1352.物語篇:物語96.突然現れる

 突然なにかが落ちてきたり現れたりして始まる物語があります。

 俗に「落ちもの」なんて呼ばれますが、落ちてくるだけを指していないので、ここでは「突然現れる」としました。





物語96.突然現れる


 物語が始まると、突然空から美少女が落ちてくる。謎のアイテムが落ちてくる。

 こういう物語パターンを「落ちもの」と呼びます。

 このふたつを同時に起こしたのがマンガの桂正和氏『ウイングマン』です。まず謎のアイテム・ドリムノートが落ちてきて、それに気をとられた主人公・広野健太の目の前に空から美少女が落ちてきます。まさに「落ちもの」の典例です。




空から落ちてくる

『ウイングマン』は現実世界では「空から落ちてくる」なのですが、実際には異次元の「ポドリムス」からやってきたのです。でも分類としては「落ちもの」となります。

 他にも空から落ちてくるマンガとして大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』があります。こちらは死神リュークが死神界で退屈に飽かして、人間界でなにか面白いことを体験したいなぁと思って、わざと死神のノート「デスノート」を高校の校庭に落とすのです。それに気づいた主人公・夜神月も退屈を持て余していました。彼は全国模試一位であり、最難関大学も首席で入学するほどの頭脳の持ち主です。「デスノート」を「誰かのいたずらだろう」と思っていた月ですが、試しに人名を書いてみたら実際目の前で死ぬ光景を見てしまいます。「これは本物だ」と確信した月は、犯罪者を片っ端から殺害していき、「新世界の神」を目指すようになります。退屈を吹き飛ばすだけの魅力が「デスノート」にはあったのです。




思わぬ場所から飛び出してくる

 マンガの藤子・F・不二雄氏『ドラえもん』では初回にドラえもんが、のび太の勉強机の引き出しから飛び出してきます。空から落ちてくる「落ちもの」の名称とは違いますが、「突然現れる」点では一致しますので同列に扱ってよいでしょう。

 同じように「突然現れる」パターンとしては鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』のインデックスもですよね。

 主人公に深く関係するものが「突然現れる」物語は、現れた途端劇的に状況が変化します。

 思えば井上雄彦氏『SLAM DUNK』の赤木晴子も、主人公・桜木花道の前に突然現れます。そこから花道はバスケットボールへの道を突き進むのです。きっかけは「突然現れる」でした。

 少女マンガのテンプレートとして「伝説」となっている「朝食の食パンをくわえながら走っていると、十字路で見知らぬ男子とぶつかってしまう」があります。しかしこの「鉄板」のパターン、実はほとんど存在しないようなのです。それがなぜか「伝説」レベルにまで「鉄板」だと認識されています。なぜでしょうか。

 パロディーが大いに流行ったからです。

 あの庵野秀明氏『新世紀エヴァンゲリオン』までパロディーで扱っています。別の世界線で、綾波レイが食パンをくわえて誰かとぶつかるのです。誰だったかな。碇シンジだったかもしれませんが、そこまで詳しくは憶えていないのが実情です。

 私が初めて認識したのはアニメの武内直子氏『美少女戦士セーラームーン』だったかな。月野うさぎが地場衛とぶつかったような記憶があります。もちろん「伝説」なので本当にそんなシーンがあったのかまでは憶えていませんが。




落ちものは冒頭に

「突然現れる」が「落ちもの」に分類されるので、この物語パターンはさまざまな派生を見せています。

 たとえば勇者の前に「突然現れる」謎の人物。これが魔王であったり賢者であったり元勇者であったりします。この出会いによって物語はようやく始まるのです。

 そうです。「突然現れる」がなければここまでの文章はすべて「設定資料集」にすぎません。

 ですから「突然現れる」「落ちもの」を使う場合、できるかぎり早く出会わせてください。

 現在新規アニメ化された堀井雄二氏&三条陸氏&稲田浩司氏『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』も、主人公ダイが元勇者アバンと出会うまで物語は本格的に始まらないのです。そしてアバンとともにやってきたポップはダイの「勇者パーティー」の魔法使いとなり、ダイの親友ともなります。

 物語のキーアイテムと出くわす場合も同様。できるかぎり早く主人公に渡しましょう。「デスノート」だって第一話で割合すぐに落としていますよね。

 ではなぜ「落ちもの」は人気があるのでしょうか。

 おそらくですが読み手も「自分にもこんなこと起こらないかなぁ」と思っているからかもしれません。

 突然空から美少女が降ってこないかな。突然曲がり角から出てきた美少女と鉢合わせしないかな。どこからともなく美少女が現れないかな。

 そういう願望をその境遇から共有するので「落ちもの」は安定した導引手段となっているのです。そう考えると物語の始まる「合図」にも見えてきますよね。




変化を求める合図

 実際、こういったイベントはエピソードが始まる「合図」です。

 現代日本のように中間層が多い社会は、教育や仕事などに波乱はありません。ひじょうに淡々と日常が過ぎていきます。

 そんな日常を一変させるような「合図」を、私たちは待っているのかもしれません。

「平和が一番」と頭ではわかっていても、本能では「変化」を求めてしまうのです。これは人間の根源にある「業の深さ」を表しています。

「なにもない日がいちばん幸せな日」です。しかしそれが繰り返されると感覚が麻痺して「刺激」が欲しくなります。「変化」「刺激」を求め始めると、そういった体験をしたくなるのです。だから文学小説でもファンタジーやミステリーは一定の人気を誇ります。

「箸が転んでもおかしい」年頃の読むライトノベルではとくに「変化」「刺激」が求められます。

 それなのに、文章を読み進めてもいっこうに「合図」が現れない。「突然現れる」「落ちもの」が発生しなければ物語は一歩も進みません。「合図」が現れるまで「設定資料集」でしかないのです。

 だから最良の書き出しは、一文目から「合図」を発します。そうやっていきなり巻き込まれれば、読み手は「なんだなんだ、なにが起こったんだ!」と惹起し、続きの文章を読みたくてたまらなくなるのです。

 書き出しから「設定資料集」を読ませてはなりません。いきなり巻き込まれ、状況を描写するときに少しずつ「設定」を読ませるのです。

 たとえば第一話では、男女の別、年齢の頃合い、精神の成熟度、影響のある家族といったものを読み手に伝えなければ、以降の話はいくら書いても読んでもらえません。

 第一話で確実に「父ひとりに育てられた、少し逃避癖のある中学二年の男子生徒」という主人公像が見えてこなければ、第二話はけっして読まれません。これは断言できます。

 なぜ「落ちもの」が人気なのか。第一話で主人公の情報を詰め込めるからです。

 だから「落ちもの」にハズレは少ない。もしハズレを引いたら、それこそ「反面教師」にふさわしい。それほど「落ちもの」は書き方がパターン化しており、ハズレを書くのが難しいのです。





最後に

 今回は「突然現れる」について述べました。

「突然現れる」俗称「落ちもの」は、どのような物語でも組み込むべき「鉄板」の導引手法です。

 主人公はなにも人間ばかりではありません。「落ちもの」のイベントそれ自体が主人公となるのです。そのイベントを先に書き、その中で人間の主人公を削り出していく。そう思えば、いかに「落ちもの」が物語へ推進力を与えてくれるのか、気づけるはずです。

 ミステリーの鉄則「死体を転がせ」も死体が「突然現れる」から「落ちもの」の一種になります。

 現代の小説は「落ちもの」なくしては成り立たないほどです。

 けっして軽視してはなりません。



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