1319.物語篇:物語63.死亡と蘇生
今回は一度死んだものが生き返るお話です。
ただ「死んだ人が生き返った」だけでは物語にはなりません。
蘇らせるにはそれ相応のものを賭すのです。
物語63.死亡と蘇生
一度失った命を取り戻す物語があります。
死の価値が下がってしまいますが、死者の蘇生を目的とする物語は人気を集めやすい。
多くの読み手は、身近な存在を失った経験を持つからです。
もし生きていてくれたら。生き返ってくれたら。
それは人間だけが持つ郷愁なのかもしれません。
安易に生き返らせない
「死亡と蘇生」の物語では、テーマが「蘇生」であるため安易に生き返らせてしまうケースが目立ちます。マンガの鳥山明氏『DRAGON BALL』はドラゴンボールを七つ集めればどんな願いでも叶えてくれるのです。死んだ人間を蘇生させるなんていともたやすく実現します。だからか『DRAGON BALL』では戦闘で死んでもドラゴンボールで生き返らせればいいやとなって、命の尊さが薄らいでしまいました。
「死亡と蘇生」の物語は、生き返らせるために条件をつけられることが多い。
マンガの冨樫義博氏『幽☆遊☆白書』も主人公の浦飯幽助が交通事故で死んでしまい、ある条件を飲めば生き返らせるとなっていましたよね。
生き返らせるための条件で広く知られているのは、生きている主人公が冥界まで赴いて愛する人物を蘇らせてくれと頼み込むものです。蘇らせる条件が「けっして後ろを振り向いてはならない」であることも多い。これはギリシャ神話のハーデスがオルフェウスに課した妻エウリディーチェを蘇生させるための試練です。また同じような物語が日本にもあります。イザナギが妻イザナミを蘇らせるため黄泉の国へ赴く話です。
いずれも蘇生させることはそれほど難しいことなのだ、と聞き手に伝えるための説話になっています。
そうなのです。ポンポン生き返らせる物語は、命の重さや尊さを表現できません。生き返らせるたびにどんどん軽くなってしまうのです。
蘇生のチャンスは一度きり
どうしても「死亡と蘇生」の物語を書きたいなら、作品の中でたった一回だけチャンスを与えましょう。
つまり「主人公と愛する者との楽しく充実した日々の描写」「主人公の愛する者が死んでしまう」「悲嘆に暮れる主人公」「主人公が蘇生の方法を聞き及ぶ」「あの世に赴いたり儀式を行なったりする」「蘇生の試練が課せられる」ときて、試練が成功するか失敗するか。
このたった一回だけ与えられた試練こそが物語の核となるのです。
実際「死亡と蘇生」の物語はそれをテーマとするだけで原稿用紙三百枚・十万字に到達してしまいます。他との併用が難しい物語なのです。
だから必然的に蘇生させられるチャンスは一度きりとなります。
とても『DRAGON BALL』のようにポンポンと生き返らせるわけにはいきません。
『DRAGON BALL』で思い出しましたが、「複数人まとめて生き返らせる」物語はほとんどありません。それこそ『DRAGON BALL』が世界初かもしれません。他の物語はたったひとりを蘇らせるだけでも一大叙事詩になるのに、『DRAGON BALL』は「殺された人たちを全員蘇らせてくれ」と言うだけで全員生き返ってしまう。まさに「なんでもあり」の最たるものです。「どんな願いでも叶えてくれる」アイテムだからこそできる展開でしょう。
試練に失敗する
「死亡と蘇生」の物語のお約束は「蘇生の試練を課せられて、失敗する」です。
簡単に蘇生させられる物語にはなんの教訓もありません。
「死者を生き返らせる」無理難題を叶えるチャンスは与えられます。
しかし「誰にも妨害されない」わけではない。試練を乗り越えようとする主人公にはさまざまな妨害が及びます。愛する者の手を握って生者の世界へ続く階段を登り続ける。もうじき生者の世界だという頃になって、愛する者の手と思っていたものは別のものを握っている感覚に襲われます。ここで主人公には疑心が芽生えます。「自分は騙されているのではないか」。もちろん冥王は疑心を誘っているのです。一度冥界に名を連ねた者をタダで蘇生させる理由がありません。むしろ騙し討ちにして連れ帰りにきた主人公をも殺そうと企んでいるかもしれない。
だから「死亡と蘇生」の物語の多くは「蘇生の試練に失敗する」のです。
妨害をかいくぐって初心を信じきって貫いた主人公だけが、愛する者を「蘇生」させられます。
「愛する者を蘇らせよう」と考えるほど精神の弱い主人公ですから、一度疑心が芽生えると初心を信じきれないのです。
このあたりに「死亡と蘇生」の巧妙さが隠されています。
「死んでからどうしようか」を考えるのではなく、「死なないようにするにはどうすればよいのか」を考えさせる。
その発想に思い至らせるため「死亡と蘇生」の物語が存在するのです。
信じきる強さ
「死亡と蘇生」以外の物語でもそうなのですが、鍵を握るのは「信じきる強さ」です。
他人とかわした約束を最後まで守り抜けるか、信じきれるか。
信じきれるだけの精神的な強さがなければ「死亡と蘇生」の物語は成功しません。
変に賢いとかえって猜疑心に囚われてしまいます。
悪い言い方をすれば、「死亡と蘇生」の物語の主人公は馬鹿なくらいがちょうどよいのです。
愚直な主人公だから「蘇生」の試練を課せられても言われたとおりに行ないます。変に賢いと「これにはこんな裏があるのではないか」と猜疑心が芽生え、約束した試練をじゅうぶんに成し遂げられないのです。
賢いほど信じきれない。愚かなら提示された試練を疑いもなく信じきれます。
世の中、知識や知恵があるほど有利とはかぎらない。
一種のアンチテーゼとして「死亡と蘇生」の物語は存在しています。
「これなら確実に生き返らせられる」とわかってしまうと面白くない。
「どうすれば生き返らせる可能性があるのか」と探っている状態が最も面白いのです。
『DRAGON BALL』が「死亡と蘇生」の物語としては陳腐なのは、「ドラゴンボール」を七つ揃えたら死者を蘇らせられるとわかっているから。わからなかったときのほうが物語は面白かったですね。
最後に
今回は「死亡と蘇生」について述べました。
確実に生き返らせる方法があると、物語から緊迫感が薄れてしまいます。
「蘇生」の方法はほとんど知られておらず、探す旅に出ることもあるのです。
そうやって「蘇生」方法がわかったら、試練を課せられます。ほとんど知る者もいないのに、タダで「蘇生」させられるはずもありません。
課される試練は人それぞれ。どれだけ「蘇生」を信じきれるか。その思いの強さが「蘇生」には欠かせません。
稀少とはいえ魔法のアイテムの力だけで「蘇生」させるなんて、命が軽くなって緊迫感を失ってしまいます。
「死亡と蘇生」は、生前の楽しかった日々を取り戻す物語です。そしてこれからも楽しい日々を続けたいから試練に立ち向かいます。
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