1274.物語篇:物語19.驕慢と天罰

 あまり聞かない言葉「驕慢」ですが、要は「おごり」ということです。

「おごりたかぶる」さまを「驕慢」と言います。

 そんな人物に「天罰」が下る物語が今日のテーマです。





物語19.驕慢と天罰


 他人とは違うことを特別視し「驕る」主人公が、さまざまな問題を引き起こして、最後には「天罰」が下るパターンの物語です。

 寓話に多く見られますが、たいていは「対になる存在」が「驕り」ますね。

『ウサギとカメ』『こぶとりじいさん』『さるかに合戦』

 マンガの藤子・F・不二雄氏『ドラえもん』なら主人公・野比のび太がドラえもんから「ひみつ道具」を手に入れます。調子に乗って痛い目を見て終わるパターンも「驕りと天罰」ですね。

『ドラえもん』は「道具と活用」の他にも「驕りと天罰」の物語が入っているから、より面白いのだと思います。




得意がる主人公

「驕慢と天罰」の主人公は、必ず「得意がる」必要があります。そうしないと「驕慢」「驕り」は生まれませんからね。

 たとえば『ドラえもん』では骨川スネ夫が富家の人物で、ラジコンカーやゲーム機などを皆の前で見せびらかしては「得意がり」ます。

 そんなスネ夫に下る「天罰」は主に次のふたパターンです。

 ひとつ目は「ジャイアンに取り上げられる」もの。とくにラジコンカーやゲーム機や雑誌などはジャイアンがだいたい持っていってしまいますよね。

 ふたつ目は「のび太がそれ以上の「ひみつ道具」を使って天狗の鼻を折られる」もの。「タケコプター」や「どこでもドア」など使用頻度の高い「ひみつ道具」は、だいたい初出時に「スネ夫の驕り」でのび太がドラえもんに泣きついてから登場します。

 ではスネ夫は主人公なのか。のび太たちに見せびらかしている間は主人公と考えてよいでしょう。

 のび太が「驕慢と天罰」のパターンになるのは「どくさいスイッチ」や「もしもボックス」のような効果の大きな「ひみつ道具」のときが多いですね。

 調子に乗ってしまったがゆえ、皆が消えてしまって孤独になってしまう。「天罰」が下るのです。ここで涙を流して後悔しているところにドラえもんがやってきて「この道具は反省させるためのものなんだ」といった形で幕を下ろします。

「驕慢と天罰」の物語は、必ず主人公を特別にさせてから、その鼻をへし折る工程が必要です。

 水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』では、主人公のパーンが元聖騎士の父親の汚名を晴らそうと、村を困らせるゴブリンの群れに親友のエトを伴って突撃してしまいます。ケンカには強いパーンが自身の「強さ」に「驕って」しまったのです。そしてふたりはピンチに陥ります。ここで「天罰」が下るわけですね。でも主人公のパーンが死んでしまったら物語は続かない。そこでたまたまザクソンの村を訪れていた魔術師のスレインとドワーフのギムが加勢に駆けつけるのです。「天罰」の最後に救いがやってきました。

 芥川龍之介氏『蜘蛛の糸』では、主人公のカンダタが地獄に落ちています。生前の行ないが悪かったからです。しかしそんなカンダタも生前にたったひとつよいことをしていました。蜘蛛を助けていたのです。天国で暮らす蜘蛛は、カンダタのために一本の糸を地獄へ向けて垂らします。お釈迦様も見て見ぬ振りです。そんな自分に向けて降りてくる蜘蛛の糸に気づいたカンダタは、それを登り始めます。少しずつ、でも着実に登っていったのです。しかし途中でそのことに気づいた地獄へ落ちた者たちが我先にと蜘蛛の糸を登り始めました。糸が揺れているので下を見たカンダタは、他の人々が登ってくるのに気づいて「これは俺のものだ」と主張します。すると蜘蛛の糸はプツリと切れ、カンダタを含めたすべての者が再び地獄へと落ちていくのです。

「自分のために蜘蛛の糸が垂れてきた」という状態が「驕慢」で、「蜘蛛の糸」がプツリと切れて再び地獄へと落ちていったのが「天罰」と見れば、『蜘蛛の糸』は「驕慢と天罰」の物語だったとわかります。

 ギリシャ神話にも似たような話があるのです。蝋の翼を手にしたイカロスは「得意がって」天空を飛び回ります。しかし翼を授けてくれた人物から「絶対に太陽には近づいてはならない」と念を押されていたのです。それすら忘れてイカロスは高く高く飛び始め、ついには太陽へと近づいてしまいます。太陽の熱で蝋の翼は溶けてしまい、翼を失ったイカロスは天空から墜落してしまうのです。

 これも「驕慢と天罰」が表れている逸話と言えます。

「驕慢と天罰」の物語はこういった「因果応報」を体現しているのです。




天罰の程度で警句の強さが変わる

「天罰」には強弱があります。ちょっとした失敗・ドジを踏む程度のものから、命を失うもの国を亡くすものまでさまざまです。

 なぜ「驕慢と天罰」の物語が普遍的なのか。

 それは「因果応報」つまり「こんなことをしていると地獄へ落ちるぞ」と直接言っても伝わらない人たちへの警句となるからです。

 世の中で「こんなことをしてはならない」という「掟」を物語の形で読ませるから、「そういうものなんだな」と読み手が受け止めます。

『蜘蛛の糸』だって、倫理的な「掟」がどういうものか一端を示してくれているのです。

 だから、取り立てて「自分勝手なことをしてはならない」と言わなくても、「自分のことだけ考えていたら、せっかく天国へたどり着けたかもしれないのに地獄へ真っ逆さまに落ちてしまうな」と読み手に伝わります。

 寓話『3びきのこぶた』では、こぶたの三兄弟が家を構えるところから始まるのです。そして三兄弟は別々の家を建てます。手を抜いて建てた兄たちは狼に食べられてしまいますが、レンガで建てた弟は逆に狼を食べてしまうのです。

「ご利用は計画的に」

 消費者金融のテレビCMではよくこんな言葉が繰り返されていました。今では消費者金融はテレビCMを流せなくなったので自然消滅したフレーズです。

 ですがこのフレーズは「驕慢と天罰」の物語を的確に言い当てています。

「将来どうなるかを考えて行動しましょう」つまり「返すあてのない借り入れはやめましょう」と正面切って言っても伝わらないことを、言い換えて繰り返すことで伝えようとしたのです。なにせ消費者金融は限りなく黒に近いグレーな融資を行ないます。そこで「ちゃんとリスクについて伝えてある」と裁判で主張するには「ご利用は計画的に」のテレビCMが効果的だったのです。

 物語が訴える警句も「天罰」の強弱で重みが変わります。

 たとえば薬物の濫用に警鐘を鳴らしたいなら。薬物を使用している登場人物に無惨な末路をたどらせるのです。けっして「薬物使用者」が生き残ってはなりません。

 サー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』において、主人公ホームズは薬物を使用する人物です。彼はジェームズ・モリアーティ教授とともにライヘンバッハの滝で消息不明になります。なぜホームズは「薬物使用者」だったのか。連載されていた当時、薬物が体を蝕む「悪魔の薬」だと知られていなかったからです。単に「気分を高揚させたい」とか「感覚を研ぎ澄ませたい」とか、そんな理由で安易に使用されていました。今なら「タバコ」にあたるでしょうか。

 喫煙者は「吸ってなにが悪い」と公言しますが、吸えば肺や気管支へダメージが蓄積されます。新型コロナウイルス感染症でも、喫煙者の重症化率は高いとの報告もあるのです。これが「因果応報」でなくてなんでしょうか。

 私は不眠症なので睡眠導入剤を服用していますが、これも本来なら体を蝕む劇薬です。長期間服用するようには出来ていません。いずれ私にも悲惨な末路が待っているでしょう。




他の物語に組み込むなら

 このように、物語の中に「驕慢と天罰」の物語を入れるなら原則があります。

 大筋の物語に与える影響を考えながら、中に入れた「驕慢と天罰」の物語の結末を変えてかまいません。つまり単なる「驕慢と天罰」の物語なら死んでしまうところを、大筋の物語を続けるために生き残らせてもよいのです。

 物語には優先順位があり、大筋の物語は最優先されます。その中で展開する別の物語は、大筋の物語へ与える影響を考えて結末を決めるべきです。

 たとえば「イカロスの翼」の話。もしこれがサブストーリーだったら、誰かが墜落するイカロスを受け止めて生還させてもよいのです。

 とくに「驕慢と天罰」の物語は、かなりの作品で採用されているほど「鉄板展開」になっています。

 前述したように小学生向けのマンガ『ドラえもん』にも採用されているのです。『ドラえもん』の数ある展開の中でも、「驕慢と天罰」は警句として立派に機能しています。こんなことをしては駄目ですよ、と作者の藤子・F・不二雄氏が読み手である小学生に諭しているわけです。

 そういった警句を読み手に発信したいときは、物語に「驕慢と天罰」を組み込むとよいでしょう。





最後に

 今回は「物語19.驕慢と天罰」について述べました。

 採用している作品数では、おそらく世界で屈指なのが「驕慢と天罰」の物語です。

「剣と魔法のファンタジー」よりも「勇者と魔王」よりも断然多い。

 それは子どもに読み聞かせるお伽噺や寓話などで警句として機能するからです。

 だから子ども向けの物語は、ほぼ例外なく「驕慢と天罰」の形を組み込んでいます。

 しかし「驕慢と天罰」の物語は大人にこそ読んでいただきたい。

 ぜひあなたの小説にも組み込んでみませんか。



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