人公側から告白せず「待ち」を選択しているのですから、物語は「いかに相手を告白する気にさせるか」に重点が置かれます。つまり主人公は一貫して「待ち」ですが、相手の周りを切り崩したり整えたりしてうまく相手の告白を引き出す物語なら、三百枚・十万字でもじゅうぶん面白い「待ち」の物語が生み出せるのです。

 でも、正直そこまで待つのであれば、主人公を能動的にしたほうが手間がなくてよいでしょう。相手を誘って告白を引き出すのは、かなり「恋の駆け引き」に精通していないと書けません。私には「恋愛感情」がないので、そういった「恋の駆け引き」が書けないのです。だから私は「最初から能動的な主人公」が力押しする「恋愛」ものしか書けません。

 もし恋愛経験が豊富なら、主人公は「待ち」に徹して相手の周囲をいかに動かして相手から告白させるか。そういう物語が書けるはずです。そして「恋愛」ものとしてはこの「相手をいかに動かして告白させるか」の物語のほうが評価は高いはずです。

「主人公から告白する」場合、物語は一本調子になりやすい。対して「相手をいかに動かして告白させるか」は、周到な作戦を次々と打つため物語の面白さは格段に上です。

 もし「恋愛」もので「モラトリアム」をやりたいのであれば、連載小説でやってください。「小説賞・新人賞」へ応募するのなら、「モラトリアム」ではなく能動的に変化を求めさせるべきです。「モラトリアム」な状態にある主人公が「佳境クライマックス」でいきなり能動的になるのでは、唐突に過ぎますし豹変にも程があります。





最後に

 今回は「物語116.今のままがずっと続けば」について述べました。

「モラトリアム」はとくに「青春」「恋愛」でよく用いられる物語です。

 しかし「モラトリアム」から「能動的」に切り替わる分岐点が見つけづらい。

 まさか「佳境クライマックス」で突如能動的にするわけにもいきません。違和感を抱かない流れを生み出すのが難しいのです。

 であれば「小説賞・新人賞」には難しい「モラトリアム」よりも単純な「能動的に変えようとする」主人公のほうが構造が明確になって評価も高まります。

 それでも「モラトリアム」に挑みたければ、完結していなくてもよい「小説賞・新人賞」に絞りましょう。こちらなら「モラトリアム」であっても正しい評価をもらえるはずですよ。



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