1147.鍛錬篇:寄り道するほど面白くなる

 小説は方程式ではありません。

 最短で最適な計算式など存在しないのです。

 とくに連載小説は寄り道したほうがよい。





寄り道するほど面白くなる


 物語には訴えたいテーマがあります。

 しかしテーマだけをひたむきに書き続けると、とても重い作品になってしまいます。

 純文学ならそのほうが評価されやすいのです。

 しかし本コラムをお読みいただいている「ライトノベル」を書きたい方はできれば避けたいだろうと思います。

 重くなる作品を軽くするにはどうすればよいのでしょうか。




幹と根だけでは重くなる

 前述しましたが、テーマだけを書くと重い作品になってしまいます。

 これは、一文のムダもないからです。

 すべての文が重要だからこそ、読み手は文章に重みを感じます。

 樹木にたとえれば「テーマだけ」は「幹と根だけ」がある状態です。

 幹を見ただけでどんな樹木かわかる方もいらっしゃるでしょうが、多くの方はわかりませんよね。

 小説もテーマだけを示されて楽しく読めるほど単純ではないのです。

「文豪」の作品を例に挙げようと頭の中であれこれ考えました。しかし一本も浮かびません。なぜだろうと思ったのですが、「文豪」はすべからく小説が知的な「娯楽」であると理解していたのでしょう。




枝葉があると軽やかに読める

「文豪」太宰治氏の代表作『走れメロス』は「他人を信じる友情の素晴らしさ」をテーマにした作品です。

 それだけならメロスを妹の結婚式に出席させて都へ戻ってこさせるだけでよい。

 ですが太宰治氏はそれだけにはしなかったのです。

 道中でメロスがどれほど苦しんだのか。さまざまな障害や、やめさせようとする誘惑をすべてはねのけて戻ってくる過程を描いたからこそ、『走れメロス』は知的な「娯楽」として楽しんで読めるようになったのです。

 日本の「剣と魔法のファンタジー」ライトノベルの祖である水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』は、基本的にテーマだけを描いています。つまり重いのです。盗賊ウッドチャックの軽口や、仲の悪いエルフとドワーフのやりとりなどで多少の枝葉はあるものの、「主人公たちが灰色の魔女カーラを倒す話」というテーマに沿って物語が展開されています。「主人公たちの旅立ち」「灰色の魔女の存在を知る」「灰色の魔女との対決」というテーマの流れをそのまま書いているのですから、重くなって当たり前です。




テーマと分量の関係

『ロードス島戦記 灰色の魔女』は文庫本一巻の長編小説として書かれています。

 その分量で上記の内容をすべて盛り込もうと思えば、寄り道している暇なんてありません。最短距離を一直線に突き進む以外にテーマを描ききる術はないのです。

『ロードス島戦記 灰色の魔女』が重いのは、本来なら複数巻で描くべき内容を、文庫本一巻に凝縮してしまったから。

 皆様も一度は飲んだと思われる「濃縮還元ジュース」も、売られている状態でそのまま飲めば、味が濃すぎて飲めたものではありません。わかりにくい方は「カルピス」を思い浮かべてください。瓶に入った原液をひとしずく舐めるだけで、濃すぎて味が楽しめません。「濃縮還元ジュース」も「カルピス」も、水で適度に薄めるからおいしく飲めるのです。

『ロードス島戦記 灰色の魔女』に次いで発売され、現在のライトノベルの原形となった作品がふたつあります。ひとつは神坂一氏『スレイヤーズ』、もうひとつは深沢美潮氏『フォーチュン・クエスト』です。

 この二作は「複数巻」で物語が展開されました。つまり始めから薄められて売られていたわけです。つまり「ポンジュース」や「カルピスウォーター」の状態。これなら買ってすぐ飲んでもおいしいですよね。

『ロードス島戦記』も二作目以降は複数巻で展開し、主人公パーンの冒険は文庫本七巻にわたって描かれました。水野良氏はのちに『漂流伝説クリスタニア』『魔法戦士リウイ』『ブレイドライン アーシア剣聖記』『グランクレスト戦記』とすべて複数巻の作品を書くようになりました。水野良氏の設定するテーマをじゅうぶん表現するには、複数巻が必要であるという証です。

 だから「剣と魔法のファンタジー」の「小説賞・新人賞」へ応募したいのなら、長編小説一本ぶん、原稿用紙三百枚、十万字前後に収まるテーマを設定しましょう。『ロードス島戦記』に感化されて壮大なテーマに取り組もうとしても、募集要項を満たす分量に収めたいのならどうしても濃縮せざるをえません。そうなるとライトノベルではなく重い小説になってしまうのです。

 今はシリアスな「重いライトノベル」も人気が出るようになりました。しかし受賞する作品の大半はポップな「軽いライトノベル」です。

 そもそもポップで軽いから「ライトノベル」と呼ばれます。メインターゲット層である中高生が、シリアスで重い「ライトノベル」を好むかどうか。そう考えるとポップで軽い「ライトノベル」のほうが多くの中高生に読まれそうですよね。またポップで軽いノリで育ってきた成年も「心はいつも十七歳」という方が増えました。そういった成年にもウケる作品はやはりポップで軽い「ライトノベル」のはずです。




寄り道をするほど軽くなる

 小説を軽くする方法はただひとつ。

「寄り道をする」ことです。

 たとえば「ド派手な魔法が飛び交うバトルシーン」が売りの作品の場合、ついバトルシーンを連続させて興味を惹こうとしてしまいます。

 しかしバトルとバトルの間に、まったく関係のない日常シーンを挟む。

 たったこれだけで作品が軽くなるのです。

「ド派手な魔法が飛び交うバトルシーン」は確かに注目を集めます。しかしそれだけでは疲れてしまうのです。とくに「ド派手なシーン」が続くと、「ド派手」のインフレが起こります。まったく同じレベルの「ド派手なシーン」を書くと、二回目、三回目のバトルに派手さを感じなくなるのです。だからバトルは際限なく「ド派手」になっていきます。

 マンガですが鳥山明氏『DRAGON BALL』では主人公・孫悟空が対戦する相手はどんどん強くなる。際限なく強くなるため、「強さ」のインフレを招いてしまいました。

「強敵が現われる」「孫悟空が敗北する」「孫悟空が修行する」「強くなった孫悟空が強敵を倒す」。この繰り返しです。孫悟空は強敵を倒すために、さらに強くならなければならない。でもそうなるとまったく面白くなくなります。『DRAGON BALL』が魔人ブウ編で終わったのも、「強さ」のインフレが頂点に達してこれ以上思いつかなかったからでしょう。そう考えるとあの時点で連載が終了したのも納得できます。

 しかし『DRAGON BALL』は単にバトルを描き続けたわけではありません。

「日常」シーンを巧みに織り交ぜて、物語を軽くしていったのです。たとえば「修行」シーンは「バトル」ではないため比較的「日常」シーン寄りでしょう。そういった「日常」をしっかり描いたことで、バトルシーンはより華やいだのです。

 本来ならバトルマンガは「バトル」シーンだらけになりやすい。しかし売れているバトルマンガは「日常」シーンを必ず挟んで和ませます。

 ボクシングマンガである森川ジョージ氏『はじめの一歩』も、緊迫した「試合」シーンとはほど遠い「日常」シーンを必ず挟んでいるのです。そのため、世界を目指す主人公・幕之内一歩たちの激しい「バトル」シーンがより緊迫したものになります。

 物語の中で幹や根である「重く」なるシーンだけでは、物語が重くなってシリアスな「重い作品」にしかなりません。枝葉を付けて寄り道することで、物語は自然と「軽く」なっていくのです。

 物語を「軽く」読めるから「ライトノベル」なのでしょう。

 その意味では『ロードス島戦記 灰色の魔女』は「ライトノベル」としては「重い」部類に入ります。『スレイヤーズ』『フォーチュン・クエスト』のような、「日常」シーンを織り交ぜることで、読み応えが「軽く」なるのです。

 あえてシリアスで「重い」作品にしたいのでなければ、「日常」シーンは必ず入れるようにしてください。それだけで読みやすさが変わってきます。





最後に

 今回は「寄り道するほど面白くなる」について述べました。

「ライトノベル」の祖である『ロードス島戦記 灰色の魔女』はシリアスで「重い」作品でした。これを「ライトノベル」と定義するのは正直難しい。

 その後に登場した『スレイヤーズ』『フォーチュン・クエスト』は、「日常」シーンを巧みに織り交ぜたポップで「軽い」作品です。これなら「ライトノベル」の名を冠しても納得できるのではないでしょうか。

 これから「ライトノベル」を書きたい方は、ド派手な「バトル」シーンにとらわれず、「日常」シーンも必ず書いてください。



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