1134.鍛錬篇:他人の模倣は真の実力にならない

 なにごとも初めてすることは「他人の模倣」から入る方が多い。

 タイガー・ウッズ氏のドライバー・ショットを真似したり、イチロー氏の振り子打法を真似したり。

 しかしそれであなたの実力がつくかと言えば、少し懐疑的です。





他人の模倣は真の実力にならない


 学習するとき、よく「他人の模倣」から入ると思います。

 しかし本当に「他人の模倣」をするとうまくなるのでしょうか。

「他人の模倣」はあなたの実力とならないのです。




模倣は本家を超えられない

 たとえば陸上百メートル走の世界記録保持者ウサイン・ボルト氏の走り方を模倣すれば、誰だって九秒五八で走れるのでしょうか。

 走れませんよね。

 しかし人類が十秒の壁を超えたとき、人々はジム・ハインズ氏の走り方をそっくりそのまま真似ました。すると少し時間は経ちましたが、十秒を破る選手が出るようになったのです。

 多くの人々が十秒の壁を突破するきっかけを作ったのは、アメリカの伝説的な陸上選手カール・ルイス氏。彼の走りはムダがなく、走ればつねに九秒台と安定していました。模倣するにはうってつけの人物だったのです。

 スターティングブロックの蹴り方、スタートダッシュ時の体の使い方、体を起こすタイミング、中盤から終盤まで加速を増すためのストライド。すべてが手本となりました。

 これにより多くの選手が十秒の壁を突破しますが、カール・ルイス氏の世界記録はなかなか破れません。

 そうです。「他人の模倣」は「劣化コピー」しか生み出さないのです。

 そこでカール・ルイス氏の走り方をベースとして、各選手が自分に合った走り方を考えるようになりました。

 こうして人類は次々と世界記録を更新するようになったのです。


 小説でも同じことが言えます。

 村上春樹氏が芥川龍之介賞を獲れなかった理由は、ノミネート作品が「海外文学の模倣」とみなされたからです。

 お笑い芸人ピースの又吉直樹氏が芥川龍之介賞を獲れた理由は、今の時代では珍しい「古典」のような作風にありました。又吉直樹氏は太宰治氏の作品を愛読しており、自身も太宰治氏の影響をメディアで発信しているのです。しかし又吉直樹氏は太宰治氏だけを手本にしたわけではありません。彼は小説をよく読む「多読家」でした。つまり「文豪」から流行りの書き手まで、幅広く読んでいたため、「古典」の雰囲気を持つ今の時代に合った作風を手に入れたのです。

 太宰治氏に強く影響を受けながらも、自身の書きやすい文体を模索したからこそ、村上春樹氏が獲れなかった芥川龍之介賞を授かったのです。

「小説賞・新人賞」で高く評価されるコツがあります。著名な作家の「劣化コピー」ではなく、その書き手独特の文体や作風で書くのです。

「劣化コピー」は本家を超えられません。手本となった書き手を超えるには、その書き手独特の文体や作風を「無理なく」書けるようになるまで馴染ませてください。

 最初は「他人の模倣」から入ってもかまいません。しかし、ある程度書き方がわかってきたら、自分が無理なく書ける文体や作風を見つけましょう。誰かの「劣化コピー」のままで「小説賞・新人賞」は獲れません。




模倣は実力にはならない

 最も危険なのは「他人の模倣」を極めれば自分の実力を高められると認識してしまうことです。

「他人の模倣」はやる気があれば誰にだってできます。たとえば村上春樹氏の熱狂的信者であるハルキストであれば、「村上春樹氏の模倣」を好きで行なえます。

 好きで行なっていれば身につきやすいので、「劣化コピー」はすぐ生まれるのです。

 しかし「村上春樹氏の劣化コピー」は村上春樹氏を超えられません。その書き手が「村上春樹氏の模倣」であると一発でバレるからです。

 もしハルキストが「小説賞・新人賞」を獲りたいのであれば、最初のうちは「村上春樹氏の模倣」でもかまいません。ですが、小説の書き方がわかってきたら自分が無理なく書ける文体や作風を見つけ出す必要があります。

「村上春樹氏の模倣」はハルキストの実力を高めたわけではないのです。「村上春樹氏に近ける」とは思います。しかし「村上春樹氏を超える」とは思えません。

 そもそも模倣する他人に依拠した書き方では、本家が書いていないジャンルの作品はいっさい書けないのです。参考にするべき作品が存在しませんから、どう書いてよいのかわからなくなります。

 もしハルキストが「スペースオペラ」を書きたいとしたらどうでしょう。村上春樹氏は「スペースオペラ」を書いていたでしょうか。おそらく範囲外だと思います。

 であればハルキストに「スペースオペラ」は書けません。

 それでも「スペースオペラ」を書きたいのであれば、「村上春樹氏の模倣」から脱しなければなりません。

 これまで「村上春樹氏の模倣」で作品を書いてきたハルキストは、そう簡単に模倣から脱せるでしょうか。

 おそらくハルキストは「(世界一の)村上春樹氏の模倣」をしているから自分の実力も相応に高いはずだと思い込んでいます。だから自ら村上春樹氏の呪縛を解けないのです。

「スペースオペラ」が書きたいと思っていながらも、「村上春樹氏がスペースオペラを書いていないから、自分も書かない」と判断してしまったら。せっかくの創作意欲がもったいなさすぎます。




自分の頭で考えろ

 初めのうちは模倣も結構。しかし、小説の書き方がわかってきてもなお模倣するようでは、その書き手に未来はありません。ハルキストが村上春樹氏を超えられないように。

 私がこれまで「この人を手本にすると小説の書き方がわかる」という形で紹介したのは長編なら「夏目漱石氏」、短編なら「芥川龍之介氏」、ショートショートなら「星新一氏」だけだと思います。

 それ以外あえて触れていません。

 この三名が書いていないものについては「自分の頭で考えて」ほしいからです。

「模倣」とは便利なもので、自分の頭で考えていなくても、表現できてしまいます。

「模倣」に終始すると、自分の頭で考えなくなるのです。

 あなたの頭の中にあるイメージを文章に表すとき、「模倣」だけしかしていないと引き出しが極端に少なくなります。あの「文豪」はこんなときこう書いていたな。と条件反射で導き出されるしかないからです。

 そうではなく、あなたの頭の中にあるイメージは、自分の頭で考えて文章に表していくようにしてください。

「こういう場面ではあの人はこんなふうに書いていたな。だから自分もそんなふうに書けば満点の表現ができるはずだ」は落とし穴です。

「小説賞・新人賞」の選考さんは、皆恐ろしいまでの多読家なので、「誰かの劣化コピー」だとすぐに見破られます。たとえどんなに表現が巧みであっても「誰かの劣化コピー」は大賞を獲れません。

 あなたが頭で考えて、脳内にあるイメージを読み手へ伝えるにはどう書けばよいのかな、を繰り返してください。

 その積み重ねがあなた独自の文体や作風を生み出します。

「あの人はこう書いていた」は参考にしかなりません。そのまま真似てしまえば「劣化コピー」です。

「小説賞・新人賞」の大賞を狙えるよう、日頃の訓練・練習から自分の頭で考えるクセをつけましょう。

 自分の頭で考えた表現に自信を持ってください。たとえ間違えていたとしても「自分の頭で考えた」事実が、そのまま経験値となってあなたの中で積み重なるのです。

 もし間違えていたのなら、振り返って「ここがうまく伝わっていなかったらしい。どう手直ししたら正しく伝わるのだろうか」を自分の頭で考えてください。

 失敗の積み重ねの上で、我々は成長していくのです。

 最初から「他人の模倣」をして失敗しない作品なんて書かないように。

 自分の頭で考えて、盛大にコケるところから正しい「小説の書き方」を学べます。


 本コラムは「模倣」できないレベルまで分解して書いていますので、「小説の書き方」はお読みになった皆様の気づきで形作られていくのです。

 ただの「テクニック集TIPS」ではありませんよ。





最後に

 今回は「他人の模倣は真の実力にならない」ことについて述べました。

「劣化コピー」は本家を超えられません。

 わかりやすく言うとアニメ『ルパン三世』の主人公ルパンの声優ですね。

 栗田貫一氏が頑張ってはいますけれども、山田康雄氏を超えられていません。声優交代でのパターンとして「同じ声質の人」を探すこともあります。しかし心機一転「新しい魅力を持った人」を充てることのほうが多いのです。

 栗田貫一氏は山田康雄氏に寄せようとしすぎて、やや窮屈な話し方になっています。「劣化コピー」が本家を超えられない証左です。

 そろそろ栗田貫一氏本来の声でルパンを演じてもよいのではないでしょうか。

 そこからが声優・栗田貫一氏のスタートだと思います。

 小説も「他人の模倣」だけに走ると「劣化コピー」にしかなりません。自分の頭で考えて書くクセをつけましょう。



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