1362.物語篇:物語106.スペース・オペラ
本来の意味を超えて使われているのが「スペース・オペラ」です。
おそらく田中芳樹氏『銀河英雄伝説』がアニメ化された際、クラシック音楽が多用されてアニメ各雑誌から「スペース・オペラ」と評されたからでしょう。
「スペース」を舞台にした「オペラ」を観ているようではありますが、それは本来の「スペース・オペラ」ではありません。
物語106.スペース・オペラ
狭義では宇宙が舞台のヒーローが活躍する冒険活劇を「スペース・オペラ」と称します。
広義では宇宙が舞台の戦争や闘争などを描いた作品も「スペース・オペラ」と呼ぶのです。
つまり狭義では「剣と魔法のファンタジー」の宇宙版、広義では「戦略」ものの宇宙版となります。マンガの聖悠紀氏『超人ロック』は狭義、田中芳樹氏『銀河英雄伝説』は広義ですね。
宇宙を舞台にするので、それに見合った壮大なスケールの物語にしなければなりません。もし「スペース・オペラ」を標榜しながら、舞台がひとつの町を出なかったら。もう「看板に偽りあり」です。
宇宙ヒーローのアムロ・レイ
私たち日本人が最もよく知っている「スペース・オペラ」はアニメの富野由悠季氏『機動戦士ガンダム』でしょう。
主人公アムロ・レイが地球連邦軍の最新兵器「ガンダム」を操ってジオン公国軍を打倒する物語です。ストーリーをものすごく省きましたね。
「選ばれし勇者」としてアムロには「ニュータイプ」という能力が与えられています。この「ニュータイプ」の概念が、当時テレビ界を席巻していた「超能力」「エスパー」になぞらえられ、結果として多くのファンを生み、現在までアニメシリーズが続いています。
それなのになぜ『機動戦士ガンダム』が放送打ち切りとなってしまったのでしょうか。
それは「ニュータイプ」の概念がはっきりと登場するまでに多くの時間を浪費してしまったからです。「ニュータイプ」の存在自体は、ブライト・ノア艦長が補給部隊のマチルダ・アジャンから聞いています。アムロ自身もマチルダから「あなたはエスパーかもしれない」と言われていますから、この段階で布石はあったのです。
しかし実際に「ニュータイプ」として能力が開花したのは南米ジャブローより再び宇宙へ戻ってから。つまり物語の半分を無駄にしてしまったのです。これでは「単に実際の戦争に近いロボットアニメ」でしかなく、視聴者を惹きつけられません。アニメの製作スケジュールと物語の急展開からすると、打ち切りが決まったのはソロモン攻略戦が終わった頃だと思います。そこから富野由悠季氏は「ニュータイプ」を全面に押し立てて、アムロの超能力者のような超人的な活躍ばかりを際立てたのです。この無双っぷりがのちの伏線となります。
「ニュータイプ」としてのアムロの無双っぷりに魅せられた視聴者から再放送の要望が多数寄せられたのです。そこからテレビアニメの再放送をしながら、本編を三部作に仕立て直して劇場で上映しました。これが空前の大ヒットを飛ばしたので、『機動戦士ガンダム』は一大ムーブメントを起こしたのです。メカニック図鑑は重版がかかるほど売れ、プラモデル通称「ガンプラ」も新商品が発売されるたびに売り切れ続出となりました。あまりにも売り切れるので、模倣品が多数発売されたのも有名な話ですね。東京マルイが既存品の「超メカ」シリーズの箱絵を「ガンプラ」に寄せて「モビルフォース ガンガル」シリーズとして販売。今では逆にプレミアがついているほどです。
このような便乗商法を巻き起こすくらい『機動戦士ガンダム』は社会現象化しました。それもこれも「宇宙のエスパーヒーロー」アムロ・レイの存在が大きいのです。
もし「ニュータイプ」をもっと早い時期に映像化できていれば打ち切りもなかったかもしれません。まぁ「たられば」話ですけどね。
『機動戦士ガンダム』はアムロ・レイによる「スペース・オペラ」として人気を博したのです。
この作品から「宇宙空間」そのものを舞台にするアニメが増えました。それまでは「宇宙のとある惑星での物語」にすぎなかったロボットアニメが、「宇宙空間での主人公の無双っぷり」を見せる物語へと進化したのです。ここから多くの名作「スペース・オペラ」が生まれていきます。
人類の歌姫リン・ミンメイ
『機動戦士ガンダム』の大ヒットにより、宇宙空間でのロボットバトルアニメが量産されました。その中でもとくに大きな人気を博し、本来二クール・二十六話完結のはずが一クール延長され全三十六話となった作品があります。
スタジオぬえ(のちに版権はビッグウエストに移管)『超時空要塞マクロス』です。
現在でもシリーズは続いており、近年では最新シリーズ『マクロスΔ』が音楽シーンに衝撃を与えました。マクロスシリーズ始まって以来、初めてシングルCDがオリコンチャート週間ランキングの一位を獲ったのです。
ではなぜ『超時空要塞マクロス』はこれほどの人気を獲得できたのでしょうか。
製作当時『機動戦士ガンダム』よりも面白いものを作ろうと、大学生たちを中心にプロジェクトがスタートしたのです。そのため『ガンダム』は地球圏内での物語だったものを、『マクロス』では冥王星軌道まで広げています。つまりよりスケールを大きくしたのです。そして『ガンダム』との大きな差別化として、可変戦闘機「バルキリー」を主力メカにしました。しかし試作機のガンダムと異なり、ただの量産兵器で特別な存在ではありません。メカの魅力は「リアルな戦闘機が人型ロボットになる」というパラダイム・シフトから生み出されたのです。実際「超合金」や「プラモデル」などの売り上げも好評でした。
『マクロス』製作陣は、物語の面でも『ガンダム』よりも面白いものにしたかった。そこで主人公のパイロットの恋愛を物語の中心に据えたのです。主人公の一条輝は、初め中華料理屋「
そして『ガンダム』との差別化として、ヒロインのひとりリン・ミンメイをアイドル歌手にしました。
ミンメイの歌が、異星人との戦争を終結させる構造を作り出したのです。
この「可変メカ」「三角関係」「歌」の三種の神器により、『マクロス』シリーズは『ガンダム』シリーズと互角に戦えるだけの潜在力を手に入れました。
しかし事はそう簡単には進みません。『マクロス』は当初シリーズ化できる作品ではなかったからです。地球がほとんど滅ぼされ、生き残ったマクロス艦の乗員と民間人、地上で生き残った数少ない地球人が、異星人ゼントラーディーと地球を再建しようと努力していました。そこに好戦的なゼントラーディー人の一部がマクロス艦に特攻を挑み、マクロス艦が大破します。これではもう続編の作りようがありません。
しかしシリーズ化する契機が二回起こります。
ひとつは『ガンダム』と同様「劇場版」が作られたこと。しかし『ガンダム』のようなテレビアニメの再編集ではなく、物語の雛形である異星人と戦って地球に帰還し、異星人と和睦するところだけを残して、物語を総入れ替えしたのです。リン・ミンメイも最初からアイドル歌手とされました。そうして公開された劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』は『ガンダム』劇場版と同様に空前の大ヒットとなりました。主題歌の『愛・おぼえていますか』は当時音楽シーンをリードしていたTBS系『ザ・ベストテン』の特別コーナーで、リン・ミンメイ役を演じた飯島真理氏の生歌が披露されたほどです。このインパクトは計りしれません。ここが初代『マクロス』人気の頂点だったのです。
もうひとつは「続編テスト企画」に乗ったこと。『ガンダム』はこの企画で『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』が作られて大ヒットを飛ばします。これで『機動戦士Ζガンダム』の製作が決まったのです。『マクロス』も『超時空要塞マクロスII』としてOVA六巻が発売されました。商業ベースとしては成功と言える結果を残しています。しかし『マクロスII』最大の功績は、「マクロス」に求められるものが「可変メカ」「三角関係」「歌」の三つであると明確に定義したところにあるのです。これによりOVA『MACROSS PLUS』とテレビアニメ『マクロス7』が企画され、両作とも高い評価を得ます。これで「マクロス」シリーズは、「ガンダム」シリーズに匹敵するコンテンツの地位を確立したのです。それもこれも『マクロスII』が三要素を明らかにしてくれたから。今はまだ「黒歴史」扱いですが、『マクロス』シリーズが今も続いているのは間違いなく『マクロスII』の功績です。
単なる「スペース・オペラ」に終わらず、三要素を全面に押し出して、さまざまな角度で刺さる作品を作り上げた。
まさに「スペース(宇宙)」で「オペラ(歌劇)」をやってのけたのです。
最後に
今回は「物語106.スペース・オペラ」について述べました。
宇宙を舞台にしたヒロイックな物語を総じて「スペース・オペラ」と呼びます。
『機動戦士ガンダム』はアムロ・レイの超人的な戦闘力を視聴者に見せつけて人気を博しました。まさに「スペース・オペラ」の物語です。しかしそうなるまでが長すぎて、放送打ち切りとなってしまいます。
『ガンダム』が築いたロボットアニメの新機軸を模索したのが『超時空要塞マクロス』です。現役大学生がチームを組んで設定を作り、名監督となる石黒昇氏がまとめあげて映像化しました。『マクロス』の主人公・一条輝はとてもヒロイックな人物ではありません。しかし「可変メカ」「三角関係」「歌」が多くの視聴者に刺さって「宇宙でオペラ」をやってのけたのです。
『銀河英雄伝説』も主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムはヒロイックではありません。輝かしい軍才はありますが、どんな劣勢でも勝つような人物ではないのです。そして『銀河英雄伝説』は群像劇です。本来の字義では「スペース・オペラ」には入りません。ですがアニメでクラシック音楽を多用してオペラ調の作品に仕上げたため、この作品を機に宇宙での群像劇も「スペース・オペラ」と呼ばれるようになりました。
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