1306.物語篇:物語50.二面と同化

 多くの人には「二面性」があります。

 とはいえ『ジキルとハイド』のような人物はあまりおらず、せいぜい「仕事は真面目」で「私生活で羽目を外す」といったものが多いですね。

 どんな「二面性」を持たせるかでキャラが独り立ちします。

 俗に言う「ツンデレ」とか「ヤンデレ」とかも「二面性」ですよね。





物語50.二面と同化


 ロバート・ルイス・スティーヴンソン氏『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』通称『ジキルとハイド』は二重人格を扱った作品として有名です。

 善意にあふれた表の顔と、冷徹に人を殺していく心の顔。

『ジキルとハイド』ほどではないものの、人間には「二面性」があります。表の顔と心の顔です。

 強気な表の顔に隠された、本当は怖くて寂しい孤独な魂。

 こういう「二面性」を持ったキャラは勝手に歩きだします。キャラが勝手に動いてくれるのです。





二面性は変身とは違う

「変身」は「こうなりたい」という「憧れ」を形にした存在になります。

 しかし「二面性」は本心を悟られないための「仮面」をかぶるのです。

『ジキルとハイド』では善良な医師のジキル博士が、実は内面に乱暴なハイド氏の一面を抱えていました。ジキル博士はそのことにまったく気づいていません。

「二重人格」は本来、もうひとつの人格が目覚めているとき、その記憶がないかあっても夢の形でしか憶えていないものです。

 つまり「変身」ではなく「人が変わり」ます。豹変するのです。

 ジキル博士が悩めば悩むほど、ハイド氏は横暴になっていきます。

 ここでは「二重人格」ほどではなく、「二面性」を主に取り扱っていきましょう。

「二面性」といえば「シリアス」と「ギャグ」のギャップが多いですね。マンガのゆでたまご『キン肉マン』の主人公・キン肉スグルや北条司氏『CITY HUNTER』の主人公・冴羽リョウ。ふたりは「シリアス」でカッコよく決めるシーンと、それを微塵も感じさせないほどの「ギャグ」で笑わせるシーンの「二面性」が魅力的なキャラクターです。

 とくに冴羽リョウは冷徹に悪人を射殺する始末屋スイーパーの顔と、美女で見境がなくなるもっこり男の顔の「二面性」で読み手の多くが虜になりました。その魅力は世界中に広まり、二〇一九年にフランスでフィリップ・ラショー氏が監督・主演した映画も作られたほどの人気を誇ります。もちろん「二面性」はフィリップ・ラショー氏がいかんなく発揮してくれました。マンガの実写化で成功した数少ない作品のひとつです。

「二面性」を持つキャラは前述しましたが、書き手の都合とは関係なく「勝手に」動いてくれます。なにせカッコよい振る舞いを考えに考えて作り上げると、その反動からもう一面が現れて「勝手に」暴れてくれるからです。

 冴羽リョウも「シリアス」に決めながら突如「もっこり」が持ち上がります。

 北条司氏がいくらカッコよく決めさせても、「もっこりリョウちゃん」は「勝手に」出て波乱を起こすのです。このギャップがあまりにも自然に切り替わるので、キャラクターの魅力が増します。

 世界で愛されるキャラクターは「純粋な性格がよい」とは限りません。確かにミッキーマウスやくまのプーさん、キティちゃんやムーミンなどは「純粋な性格」で世界中にファンを生みました。ですが、冴羽リョウは「二面性のある性格」で世界にファンを増やしたのです。

 アメリカのカートゥーンアニメ『Popeye』の主人公ポパイも、普段はどこにでもいる水夫ですが、恋人のオリーブが危機に陥るとほうれん草を食べてパワーアップし「好きな女を守る強い男」の一面が現れます。まぁこれは「変身」のほうが強いかもしれませんね。




専任キャラの兼任キャラ

 そう考えると「シリアス」と「ギャグ」のギャップというのは、日本発祥かもしれません。シリアスな物語でも必ず「ギャグ担当」を用意しているのが日本の物語の特徴です。「戦隊ヒーロー」シリーズならカレー好きで冗談の得意なイエローとか、お色気担当のピンクとか。必ず「シリアス」以外の面を持ったキャラを配置しています。

 対してアメリカの物語では、『トムとジェリー』のようにドタバタコメディーならどちらもコメディー担当です。しかし日本の物語では、昔から「○○担当」と役割分担しているケースが多い。

 こうやって見てくると、冴羽リョウというキャラクターの持つ「シリアス」と「もっこり」の「二面性」は際立っていると思いませんか。

 それ以前の物語は「○○担当」と専任キャラでそれぞれが役割分担してまわしていたのです。しかし冴羽リョウはひとりで「シリアス」と「もっこり」を兼任しています。そして冴羽リョウ以降、「二面性」を持つキャラクターが増えてきたのです。

 もちろんマンガの車田正美氏『聖闘士星矢』の星矢、武論尊氏&原哲夫氏『北斗の拳』のケンシロウなど、王道は基本的に「シリアス」に強さを求めるキャラが多いのは確かでしょう。

 しかしマンガの鳥山明氏『DRAGON BALL』の孫悟空や尾田栄一郎氏『ONE PIECE』のモンキー・D・ルフィのように「強い」だけでなく「天然ボケ」を含めたキャラもいます。

「天然ボケ」ではなく確信犯で「シリアス」と「もっこり」を融合したキャラへ仕上げたところに北条司氏の苦労が忍ばれます。

 今でこそ世界的なコンテンツである『CITY HUNTER』も、連載当初は「シリアス」一辺倒で人気が出ず、「ギャグ」を混ぜても振るわず、あれこれ試した結果「もっこり」が大ヒットしたのです。

 こうして奇跡的に生まれたキャラが冴羽リョウ。唯一無二の存在です。




同化する

「二面性」を持つキャラクターは、『ジキルとハイド』のように分裂していくか、ひとりの人間の中で「同化」していくのかに分かれます。

 冴羽リョウは「同化」しているのです。ひとりの人物に「二面性」を持たせて、そのギャップを楽しみます。

 一般的に「二面性」を持たせたキャラは、「シリアス」シーンと「ギャグ」シーンで性格がガラリと変わるものです。しかし冴羽リョウは「シリアス」シーンでも平然と「もっこり」しますから、巧みに「同化」しています。

 多くの方は冴羽リョウを「分裂」ぎみに見ますが、物語の構造から言えば「同化」しているのです。「シリアス」シーンでも「もっこり」が出てくるときがあります。

 冴羽リョウの描写では、どんな場面でも美女を見かけるだけでスイッチが入り「もっこり」するわけです。

『ジキルとハイド』のような「分裂」だともうひとりの自分が怖くなって殺してやりたくなります。しかし冴羽リョウのように「同化」していればもうひとりの自分とはいってもそれは自分に違いはなく、悩む必要はありません。自分にはそういう性格があるんだと自覚するだけでよいのです。

 あとはどれだけ性格の振れ幅を大きくするか。

 冴羽リョウは「シリアス」と「もっこり」の振れ幅で世界を魅了しました。

 同じことを小説でやってもそれほどウケないと思います。あれは絵があるから面白いのです。

 しかしこれを成功させてしまった作品と主人公があります。

 賀東招二氏『フルメタル・パニック!』の主人公・相良宗介です。

 彼はつねに戦場に身を置いており「戦争ボケ」と呼ばれる一面を持っています。普段は任務に忠実で真面目な彼も、ときに「戦争ボケ」をかましてヒロインの千鳥かなめからツッコまれるのです。

「シリアス」な場面でもつい「ギャグ」が口をついて出る方っていますよね。そういう人ほど、「ピンチ」に陥っても「ギャグ」を飛ばせるだけの余裕があるのです。けっこう頼りになると思いませんか。

 逆に平時から「ピンチ」を考えて行動している姿もまた滑稽に映ります。

 死の間際でジョークを飛ばせる余裕がある人や平和な日常に「緊迫感」を持ち込む人は、かなり強くキャラが立ちます。ただのやられ役でも強烈な印象を残すのです。

 だから「シリアス」な作品に「ギャグ」や「ジョーク」を使うキャラを登場させてしまうと、作品が軽くなってしまって「シリアス」が引き立ちません。悪目立ちしてしまうのです。それを逆手にとった賀東招二氏は見事な腕前と言えます。

 冴羽リョウだって、本当に「シリアス」な場面では「ギャグ」や「ジョーク」は言いません。いたって「シリアス」なキャラでい続けます。そんな場面をくぐり抜けてひと区切りついたら、なにごともなかったかのごとく「ギャグ」や「ジョーク」を交えるのです。

 この「緊張と弛緩」の効果によって『CITY HUNTER』は世界が熱狂する物語となりました。

「緊張と弛緩」については、物語のパターンとして別項を設けます。





最後に

 今回は「二面と同化」について述べました。

「シリアス」な人が真面目な場面で「ギャグ」や「ジョーク」を飛ばす。本来別人格のような性質を「同化」してひとつの人格で表してみるのです。

 もちろんこれは高等テクニックなので、腕前がなければ「ひとりにはひとつの人格」を割り振ってください。



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