1300.物語篇:物語44.落ちぶれと再起

 今回でなんと連載1300回となりました。

 1000回のときも信じられませんでしたが、まだ連載しているとは我ながら驚きです。

 まぁ今書いている物語篇の次を考えていないので、物語が尽きたら連載するネタもなくなるかなと思います。

 それまで今しばらくお待ちくださいませ。

 でも、そういうときにかぎって、次のネタが思い浮かぶんですよね。

 困った話です。





物語44.落ちぶれと再起


 以前は世界を救った勇者だったが、すっかり落ちぶれて酒場で飲んだくれている。

 そんな主人公がトラブルに巻き込まれ、そこから再び世界を救う旅へと出立する物語があります。




過去は凄かった

 この「落ちぶれと再起」の物語では、主人公が一度は大きな目標を達成しています。それが大前提です。

 魔王を倒した勇者は、もう戦う理由がないためなにもやれなくなります。

 せっかく世界を救ったというのに、人々から尊敬されなくなり、そのうち誰も勇者のことなんて忘れてしまうのです。

 世界を救った勇者は過酷な旅から解放されますが、誰も相手をしてくれない。もう落ちぶれるほかないのです。

 過去に成し遂げた業績が高ければ高いほど、落ちぶれる度合いも高くなります。

 たとえば日産自動車の元社長カルロス・ゴーン被告を思い出してください。万年赤字を垂れ流していた日産自動車に乗り込んで、大胆な従業員削減を断行します。そして見事に業績をV字回復させて「カリスマ経営者」として知られる存在となったのです。

 しかしマスコミや財界からちやほやされたためか、つい魔が差して会社の資金を私物化し始めます。それが近年発覚し、検察庁に逮捕されたのです。しかし保釈中に国外逃亡し、レバノンにある中東日産所有の建物に住み着いています。

 近年、ここまで見事な落ちぶれっぷりもないでしょう。

「カリスマ経営者」が「背任・横領の被告」となったのですから。 

 まぁ検察に逮捕されるほどインパクトのある落ちぶれっぷりは、異世界ファンタジーでは難しいですね。

 同じような状況を考えると、勇者として世界を救ったのに、帰国すると「真実を知る者」として逮捕拘禁された。といったところでしょうか。ですがこちらは人々に知られては困るものを勇者が知ってしまったから、という正当な理由をつけられます。

 でもカルロス・ゴーン被告は、誠実であるべき社長職にありながら、私腹を肥やしていたのです。「カリスマ経営者」は表の仮面であり、裏にある真の顔は「金の亡者」だった。在職中も十数億円と同業他社の社長の十倍近い年俸を受け取っていたと指摘されて、「外国の社長はこのくらいもらっている」と説明していましたけどね。あの時点でカルロス・ゴーン被告を解任できていたら、「背任・横領」は防げていたのでしょうか。

 世界を救った勇者は、誰からも見向きされなくなって「こんな世界、救うんじゃなかった」と思って落ちぶれているのかもしれません。

 過去は凄かった。でも今はただ酒場に入り浸っている呑兵衛。

 第一話ではただ呑んだくれている人物がいて、第二話でその呑んだくれが過去世界を救ったことを書く。でも誰もが忘れてしまって、勇者はちやほやされなくなるのです。

 そして第三話で呑んだくれた元勇者が事件に巻き込まれて……。

 そうして元勇者は、再び世界を救うために旅立つのです。




事件に巻き込まれる

 落ちぶれた主人公は、なにをするでもなく日がな一日暮らしています。

 それこそ終日飲み屋で呑んだくれているのです。

 もう誰も俺に構うな。という風体で過ごしているです。

 そんな元勇者の元に、あるとき厄介事が舞い込みます。そしてそれが元勇者の人生を変える転機となるのです。

 現在では「スローライフ」ものがこのパターンに近いですね。

 昔勇者だった主人公が辺境に住み、土地を開墾して農業に励む。よくあるパターンです。しかしそのまま農業に励み続ける主人公はまずいません。必ずいつかは戦いの場へと戻らざるをえないのです。

「スローライフ」もので、主人公が死ぬまで農業を続けるのはかなり無理があります。昔の血気盛んな気質が表面化するのが筋でしょう。

 中には元勇者でない、一介の辺境農家の「スローライフ」でも事件が起こります。

 でも本当にただの農家だとなかなか事件を解決できないですよね。腕っぷしがあるのなら、腕力に物を言わせて返り討ちにあわせるくらいはできるでしょう。そこから冒険の旅へとつながるかもしれません。でもただの農家だと腕っぷしも強くないし、賢者のような知恵があるわけでもなく、魔術師のような魔法もないのです。これで勇者として順調にスタートが切れるかどうか。

 書き手に構成力があれば、一介の辺境農家を巧みに誘導して「勇者」へと育て上げるでしょう。でもそれは「勇者と魔王」であって「落ちぶれと再起」の物語ではありません。

 一度はなにかを成し遂げた者が、誰にも知られず落ちぶれている。事件が起こらなければ落ちぶれたまま朽ち果てるのみです。

 だから「落ちぶれ勇者」は事件に巻き込まれる必要があります。

 一度事件に巻き込まれてしまえば「昔とった杵柄きねづか」、襲撃者どもを返り討ちにするのです。そして助けた人物から身辺警護やクエストの依頼をされます。




再起への旅立ち

 しかしずいぶんと錆びつかせてしまった技術を取り戻すため、助けた人物とともに修行の旅に出ます。そして昔の実力を取り戻すのです。

 この修業の旅に出るところこそ「再起」のきっかけとなります。

 ただ落ちぶれた元勇者は、なんのきっかけもなしに「再起」のために修行の旅になんて出ません。それでは不自然です。修行の旅に出る必然性がありません。

「落ちぶれと再起」の物語は、元勇者が一度落ちぶれて世界の片隅で暮らしている。そこに事件が起きて主人公が巻き込まれてしまう。腕に覚えのある元勇者がその事件を解決するのです。そして助けた人物から依頼されますが、鈍った腕前では達成できないと、修行も兼ねて守るべきものと旅に出ます。

 この「落ちぶれと再起」の物語は、さまざまな物語の導入部にできるのです。

 たとえば元勇者が落ちぶれていて、そこに事件が起きて再起します。そこから修練して魔王を倒す冒険へ出発するのです。

 また倒すべき相手を二段階用意し、まず最初の竜王を倒すクエストだったので退治して勇者として祭り上げられる。そしてすっかり平和に慣れて腕前が鈍ったところで本当に倒すべき魔王が現れる。すると腕前の鈍った元勇者は、修行しながら旅を続けて「再起」し、一線級の実力を取り戻して魔王と対峙するのです。

 このように他の物語の真ん中に「落ちぶれと再起」を置いてもかまいません。いくらでも応用が利きます。

 たとえば魔王を倒して勇者として帰還したところで真の悪が現れ、勇者が命懸けで魔王を打ち倒すのです。これは堀井雄二氏&三条陸氏&稲田浩司氏『DRAGON QUEST ─ダイの大冒険─』の結末パターン。

 物語はもう終わり、と思わせて最後に強敵が現れて刺し違える。そんなストーリーも「落ちぶれと再起」の変形と言えるでしょう。





最後に

 今回は「物語44.落ちぶれと再起」について述べました。

 最近流行りの「スローライフ」ものはたいていがこの「落ちぶれと再起」の物語となっています。もちろん導入部だけ「落ちぶれと再起」を採用し、そこから先は「主人公最強」になってもかまいません。魅力的な物語へスムーズに入り込ませるため「特別な主人公」を用意したい。そんなときに役立つ物語です。



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