1321.物語篇:物語65.スボーツは難しい
今回はスポーツものについてです。
マンガやアニメのような絵がないため、小説でスポーツの魅力を見せるのは難儀します。
絵のない小説がマンガやアニメに勝てる唯一の手段は「心理戦」つまり「書け引け」です。選手としてどこまで極めるかでスポーツの面白さが買わつてきます。
たとえば登山の物語を書きたいのに、今まで一度も登山をしなかった。これで登山の魅力を伝えられるでしょうか。登山家の心理がわかるのでしょうか。
心理を知るためには実際に体験して「これだからこのスポーツは面白い」というものを見つけられるかどうか。
それがスポーツものを成功させる秘訣です。
物語65スボーツは難しい
小説で表現するのが難しいジャンルは「スポーツ」ものです。
どんなにスゴイ技や記録を出しても、読み手には今ひとつというよりまったく伝わりません。
「剣と魔法のファンタジー」ならド派手な魔法で読み手を魅了できますが、スポーツの技はそこまで派手ではないのです。
小説で「スポーツ」ものに挑戦する際の留意点を書き出したいと思います。
スゴさが伝わらない
「スポーツ」小説で最も苦労するのは「スゴさ」がまったく伝わらない点です。
たとえば陸上男子百メートル走で七秒台を叩き出したとします。事実ならとんでもない出来事であり、観客や視聴者に与えるインパクトは計り知れません。
しかし小説では「はい、そうですか」としか返ってこないのです。
絵や動きで見せられるマンガやアニメなら、いくらでも読み手や視聴者を煽ってボルテージを高められます。しかし小説は文字だけの芸術です。どんなに言葉を重ねても、返ってくるのは「はい、そうですか」。書き手の苦労がまったく報われません。
たとえば「スタート前の心境」だったり「スタート地点に立つまでの苦労」だったりを書いて意識を植え付ける方法もあります。でも残念ながら七秒台のインパクトを増す効果はないのです。
たとえばさまざまな超人技を繰り出す体操はどうでしょうか。もし鉄棒で四回宙返り降りを決めたと書いても、「はい、そうですか」で終わってしまうのです。とくに体操に詳しくない方にはそう受け取られます。体操に詳しい方なら「この主人公、不可能だと思われていた四回宙返りを成功させたよ!」と思うかもしれません。しかし映像で見ているわけではないのでやはり「はい、そうですか」で終わりがちです。
プロレスは派手な技を繰り出して観客を魅了するスポーツですが、小説でどれほど派手な技を決めても、やはり「はい、そうですか」で終わってしまう。これでどうやって盛り上げればよいのかわからなくなりますよね。
そうなのです。「スポーツ」ものは試合中の場面をいくら丁寧に書いても、読み手にはまったく伝わりません。
たとえば大空翼が華麗にドリブルをしているシーンやドライブシュートを決めるシーンの臨場感や迫力はいくら文字を並べても表せないのです。
それでもスポーツものを書きたい場合、どうすればよいのでしょうか。
試合よりも過程を重視する
小説の読み手にとって試合の「結果」は重要ではないのです。
読み手が知りたいのはその試合の「結果」に至るまでの「過程」そのもの。つまり「血のにじむような努力」の描写にページを割かなければなりません。
失敗の繰り返しでも、あきらめずに挑戦を繰り返すのです。
その意味ではマンガの井上雄彦氏『SLAM DUNK』なんて、「過程」に重きが置かれて試合の「結果」をまったく気にしていませんよね。それでもあれだけの人気を誇ります。
つまり『SLAM DUNK』は小説に近いスポーツマンガなのです。
となればスポーツ小説は『SLAM DUNK』のような作品を目指すべきでしょう。
つまり試合よりも練習の「過程」を重視するのです。
試合までの練習で対立したり、絆を強めたり、仲間が加わったり。
そういった「過程」をどれだけ丁寧に書けるかどうか。それがスポーツものをヒットさせる秘訣です。
正直に言ってマンガやアニメほど、小説のスポーツものは派手さがありません。ひたすら地味です。地味な中でどれだけワクワクした展開にするのか。
マンガやアニメよりも小説がすぐれている点を再確認致します。
小説とくに一人称視点の作品の場合、主人公が見ているもの聞いているもの感じているもの思っているもの考えているものがすべて書き出せます。つまりその人物を疑似体験できるのです。
小説ではとくに「思っているもの」「考えているもの」が直接書ける点でマンガやアニメを凌駕しています。
であればスポーツもので読み手をワクワクさせるには「心理戦」を仕掛けるべきです。
心での「駆け引き」が成功するのかしないのか。ギャンブラーの心を覗く感覚で書いてください。
主人公の「仕掛け」は成功するのかしないのか。他人の「仕掛け」を封じられるのか逸らせられるのか受け止められるのか切り返せるのか。そこに「駆け引き」「心理戦」の醍醐味があります。
アスリートの心理を掘り下げる
スポーツものの小説を書くとき、いかにアスリートの「心理」を描くか。それが求められます。
しかしアスリートの「心理」は、同じアスリートでなければわからないものです。
たとえば体操選手の「心理」はどうなっているのか。技のイメージを脳内で再生しながら全身の筋肉がそのとおり動くかを何度も何度もシミュレーションします。そうして試合で実施して体がイメージどおりに動くかどうか。「結果」が現れます。体操選手は確かに「結果」を見て技の完成度を測りますが、どうすればより完成度を高められるかを絶えずイメージしています。たとえ実施が終わっても、技の余韻に浸りながら改良するべき点をひとつずつ見つけ出す。そういうストイックさが体操選手の「心理」です。
これをそのまま文字に起こしてもそれほど面白くありません。同じことを何度も何度も書くので、あまりにもくどいのです。
そこでアスリートの「心理」を「読んでいて面白くなる」ように脚色します。具体的には「掘り下げる」のです。
「心理の掘り下げ」ができれば、スポーツにおける「心理戦」が映えます。 問題は「どこまで掘り下げるか」です。
「小説は娯楽である」事実を確認してください。
アスリートの深い「心理」描写は確かに必要です。しかしそれは「作品を面白くするため」であって「いかにして核心に近づくか」ではありません。
読み手が「へぇ、そういう考えなんだ」と気づくよりも、「やっぱりそういうものだよね」と共感を得られたほうが格段に面白くなります。
あまり知られていないアスリートの「心理」を掘り下げて、読み手との共通点を探し出していく。その姿勢が求められます。
ノンフィクションを書きたいのであれば、徹底的に真実を書き出せばよいのです。
しかしフィクション前提の小説であるなら、真実よりもウケる、共感できる「心理」描写を追求しましょう。楽しく読める物語は、真実の苦労よりもフィクションの面白さが優先されるべきです。
真実を掘り下げたければ、垂直に掘り進めればよい。面白さを掘り下げたければ、面白そうな気がする方向を選べばよいのです。
最後に
今回は「スポーツは難しい」について述べました。
おおかたの小説においてアスリートの「心理」の「真実」を描いた作品はあまり評価されません。その競技をしている選手からは好評かもしれませんが、一般読者には響かないのです。
一般読者は「読んでいて面白くなる」ようなちょっとしたウソ「フィクション」を取り入れたほうが楽しく読めます。
文学では「真実」が求められ、ライトノベルでは「面白さ」を求められます。
あなたの書く小説は文学かライトノベルか。
それを先に決めておかないと、正しい描写はできません。
マンガの満田拓也氏『MAJOR』は、想定読み手層が小中学生だった
少年野球では「心理戦」よりも「面白さ」を重視した物語でした。小中学生に「野球ってたいへんなんだな」より「野球って面白いんだな」と思ってもらえたほうが断然求心力が増しますからね。このあたりはマンガの高橋陽一氏『キャプテン翼』も同じですね。
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