1282.物語篇:物語27.葛藤と成長

「心理戦」「駆け引き」を中心とした物語があります。

 ここでは「勝負」における「葛藤」をフィーチャーしました。

 人生はつねに選択を迫られるのです。

 悩み苦しまない人などいません。





物語27.葛藤と成長


 どんな人も悩みや苦しみもなくすくすくと成長していけるほど、世の中はやさしくありません。

 つねになにかの選択を迫られ、皆悩み苦しみながら選択を繰り返すのです。




囚人のジレンマに見る葛藤

「葛藤」とは人がふたつの同程度に魅力的なあるいは嫌いな選択肢の中からひとつを選ばなければならない状態のことです。

「葛藤と成長」の物語は、つねに選択を迫られます。たとえどんなに難しい決断を迫られても、主人公は懊悩して立ち止まるしかないのです。

 選択がいつも合理的に行なわれるとはかぎりません。

 その場の中で最適だと思った選択をします。

 これは『ゲーム理論』の「囚人のジレンマ」によく表れています。

「囚人のジレンマ」とは「共犯関係のふたりを別々に収容して取り調べを行なう際、ある条件を提示して真相を語るか選ばせる」というものです。

 前提条件は次の三つ。

 1. ふたりとも黙秘したら証拠不十分でふたりとも懲役二年に処す。

 2. もし片方だけが自白したら、告白した者はその場で釈放。黙秘した者は懲役十年に処す。

 3. もしふたりとも自白したら、ふたりとも求刑どおり懲役五年に処す。

 という条件を提示されます。

 この条件のもと、ふたりから自白は得られるでしょうか。それとも黙秘されてしまうでしょうか。

 冷静に考えれば、双方が黙秘していればふたりとも「懲役二年」になるので期待値が高くなります。

 しかし囚人はつねに利己的です。自分にとって最も利益のある行動をとろうとします。

 今回の場合個人的に最も利益があるのは「その場で釈放」されることです。だから「自白」してしまいます。ふたりとも「自分だけしかしゃべらないだろう」と判断するからです。

 もし自分がしゃべらずに相棒がしゃべってしまったら自分だけが懲役十年になってしまいます。

 まとめれば、自分が黙秘していたら「懲役二年」か「懲役十年」が待っている。期待値は「懲役六年」です。

 自分がしゃべったら「その場で釈放」か「懲役五年」が待っています。期待値は「懲役二年半」です。

 利己的で自分の利益のみ考えて行動するのなら、自分がしゃべれば明らかに得になります。

 よってふたりから自白がとれるのです。

 もしふたりが結託しているのなら、片方がしゃべってもう片方が黙ると期待値は「懲役五年」、双方が黙っていれば期待値は「懲役二年」、双方がしゃべれば期待値は「懲役五年」ですから、利他的に考えれば双方黙っているのがいちばんよいわけです。

 しかし警察は結託させないためにわざわざ犯人を別々の場所に入れて、別々に聴取します。そして「囚人のジレンマ」を突きつけるのです。

 そのような状態では、犯人も相棒を全面的には信じられません。であれば利己的に「自分の利益」を追求してしまうのです。それが結果として双方がしゃべり、互いに懲役五年になるとしても。




同調圧力と葛藤

 現実の人生はつねに「囚人のジレンマ」を迫られます。

 利己的な選択をするべきか、利他的な選択をするべきか。葛藤が起こるのです。

 聖人君子ほど利他的な選択をし、犯罪者ほど利己的な選択をするとされています。

 これがすべてではないにしても、ある程度性格による方向性はわかるのです。

 たとえば幼稚園児は自分のことしか考えられない。己の感情を最優先させるのです。

 しかし社会人ともなれば、他人のことも考えなければなりません。己の感情よりも周りとの調和を是とする風潮に流されます。これが「同調圧力」です。

 新型コロナウイルス感染症の外出自粛において、日本人は国家から罰則を提示されなくても外出自粛に協力しました。周囲が外出していないのに、自分だけが外出してもよいのだろうか、という「同調圧力」が働いたからです。

 しかし周りに合わせて正義を貫けないのでは「勇者」とは呼べません。

「勇者」はたとえ自らが犠牲になるのだとしても、世界の人たちを救うために行動します。

 ですが「勇者」といえどただの人間です。逡巡しないわけがない。「世界を救うためにお前が死ね」と言われてためらいもなしに自殺できるほど、単純な人間ではないのです。「勇者」は生きて巨悪と戦うから「勇者」なのであり、死ねと言われれば黙って死ぬのではとても「勇者」とはみなせません。

 たとえ周囲から「生贄の羊」に選ばれたとしても、「運命」に抗うのが真の「勇者」です。しかし「生贄の羊」が反乱したら、周囲からは「蛮勇」と蔑まれ白眼視されます。ここでもまた「同調圧力」が働くのです。

 結果として村を追い出されて放浪の旅へと出る「勇者」が増えます。

「勇者」は「同調圧力」を前に葛藤するのです。

 利己的な選択をするべきか、利他的な選択をするべきか。

 未来を切り開くのは、こういった「葛藤」の選択しかありません。

「葛藤」もせずに安易に選択をすれば、ハズレくじを引く可能性が高まります。

 人生のハズレくじは、将来を台無しにしかねないのです。

 私は書店店長をしていたこともあり、窃盗犯(万引きという罪はありません)との大立ち回りをよくやっていました。

 窃盗犯は安易に「バレなければ得をする」と思っているようです。そして「バレたら逃げればよい」とすら思っています。

 しかし「窃盗」はそれ自体がリスクであり、たとえどんなに正当化しようとしても、留置所行きが確定するのです。

 皆様も「窃盗犯」を見つけたら、自身に危害が及ばないと確認して取り押さえるか通報するかしてください。




葛藤は成長の糧

「葛藤」するのは、自身に判断基準(行動の芯)が存在しないからです。

 もし確固たる判断基準があるのなら、どんな出来事であっても納得のいく選択ができるようになります。

 人はそれを「成長」と呼びます。

 未体験、未経験の出来事に対しても適切な判断が下せるだけの見識を持つ。確固たる基準を有しているからこそ、適切に判断できるのです。

 多くの人は、選択を「失敗」することで反省し、次回以降で「失敗」しないよう意識して選択するようになります。これが「成長」なのです。

「成長」は多くの挫折の上に成り立っています。挫折や「失敗」もせずに「成長」なんてできません。

 しかし「要領のよい人」は存在します。

 彼ら彼女らはたくさんのケーススタディーを通じて、事前にノウハウを蓄積してあるのです。だから「葛藤」が生じてもどう対処するべきかはすでにわかっています。

 多くのノウハウは実用書やドキュメンタリー番組や情報番組などで入手するのですが、実際に役立つレベルにまで納得するには、いったん合点がいくまで突き詰めて考える必要があるのです。

 なぜこの選択をすると「葛藤」が解決するのか。

 具体的に因果関係を明確にして納得していれば「葛藤」もしなくなります。

 多くの人は挫折や「失敗」から学びますが、「要領のよい人」は先人の知恵に学ぶのです。

 しかし小説で「要領のよい主人公」はなかなか感情移入できません。

 それは「主人公にはすでにノウハウがあって、悩まない」からです。

 読み手に「ノウハウ」がないのですから、主人公とはかけ離れてしまいます。この距離こそが感情移入を妨げる溝なのです。

 だから「要領のよい主人公」は小説に向いていません。

 完璧超人な主人公にはワクワクもドキドキも感じない。

 読み手と同じ「葛藤」を抱き、解決方法を模索する。ひとつの解答を得たらそれを試して成否をはかる。それで実践的な「ノウハウ」が手に入り、結果として主人公は「成長」していきます。すると読み手も「ノウハウ」を手に入れて「成長」するのです。

 小説読みの動機のひとつが「葛藤」への「対処法」を知ることにあります。

 つまり「成長」したいがために小説を読むのです。

 主人公の「成長」が描けていない小説は落第と言わざるをえません。

 なにをもって「成長」とするかはさまざまです。しかし小説を読んでも肉体は「成長」しません。たくさんの知識を得て、精神的な「成長」を促す効果は期待できます。

 皆様は小説で読み手を「成長」させているでしょうか。

「成長」を促せない小説、たとえば単なる「娯楽」でしかない小説には何の深みもありません。ただ笑えればよい、楽しめればよいというほど小説は単純ではないのです。

「主人公最強」「ざまぁ」なんて「娯楽」小説であって、そこには深みなんてまったくない。そういった作品は読んでスカッとするかもしれませんが、後にはなにも残らず、ただ読み捨てられる小説となってしまいます。





最後に

 今回は「物語27.葛藤と成長」について述べました。

 小説は読み手の経験知となり、「成長」を促すためのツールです。

 娯楽小説にも需要はあります。ですが読み手の心に刻まれる物語を書ける才能があるのなら、登場人物の「葛藤」を描くべきです。

「葛藤」を深く掘り下げ、「成長」へと大きく羽ばたかせましょう。

 読み手は登場人物の「成長」を望んでいるのですから。



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