1240.学習篇:連載終了した作品は初話と最終話を先に読む

 今回は「分析読みをする」ときの心構えについてです。

「面白い」作品かどうかは、初話と最終話で端的に表れます。

 結末を先に知りたくないな、というのは読み手の立場です。

 書き手の立場としては、先に結末を知っておいて「なぜああいう結末にしたのだろうか」と分析しながら読み進めなければなりません。





連載終了した作品は初話と最終話を先に読む


 小説を読む醍醐味は「物語の展開を、書かれている順番に読んで追体験する」ところにあります。

 しかしそれは連載中の小説での話です。

 すでに連載を終えている作品の場合、その作品が面白いのかつまらないのかの結果しすでに出ています。

 たいてい面白い作品はランキングに載り、つまらない作品は誰にも知られず打ち切られるのです。




あなたにとって面白いのか

 連載が終了してランキングに載った作品は、おおかた「面白い」と判断できます。

 しかし万人にとって「面白い」のかは別の話です。

 相対的に他の作品よりも「面白い」からランキングに載れただけかもしれません。

「小説賞・新人賞」もたいていは相対的に他より「面白い」作品が受賞します。

 長い歴史を持つ「小説賞・新人賞」なら、過去受賞したどの作品には及ばないから「受賞作なし」という事態が起こります。

 逆に言えば、歴史の浅い「小説賞・新人賞」で「受賞作なし」は本来ありえません。

「小説賞・新人賞」の開催には多額の資本が投下されているのです。主催した出版社レーベルとしては開催費用の元手だけでも回収したい思惑があります。

 長い歴史を持つ「小説賞・新人賞」なら、出版社レーベルの格を下げたくないから、基準に満たない作品しかなければ「受賞作なし」もあるのです。

 しかし開催したばかりまたは数回しか開催していない「小説賞・新人賞」はまだ出版社レーベルのカラーが定まっていません。出版社レーベルのカラーを定めなければ、以降の賞レースもまちまちな作品ばかりが集まることになります。

 主催した出版社レーベルがどんな作品を求めているのかを端的に表しているのが受賞作なのです。

 受賞作を読んでみたら、どうも自分より劣っているように感じられる。

 これ、ただの身びいきです。

 人は優越感に浸りたい生き物なので、「他人は自分より劣っている」ように思い込みたい。潔く「負けた」と認めたくない生き物なのです。

 その色眼鏡で読んだ作品が「面白い」のかどうか。見分けるにはコツがあります。

 初話と最終話を先に読んでしまうのです。




初話と最終話を先に読む効用

 まず書き出しである初話を読んでください。ここで人物があらかた登場しているのが望ましい。ですが主要な人物たとえば主人公やヒロインや「対になる存在」が出ていれば「この人物たちがひと波乱起こすのかな?」と推測できます。

 ここであらかたの筋書きをあなたの頭の中で構築してみてください。たとえば主人公とヒロインはくっつくのか。ヒロインは「対になる存在」とくっつくのかもしれない。ヒロインが「対になる存在」に殺される設定かもしれません。

 初話には物語の展開に必要なピースがあらかた登場します。

 だから初話を読んだだけで「どんな物語になりそうか」推測が立てられるのです。

 筋書きの展開を想定できたら、一気にページを飛ばして最終話を読んでみましょう。

 あなたの考えてみた結末だったでしょうか。それとも想定外でしたか。

 もしあなたの考えたとおりだったら、その小説は本当に「面白い」のか疑問が湧きます。他人が初話で予想したとおりの結末になる。それは多少起伏があっても読み手の想定内の展開だったのです。中身の展開で多少波乱に満ちた物語は生み出せます。でも落ち着く先がすでに決まっているのです。「予定調和」と言ってよいでしょう。

 もしあなたの予想を超えた結末だったら、その小説は掛け値なしに「面白い」可能性が高い。もちろん人によっては「予定調和」な終わり方を好む方もいらっしゃいます。時代劇『水戸黄門』『暴れん坊将軍』はすべてが「予定調和」で成り立っていますが、年配層は好んで視聴するのです。ですが「予定調和」は先が読めすぎてまったく「面白さ」を感じない方も多い。とくに若年層は「予想外」「想定外」な終わり方を好む傾向にあります。

 であれば初話を読んで立てた最終話の想定から外れているほど「面白い」と言えるかもしれません。とくに若年層が好んで読むライトノベルでは、どれだけ初話からの想定を裏切る最終話に仕立てられるかがキモです。


 ちなみにこの「初話の次に最終話を読む」は、「小説賞・新人賞」の選考さんが用いる手法のひとつとされています。

「小説賞・新人賞」の選考さんはひとりで十作から二十作の下読みを担当させられるのです。そうなれば一作にかけられる時間も限られてきます。

 限られた時間でいかに面白い作品を見つけ出すのか。それが「初話の次に最終話を読む」です。

 数をこなして慣れてきた選考さんなら、初話と最終話のつながりで「予定調和」か「想定外」か判断し、第一印象を決めます。そして「予定調和」はどんなに内容がよくてもオチがありきたりなので高評価を出しにくい。「想定外」であれば、まったくのハチャメチャなのかよほど計算されているのかを見極めるために、第二話から順に読み進めていくのです。

 しかも先に最終話を読んでいるので、最終話につながる伏線がどこに埋め込まれているのかもチェックしやすい。一読するだけで物語の構造を完璧に把握でき、傑作か駄作かの区別もつきます。


 小説の書き手として他人の作品を読むのなら、ひとりの読み手として一話ずつ盛り上がる必要なんてありません。

 物語の構造をいち早く把握し、自作の構造に活かすくらい柔軟な頭脳が必要です。

 なぜこの作品はランキングに載れたのか。どういった構造をしているから面白く感じたのか。

 そこをよく吟味してください。

 読み手として楽しんでから構造を分析しようとしても、楽しんだ記憶が強く残ってしまい冷静に判断できません。

 たまにはひとりの読み手として楽しめる作品を見つけてもよいでしょう。

 ですが、あなたは書き手なのですから、これから書く作品につながる読み方を優先させるべきです。

 書き手なら、物語の構造や展開、伏線の配置などにじゅうぶん配慮しながら読まなければなりません。

「この書き手はこんなふうに物語を構築しているのか。自分の作品にも似たような構造や展開を活かせないかな」と考えるのです。


 そもそも初話の次に最終話を読み、それから第二話以降を読むのは楽しめないのでしょうか。

「面白い」物語ならどんな読み方をしても楽しいものです。

 たとえば結末までアニメ化されたライトノベルはどうでしょうか。

 結末はわかっているのに物語を楽しめますよね。あらすじが頭に入っているから、細かな描写にも注意を払えますし、伏線を張っていたら「ここであの伏線が出てくるのか」とわかるのです。それでいて読んでいると楽しめる。

 だから小説は面白いのです。

 前回「小説を読ませてはならない」と書きました。

「面白い」作品は「小説を読ませている」のではなく「物語を楽しませよう」としているものなのです。

 だからどんな読み方をしても、「面白い」作品ならいくらでも楽しめます。





最後に

 今回は「連載終了した作品は初話と最終話を先に読む」について述べました。

 先に最終話を読んで楽しめるのか、との声もあります。

 しかし本当に面白い作品は、どこから読んでも楽しめるのです。

 順を追って「小説を読ませている」のではなく、どこを切り取っても「物語を楽しませよう」としています。

 先に最終話を読むのも「読み手が行なう倒叙手法」のうちでしょう。

 小説なんて、どこから読んでも面白い作品でなければ人気は出ないのですから。

 連載中の作品も、最新話を読んでみて面白そうならあらためて初回から読み直しますよね。



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