1351.物語篇:物語95.群像劇

 壮大な物語を、主人公の一人称視点で書くのは苦労が多い。しかも苦労の割に「支離滅裂」と断じられやすいのです。

 壮大な物語を書きたいなら、三人称視点にするべきです。そして各陣営に主人公を設定して、対立軸を明確にしてください。

 それだけでかなりわかりやすい物語になります。





物語95.群像劇


 ひとりの主人公ではない物語があります。

 敵対する勢力それぞれに主人公が設定されていたり、サブ主人公がいたり。

 これは主人公が物語の主人公ではなく、エピソードそのものが主人公とみなせばある程度説明がつきます。

 こういった形の物語が「群像劇」です。




主人公を複数にする利点

「群像劇」は主人公を複数に設定できます。その原点は歴史書です。

 中国古典『春秋』『戦国策』などを受けて編纂された司馬遷氏『史記』が「群像劇」の雛形を作ったと言えます。

 この三冊の共通点は、語り手である「私は」の格助詞をとりません。

「項羽は敗北を悟ると故郷の楚へ向けてて撤退を開始した。しかし漢軍の追い込みは苛烈であった。」

 すべてこの調子です。

「群像劇」はあくまでも三人称視点を貫きます。そうしなければ誰の思考なのかがわからなくなるからです。なにせその場にいる全員が主人公であり、心の声を直接書いてしまうと「誰の思考なのか」が瞬時にはわかりません。それでは読んでいて混乱します。

 面倒くさくても「群像劇」を書くなら、第三者の目線から書かなければならないのです。

────────

 やはり俺は度しがたいな。

 隆はそう思った。

────────

 これでは一人称「俺は」が強くなり、三人称視点から外れてしまいます。

 同じ文章でも、

────────

 やはり俺は度しがたいな、と隆は思った。

────────

 と書けば、たとえ文中に一人称「俺は」が出てきてもそれが「隆」を指しているのは明白です。

 とても面倒くさくても「群像劇」では「登場する全員が主役たりうる」前提があるのを忘れないでください。たとえその一シーンにしか登場しなくても、主人公たりうるのです。

 だから主人公の思考に入り込んではなりません。

 たとえば、

────────

 あの野郎、ぜってぇ許せねぇ!!

 俺は目を吊り上げて怒った。

────────

 とは書けません。主人公の思考に入り込んでいるからです。

 このように書きたければ三人称視点にして、

────────

 あの野郎、ぜってぇ許せねぇ!! と隆は目を吊り上げて怒気を荒げた。

────────

 と書きます。

 こんな手間がかかるのも、「群像劇」はエピソードこそ主人公だからです。登場人物はすべて第三者になります。

 だから特定の登場人物の思考に入り込んで心の声を書いては駄目なのです。

 あくまでも全文を三人称視点で貫いてください。登場人物はたとえ複数の主人公がいても、それぞれの主人公の思考に入り込んで心の声を書いてはなりません。

「誰々はなんとかと考えた。」「誰々はなんとかと思った。」

 のような書き方をするしかありません。




史記のススメ

 古代中国・前漢の史家・司馬遷が編んだ『史記』があります。

 実はこの『史記』こそ、日本人が「群像劇」を書くのにとても参考になるのです。

 古代中国では、君主の謁見録を各国で史家がまとめていました。『論語』の儒家でおなじみの孔丘氏も盧の史家でした。そのとき編纂したのが『左伝』またの名を『左氏春秋』と呼びます。

『左伝』でもよいのですが、分量が少ないためあまり参考にはなりません。各国の謁見録をまとめた『春秋』には他に斉の宰相の晏嬰あんえい氏がまとめさせた『晏子春秋』、始皇帝のときに完成した秦の宰相の呂不韋りょふい氏がまとめさせた『呂氏春秋』が有名です。

『史記』はこれら『春秋』や『戦国策』『前漢書』をすべてまとめて古代中国を俯瞰的にとらえました。だから数多くの国の興亡が手に取るように理解できる、紀元前にまとめられた最良の「群像劇」のテキストとなったのです。

 さらに時代を下って南宋の曾先之氏『十八史略』も古代中国を俯瞰的にとらえていますが、いささか取り扱う年代が長いぶん「群像劇」というより「こんなことがありました」という説明だけになっています。まぁ「略」と書いてあるから「簡易的に取りまとめました」なのですけどね。

 年代を限って群雄の興亡を描いたという点では陳寿氏『三国志』もじゅうぶん「群像劇」の参考になります。ただいささか魏呉蜀の三国に分量をとられていて最終的に晋に統一されるのが唐突すぎるので、物語としてはいささか弱いと思います。重要人物なはずの司馬懿が登場するのも、諸葛亮が北伐を始めてからですしね。

 ですが『史記』は単行本七巻が最短に対し、『三国志』は単行本一巻で済む訳書もあるので、入手単価や流通量を考えれば『三国志』のほうが優位でしょう。

 もし物語として面白いものをとお考えなら、いっそ田中芳樹氏『銀河英雄伝説』の本伝全十巻でもよいですね。分量だけなら『史記』をもしのぎますし、登場人物の数も引けを取りません。

 できれば『史記』をオススメしているのは、田中芳樹氏も『史記』を読んでいるからです。つまり『銀河英雄伝説』を参考にすると、『史記』のマネのマネになってしまいます。それなら素直に『史記』を読んだほうが身につくはずです。




群像劇の名手・田中芳樹

 おそらくライトノベル界隈で最も「群像劇」がうまい書き手は田中芳樹氏でしょう。完結している代表作では『銀河英雄伝説』『タイタニア』『アルスラーン戦記』といずれも「群像劇」となっています。まさに「群像劇」で身を立てた書き手です。未完でも『創竜伝』はアクション色が強い「群像劇」といったふう。

 田中芳樹氏ではとくに『西風の戦記ゼピュロシア・サーガ』が単巻つまり長編一本で二勢力の「群像劇」を描いているので、「小説賞・新人賞」へ「群像劇」で応募したいときにはおおいに役立ちます。




群像劇をライトノベル化した吉川英治

 多くの「群像劇」を一般人にもわかりやすく読みやすい小説にしたのが吉川英治氏です。『三国志』は羅漢中氏『三国志演義』を底本に日本人でも読みやすくなるようオリジナル要素を満載して新聞連載で大きな人気を集めました。

 この『三国志』が「群像劇」をライトノベル化する際のポイントをすべて押さえています。主人公・劉備とその後を継ぐ諸葛亮の絆を中心に、若者でも読みやすいようオリジナルの女性を増やしたり、起こったはずの出来事を省いたり、逆になかったはずの出来事を加えたり。盛り上がるのならなんでもやりました。

 吉川英治氏の名を轟かせたのは『鳴門秘帖』『宮本武蔵』ですね。こちらはヒロイック・ファンタジーの走りといえます。

 とっつきにくい「群像劇」をわかりやすくて読みやすいライトノベル化した功績は大きい。これから「群像劇」を書こうと思っておいでなら、いきなり「群像劇」に挑まず、まずは吉川英治氏をマネてヒロイック・ファンタジー化してみましょう。そうすると逆に「群像劇」で必要なものが見えてきますよ。





最後に

 今回は「物語95.群像劇」について述べました。

「群像劇」は数多く触れていないとまず書けません。

 最低でも『史記』『三国志』『銀河英雄伝説』くらいは読んでおきましょう。余裕があれば『春秋』『戦国策』も読めば完璧です。

 中国の古典は、竹簡に書かれたものが多いので、一巻の分量が少ない特徴があります。だから短編連作で「群像劇」に仕立てる手順を学ぶには、中国古典が最適です。

 短編連作をライトノベル化したのが『三国志演義』日本では吉川英治氏『三国志』であり、田中芳樹氏『銀河英雄伝説』『アルスラーン戦記』です。

 長編小説で「群像劇」をやってのけた『西風の戦記』はぜひ入手して読んでみてください。今なら電子書籍で簡単に手に入りますよ。



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