応援コメント

1156.技術篇:最初に出てきた人が主人公」への応援コメント

  • 神崎小太朗と申します。いつもお世話になっております。ちょうど悩んでいたときに、素晴らしい作品を見つけたので、それを参考に勉強しています。 「最初に出てきた人が主人公、一人称視点なら語り手が主人公。物語の途中で語り手が切り替わると、読み手は間違いなく混乱します。どうしても「ふたりの視点を交互に読ませたい」と思うなら、最低でも節、できれば章単位で語り手を切り替えてください。」→私は禁じ手を使おうとしています。節は最低限、できれば章も変えますが、読者が混乱しないような(変更したところの)書き出しに悩んでいます。

    僕は恋人と大震災ではぐれてしまいました。彼女の所在も分からない状態です。恋人は命は助けられたものの、記憶喪失で周りのことやトラウマになったことは思い出せなくなっています。この後、七年間ふたりは再会できなくなります。そこで、主人公を彼女の視点に変えようかと考えています。彼女の視点の後、また、男性の視点に戻すことを考えています。このような変更は、一人称ルールで違反行為になるのでしょうか。もう少し参考書を読んでみます。

    作者からの返信

     神崎 小太郎様、コメントありがとうございます。

     基本的に「最初で出てくるのは主人公」は読み手の見込みなんです。
     いきなりその人が倒されて、真の主人公が現れる、というのもありますが、読み手としては混乱を引き起こします。
     エンターテインメントに振る場合は、そういう禁じ手も時として有効なのですが、神崎 小太郎様のような格式のある小説にはいささか不向きです。
     主人公をしっかり決めて書くのがよいのですが、どうしても他人の視点が欲しい場合もありますよね。
     そういうときのスポット的な視点移動はエンターテインメントではある程度許容されています。意外性を立てたり娯楽性を高めたり。

     どうしても一人称視点の作品でふたりの主人公を作りたい場合、没入感は薄れますが視点を動かしてもかまいません。
     ただ選考には不利になる覚悟だけはしておいてくださいませ。
     こういう変則的な書き方は、ある程度のネームバリューがあれば許容される事が多いのですが、公募ではマイナスに働きやすいのです。
     ふたりの視点で書きたいのであれば、どちらが主で従かを決めておきましょう。そして可能なかぎり主で物語を進めて、スポット的に従の視点を差し挟む。そうすれば違和感は幾分かは薄れます。

     ですがこれは最終手段であって、狙って書いて公募が獲れるとは限りません。
     そのあたりの取捨選択は神崎 小太郎様に一任致します。

  • ここを読んで、私の人称にかんする疑問がすべて解決しました。
    他人の視点は、ほんのにおわせ程度でいいのですね。
    がっつりかくから、視点がぼやける。納得です。

    私、漫画が大好きなのですが、今のまんがっていろんな登場人物の心情をモノローグでかきますよね。
    まさに神の視点です。だけど、それは、画がついているから読者も混乱しない。
    同じことを小説でするとアウトということですね。

    漫画の読みすぎで、頭が他視点になれきっていました(笑)

    作者からの返信

     澄田こころ様、コメントありがとうございます。

     他人の視点をがっつり書いては駄目ですね。
     小説の基本は主人公の一人称視点です。三人称視点は群像劇など限られた構成で用いるほうが効果的ですね。
     澄田こころ様の作品だと基本的に一人称視点で通したほうが読みやすいし、わかりやすいと思います。
     『ポストとハトと流星群』できっちり一人称視点が書けていましたので、あの感じで書けるようになると一皮剥けますね。

     マンガやアニメはいつでもどこでも描けてしまう。そこに人が映っているから、誰の言葉かすぐにわかる。
     でも小説に映像はありませんので、すぐに区別がつかないのです。
     外でも書きましたが「秘密」を作るくらいでなければ、他人の視点なんて要りませんよ。