1285.物語篇:物語30.理想郷と旅路

「理想郷」が登場する物語はけっこうあります。

 ただ、そこが本当に「理想郷」なのかは誰にもわかりません。

 たどり着いて初めて「理想郷」と呼べるのかがわかります。





物語30.理想郷と旅路


 物語世界には「理想郷」が存在します。誰もが豊かに暮らせる場所かもしれません。すべての罪が許される場所かもしれません。すべての苦しみから解放される場所かもしれません。絶対に死なない体が手に入る場所かもしれません。

 その物語世界にふさわしい「理想郷」がきっとあるはずです。

「理想郷」を求める旅と、そこへ到達して初めて気づいた「理想郷」の正体。

 それがこの物語のキモです。




理想郷の正体はわからない

「理想郷」を求める旅をする物語ですが、そこが具体的にどんな場所なのかは読み手に知らされていません。

「理想郷と旅路」の物語で最も有名なのは中国古典・呉承恩氏『西遊記』です。

 唐僧の玄奘三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄を伴って、天竺へ経典を取りに行く物語は、日本でテレビドラマ化されて大人気を博します。それが中国へ逆輸入されておおいにウケたそうです。そして「なぜわが国にはこんなに面白い小説があったのに、誰も見向きもしなかったのか」が話題となりました。毛沢東氏による文化大革命で過去の小説なども否定されたため仕方がなかったのです。

「機械の体がただで手に入る星」を目指して謎の美女メーテルと旅に出る、星野鉄郎が主人公のマンガ・松本零士氏『銀河鉄道999』も「理想郷と旅路」の物語と言えるでしょう。

 アニメの『宇宙戦艦ヤマト』も「コスモクリーナー」を手に入れるためにイスカンダルを目指す若者たちの物語ですよね。

 すべての「理想郷」は正体がまったくわかりません。到着してから初めて正体に気づきます。

 似たような話が現実にあったなぁと気づきました。

 日本人にとってのブラジルと北朝鮮です。

 どちらも「地上の楽園」と称されて人々が海を渡ります。しかし実際に到着してみると「地上の楽園」どころかなにもない未開の地だったのです。帰ろうにも船の切符は片道ぶんしかないため帰れない。仕方なくブラジルへ定住し、開拓して事業を興して実際に「地上の楽園」にしようとしたのです。北朝鮮はそういった開墾もできず、ただなにもない国から出国すらできずに取り残されるハメになりました。

 現実でもやはり「理想郷」は正体がわからないものなのです。

『旧約聖書』では預言者モーセがユダヤの民を「安住の地」へ導く話が載っています。

 こちらも「安住の地」がどんな土地だかわからないのです。

 行き着く先には「理想郷」が待っている。そう思うから旅路の苦楽を受け入れられるのです。もし「理想郷」の正体がわかっているのなら、それは「理想郷」ではなく「旅行先」にすぎないのです。

 マルコ・ポーロ氏が『東方見聞録』で訪れていない日本を「黄金の国ジパング」と書いたのも、実際に訪れていないから。どうやら東方には「ジパング」と呼ばれる、莫大な量の金を算出する国があるらしい。その噂を書き留めただけだったようです。

 確かに日本は火山国であるため、佐渡などに有名な金山を抱えています。金は重金属ですから、掘った場所に金が存在する確率が高いのです。ヨーロッパではだだっ広い平原が広がっており、山々までにかなりの距離があります。つまり手軽に金が掘り出せないのです。

 一時アメリカで「ゴールド・ラッシュ」が起こりました。アメリカも西部にロッキー山脈を擁しており、砂金が大量にとれたのです。

 このように「理想郷」は正体がわからないからこそ魅力を増します。

 正体がバレてしまうと魅力を失ってしまうのです。それがよくわかる事例だと思います。




ろくでもない理想郷かもしれない

 もし苦難を乗り越えてたどり着いた「理想郷」がろくでもない場所だったとしたら。

『銀河鉄道999』なんて「ただで機械の体が手に入る」はずなのに、惑星メーテルのマザーコンピューターであるプロメシュームを構築するネジのひとつにされるだけなのです。そこに自由などありません。その事実を知ったとき、鉄郎は憤りを覚えますがなす術もなく囚われてしまいます。旅の伴であり女王プロメシュームの娘であるメーテルがひと騒動起こさなければ、鉄郎はネジの体にされていたはずです。

「理想郷」と思われていた天竺にたどり着いた玄奘三蔵法師一行は、その正体を知って驚きます。とてもすべての苦しみから解放されるような地ではなかったのです。お釈迦様のもとへたどり着いたわけでもありません。

 そもそも「理想郷」は夢の存在なのです。向かう人たちはそれぞれ自身の夢を投影しているだけ。そこが自分の理想とは大きくかけ離れていたとしても、正体を知るまでは誰にとっても「理想郷」です。

 だから「理想郷」を求める旅は終わらないのです。

 今は月に人類を居住させようとしたり、火星に人類を送り込もうとしたり。そういった月や火星を「理想郷」と見立てて宇宙科学者が煽っています。アメリカのドナルド・トランプ大統領は再び人類を月に着陸させる「アルテミス計画」を発表し、また火星着陸計画にも意欲的です。

 人類が暮らしていけるかどうかがまだわかっていない「月」「火星」は、わからないからこそ「理想郷」なのだと思います。




本当にたいせつなのは理想郷を目指す旅路のほう

「理想郷」は多くの場合「ろくでもない」場所です。

 しかしそれで作品の魅力が褪せるかと言われれば否。物語の魅力は褪せません。

 ではなぜろくでもない「理想郷」でも面白い物語になるのでしょうか。

 それは「理想郷」を目指す波乱の「旅路」そのものが面白いからです。

『銀河鉄道999』は「理想郷」であるアンドロメダ星雲惑星メーテルがろくでもない場所でした。ですがそれを知っても物語は魅力的なままなのです。「理想郷」へたどり着くまでの苦難に満ちたドラマチックな「旅路」そのものに魅力がありました。だからたとえ「理想郷」がろくでもなくても、すぐれた物語と評価されるのです。

『西遊記』だって、天竺へたどり着くまでの妖怪どもとの激しいバトルがあるから「面白く」感じます。「理想郷」にたどり着いて経典をもらっても、そこだけ切り取るととてもつまらない物語です。ですが読み手は「理想郷」へたどり着くまでのさまざまな出会いと別れ、そして激しいバトルを楽しんできました。だからどんな「理想郷」であっても皆が満足する物語となったのです。

 マンガの尾田栄一郎氏『ONE PIECE』も海賊王が遺した「ひとつなぎの大秘宝」へたどり着くまでの物語となっている(はず)です。

 しかし読み手はすでに「ひとつなぎの大秘宝」など興味がありません。そこへ至る途中にあるさまざまなバトルにワクワクしているからです。これなど、「理想郷」よりも「旅路」のほうがたいせつだというひとつの見本となっています。

 さらにひねれば、マンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』なんて目標である「黒の組織の壊滅」へは話が進んでいきません。ジョディ・スターリングや赤井秀一、安室透など「謎」の人物が登場しては正体を明らかにするその過程だけで読ませる作りになっているのです。





最後に

 今回は「物語30.理想郷と旅路」について述べました。

 これから「理想郷と旅路」の物語を書く方は、立派な「理想郷」なんて考えないでください。それよりも、そこへたどり着くまでの「旅路」を波乱に満ちたものとするのです。

 読み手が読みたいのは「理想郷」の実態ではありません。そこへたどり着くまでの「旅路」にあるのですから。



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