1193.技術篇:書きたいものがまとまらなかったら
今回は「書きたいのに、うまくまとまらない」ときの対処法です。
書きたいものは明確にわかっている。なのになぜかまとまらない。
そんな経験はありませんか。
書きたいものがまとまらなかったら
小説に限らず文章を書いているときに、書きたいものが明確となっているのに「まとまらない」で困りませんか。
本コラムをここまで毎日連載していると、私もよくこのような事態に陥りました。
書きたいものはわかっているのなら、そのまま書けばよいのです。
でもまとまりません。
それって「まとまらない」のではなく、「無理にまとめようとしている」だけです。
まとまらないのは数が多いから
まず前提をお話し致します。
「まとまらない」のは「まとめようとしているものの数が多すぎる」からです。
たとえば「ひとつ」をまとめようとすれば、シンプルにひとつだけ書けばよい。
「ふたつ」をまとめようとすれば、共通点と相違点をまとめればよい。
ではそれ以上の場合はどうするべきでしょうか。
やはり共通点と相違点でまとめようとしますよね。これがそもそもの間違いなのです。
たとえば中国古典の孫武氏『孫子』の全十三篇をひとつにまとめて書いてください。
これ、できますか?
十三もの篇で訴えられているものをひとつにまとめて書かなければならないのです。
『孫子』は主に戦略書ですが、戦術にも言及しています。これらを無視してひとつにまとめようとしても、まとまるはずがないのです。
そもそも十三もの篇があるということは、孫武には最低でも十三ほど訴えたいものがあります。
つまり『孫子』をまとめようとするなら、最低でも十三のまとまりを作るべきなのです。
翻って、あなたが小説で書こうと思っているものはいくつありますか。
よくよく考えてみると、ひとつの小説で三つ以上のものを訴えようとしているのかもしれません。だから小説を書けないのです。
その場合はまず「訴えたいもの」をすべてリストアップしてみてください。
ひじょうにシンプルな物語なら「訴えたいもの」はひとつです。
たとえば『桃太郎』は「勧善懲悪」だけのシンプルな物語になっています。
『3びきのこぶた』なら「よく考えて行動しよう」だけのお話ですよね。
このように「訴えたいもの」がひとつだけなら、すらすらと書けます。
これに対して「光と影」「陰と陽」のような対立する要素を訴えたいのなら、共通点と相違点を考えればよいのです。
アニメの富野由悠季氏『機動戦士ガンダム』なら、地球連邦軍所属のアムロ・レイとジオン公国所属のシャア・アズナブルの対立を「ニュータイプ」という共通点を用いて描いています。この構図で『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』まで続く一大叙事詩を織り成しているのです。アムロは「ニュータイプ」へ「心が通じ合う優しさ」を、シャアは「相手の考えを読む強さ」を見出だしました。その相違点が視聴者の心を掴んだのです。
小説もこのような「訴えたいもの」はふたつまでに絞りましょう。
そのほうが簡単にまとまりますし、読み手もわかりやすいのです。
三つ以上をまとめようとするから、共通点を見出だしにくくなります。
だから小説で「訴えたいもの」は「ふたつまで」に絞ってください。三つ以上あったら、その中でとくに「訴えたいもの」をふたつ取り出し、残りは刺身のツマにしましょう。
共通点と相違点
「訴えたいもの」が明確になっていれば、それを中心に物語を構成していきましょう。
もし「訴えたいもの」がひとつだけなら、ほぼ一本道の物語になります。こちらはとても考えやすいですね。
「復讐もの」なら「主人公が悪に襲われる。命からがら生き延びた主人公は鍛錬に励む。成長した主人公が悪を倒す」とこんな流れになりますよね。苦労して倒すのか圧勝するのかは作風次第。現在主流の「主人公最強」に乗せたければ圧勝するのがよいですね。
では「復讐もの」に「愛する者を守り抜く」を加えたらどうでしょうか。ちょっと悩みますよね。
そういうときは「共通点」探しをしましょう。
たとえば「復讐もの」は「誰かのかたきを討つ」物語で、「愛する者を守り抜く」は「誰かを愛して命を守る」物語です。
では「復讐もの」と「愛する者を守り抜く」の「相違点」はなんでしょうか。いろいろありますが、最も際立つのが「愛してくれた者を失った主人公」と「自分が愛する者を命懸けで守り抜く主人公」のふたつの面が挙げられます。これをひとつの文章にすると「愛してくれた者を失った主人公は、自分が愛する者を命懸けで守り抜く」という展開になります。
すると「主人公はたいせつな人を殺した悪に狙われる愛する者のために立ち上がり、かたきを討つ」という展開が導き出されます。
このようにまとめる物語が「ふたつ」なら「共通点」「相違点」を探すのはとても簡単です。
皆様も「ふたつ」の「訴えたいもの」から「共通点」「相違点」を見つけ出して展開を考える訓練をしてみてください。さまざまな物語が生み出せるようになりますよ。
どんなにかけ離れた「訴えたいもの」にも、なにがしらかの「共通点」はあるはずです。
その些細な「共通点」がうまく引っかかってくれれば、スケールの大きな物語に仕上がります。
「宇宙戦争」と「群像劇」をかけ合わせれば田中芳樹氏『銀河英雄伝説』が生まれるのです。実際『銀河英雄伝説』では恋愛は刺身のツマ。本編の要は「宇宙での艦隊戦」であり「英雄たちが織り成す群像劇」となります。そのくらい展開を絞ったほうが、読み手を増やせる好例です。
恋愛にフィーチャーしたいのであれば、外伝なり二次創作なりに任せればよい。本編はあくまでも無骨でもあり粋でもある英雄たちの活躍を読ませるのです。
あえて省く勇気も
今回の作品では、どうしても「訴えたいもの」が三つある。これがなければ作品を書く価値はない。
そう思ったとしても、それはかなりの難事となります。
まず「共通点」探しがたいへんです。ふたつの場合は接点がひとつあればよかったのですが、三つの場合はひとつの接点ということはまずありません。AとBとCの三つあったとして、AB共通点、BC共通点のふたつで構成して三段論法にもできます。これにAC共通点を加えれば重層的な展開に仕上がるのです。でもAB共通点・BC共通点・AC共通点の三つを見つけるのはかなり難しい。しかもAB共通点イコールBC共通点で、結果AC共通点となる、つまり訴えたい三つのものを一点に集約させるのは奇蹟です。
こんな困難な道のりで、もしうまい落としどころを見つけ出せたら、とんでもない怪作に化ける可能性があります。
世界を見渡しても「訴えたいもの」三つでそれらが巧みに接合している物語なんて、そうはありません。
学校の国語・現代文の時間で、「文豪」の作品を取り上げて「作者はなにを言いたいのかを二十字で書きなさい」のような問題があったはずです。つまり「文豪」でも「訴えたいもの」はひとつしかありません。
近年ふたつのものが増えてきました。「敵には敵なりの正義がある」という考え方が、アニメ監督の富野由悠季氏が創った作品で一般に知られるようになったからです。それまでアニメといえば「勧善懲悪」であり、主人公は正義で、敵は悪と相場が決まっていました。そこに「敵には敵なりの正義がある」と主張して、最初は「勧善懲悪」を求める子どもたちから見放されて放送打ち切りとなりますが、リメイクした劇場版を観た大人がハマったのです。
「訴えたいもの」が三つあるとうまくまとまらない。これは陳寿氏『三国志』を例にとるとわかりやすいと思います。
『三国志』とは中国後漢末期に鼎立した魏・呉・蜀の三つの帝国の物語です。しかし『三国志』は中国人には馴染みませんでした。時代を経て羅漢中氏が蜀の劉備と諸葛亮を主人公に据えた『三国志演義』を創り、これはいくらかの人気を博しました。ですがそれほど評判がよかったわけでもないのです。道教で商売の神様として関羽が祀られるくらい。劉備も諸葛亮も人気はなし。
ここで転機が訪れます。日本で吉川英治氏が『三国志演義』を元に『三国志』を著したのです。これが新聞で連載されて空前の大ヒットとなります。のちに横山光輝氏がマンガ化し、アニメ化もされました。また立間祥介氏が翻訳した『三国志演義』を元にNHKが『人形劇三国志』を製作します。これも大ヒットとなりました。さらに同じ時代に光栄(現コーエーテクモ)がコンピュータ・シミュレーションゲーム『三国志』シリーズをスタートさせてこちらも好評を博しました。
実は日本の『三国志』は『三国志演義』に見られる「魏の曹操と蜀の劉備というふたりの英雄の物語」を元に作られています。そうなのです。呉の孫権がほとんど活躍しない物語だからこそ人気が出ました。
羅漢中氏と吉川英治氏は、意図的に「呉の孫権」を省いたのです。
そして劉備・諸葛亮が善で、曹操が悪の構図も生み出されました。
結果として「勧善懲悪」と「群像劇」のふたつが組み合わされた、わかりやすい物語に落ち着いたのです。
しかも日本で二次創作された『三国志』が中国大陸へ逆輸入されて、『三国志』ブームに火がつきました。中国大陸では最初の夏王朝から最後の清王朝まで続いたのです。日清戦争で日本に敗れて清王朝が滅ぶと混沌状態となります。そして日本が太平洋戦争でアメリカに負けたことで、蒋介石氏率いる国民党と毛沢東氏率いる共産党が覇権を争い、共産党が国民党を台湾へ放逐して中華人民共和国を樹立しました。そのとき「文化大革命」政策が行なわれ、過去の王朝に関するものがすべて否定され、すべての拠りどころを共産党としたのです。その結果『三国志』も人々から取り上げられてしまいました。それが日本で大ヒットして逆輸入され、「わが国にはこんなにも面白い歴史があったんだ」と人々は気づいたのです。
もし陳寿氏『三国志』だけしか存在しなければ、現在の『三国志』ブームはありませんでした。羅漢中氏が『三国志演義』を著し、それを元に吉川英治氏が『三国志』を連載しなければ、悠久の中国史のひとつでしかなかったのです。
「呉の孫権」を有名無実化したことで「勧善懲悪」の「群像劇」としてシンプル化し、多くの読み手を惹きつけました。
あなたが書こうとしている作品では、「訴えたいもの」がふたつまでに収まっていますか。もし三つ以上あるようなら、意図的にふたつだけが残るように省いてください。
最も訴えたいものからふたつ、残りは刺身のツマ「呉の孫権」にしてしまうのです。
これであなたの作品は成功したも同然です。
最後に
今回は「書きたいものがまとまらなかったら」について述べました。
伝えたいもの、訴えたいものをふたつまでに絞ってください。
それ以上はちょっとした彩り「刺身のツマ」でかまいません。
奇蹟的に訴えたいものが三つある作品が大ヒットを飛ばしますが、これは本当に奇蹟です。狙ってできはしません。
書き手がコントロールできるのは、あくまでも「ふたつ」までです。「三つ」目は読み手が感じ取ってくれるほかありません。
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