1087.鍛錬篇:食事を書く

 今回は「食事」についてです。

 人間の三大欲求は「睡眠欲」「食欲」「性欲」です。

 ですが「性欲」は直接書いたら成人指定ですし、「睡眠欲」は寝てしまえば描写のしようもありません。

 結局一般小説で書けるのは「食欲」だけなのです。

 であれば、食事シーン・料理シーンはできるだけ魅力的に書いていただきたい。

「食欲」を刺激する小説が書ければ、作品の魅力は弥増します。





食事を書く


「小説を書こう」と思い立ったのに、いっこうに書ける場面が思い浮かばない。

 そんなときもあります。

 それなら「食事」シーンを書きましょう。




食べ物を書く

 一般的に人間の三大欲求は「睡眠欲」「食欲」「性欲」だとされています。

「性欲」を直接書くと成人指定になってしまいますので、一般小説ではまず書けません。それを「萌え」「フェチ」要素に落とせば、性的なものも一般小説に書けます。巨乳だったり貧乳だったり、太っていたり痩せていたり、マッチョだったり丸かったり。そんな体形に関する「萌え」「フェチ」要素は「性欲」を刺激するのです。

「睡眠欲」はとにかく寝ていればよい。初心者の書く小説の多くは、朝ベッドで起きるところから始まります。これは「睡眠欲」をそのまま書いているにすぎません。眠りに入るシーンをあえて書けば、読み手の「睡眠欲」を刺激して惹きつける効果が期待できます。

 そして今回のお題である「食欲」です。

 書くことがまったく思い浮かばないときは、食べ物について書きましょう。

 たとえば果物。リンゴやみかんやイチゴがどんなものか。日本人ならほとんどの方が知っているはずです。しかし世界に目を移すと、リンゴやみかんやイチゴを知らない外国人も数多くいます。砂漠が広がる中東諸国ではみかんやイチゴはまず実りません。つまり「みかん」「イチゴ」がどういう食べ物なのかを彼らは知らないのです。

 そんな知らない方に向けて果物を詳しく伝えようとする意識を持ってください。

 この意識があると「剣と魔法のファンタジー」で、その世界固有の果物を詳しく描写できます。

 異世界が舞台なのに、現実世界にある果物が登場するのって、よく考えると奇妙な話ですよね。多くの「剣と魔法のファンタジー」作品では、その世界固有の果物を描写して「異世界」感を演出しています。それは「食欲」を通して「異世界」を表現したいからです。

 しかし「剣と魔法のファンタジー」にはパンとワインが欠かせない。そう思っている方もいらっしゃいます。多くの「剣と魔法のファンタジー」は「中世ヨーロッパ」のような世界を舞台としていますから、パンとワインは付き物だ、ということなのかもしれません。

 あなたの「剣と魔法のファンタジー」にパンとワインが出てきませんか。それを疑問に思いませんでしたか。他人の「剣と魔法のファンタジー」作品にパンとワインが出てきたから、異世界にはパンとワインがあって当たり前なんて短絡的に考えませんでしたか。

 もちろん主食としてパンのようなもの、飲み物としてワインのようなものはあっても不思議はないのです。それが「パン」「ワイン」という名前だからおかしな話になります。

 まぁ「中世ヨーロッパ」を土台にすれば、「魔法や武器の名前に英語が使える」利点はあるのです。そこまで創作しても、読み手がついてこれません。

 食べ物はできればその世界固有のものであるべきです。しかし主食は「パン」「米」「コーン(とうもろこし)」「ポテト(じゃがいも)」「ひえ」「あわ」など現実にあるもののほうが読み手の負担になりません。

 ですが主食でないリンゴやみかんやイチゴなどは、その世界固有の名前が多く用いられています。「中世ヨーロッパ」になかったイチゴなんて、当時どう呼んでいたのかすらわかりませんよね。

 現代日本人が見た「にんじん」でも、異世界では「にんじん」とは呼ばないことのほうが多いのです。「にんじん」は主食ではありませんよね。




料理を書く

 主食が「パン」や「米」であろうと、食事くらいは「異世界」感を出したいところです。

 もし「異世界」にカレーライスがあったら、あなたはどう思いますか。

 そもそも「中世ヨーロッパ」にインド固有のスパイスがあったとはとても思えませんよね。東インド会社が開設されたあたりなら、さまざまなスパイスと調理法はイギリスに伝えられていた可能性もあります。しかしインドではナンで食べますし、イギリスではパンで食べるのです。カレーにライスを合わせたのは、おそらく日本が最もポピュラーでしょう。

 やはり「異世界」にカレーライスがあるのはおかしいと思いませんか。

 異世界でスパイスをどのように調達するのか、という問題もあります。どこかの南国と交易して手に入れているのか。そもそも異世界が「中世ヨーロッパ」ではなく南国のような気候なのか。

 その妥当性をあれこれ考えるくらいなら、カレーライスなんて出さないほうがよいのです。

 またサンドウィッチがあったら変ですよね。同じようなものがあったとしても、それは「サンドウィッチ」と呼べるのでしょうか。

「サンドウィッチ」はイギリスのサンドウィッチ伯爵ことジョン・モンタギュー氏の名に由来します。つまり異世界に「サンドウィッチ伯爵」はいるはずがないので、「サンドウィッチ」とは呼べないのです。

 同じようにシチューやグラタンやピザ、ピロシキやボルシチなどがあったら。やはり胡散くささしか感じません。

「異世界」を演出したいなら、まず料理や食事を現実世界から切り離しましょう。

「異世界」に和牛がいたらおかしいですよね。だとすれば「すき焼き」があるのも変だと思いませんか。「牛鍋」だって和牛だからよいのであって、アメリカ産だとがっかりしてしまいます。それなら「中世ヨーロッパ」を模した「異世界」にすき焼きも牛鍋も出さないでください。もし江戸末期から明治初期の日本を模した「異世界」だというのであれば、すき焼きや牛鍋があってもおかしくはありません。

 料理には地域色・時代性が表れます。あなたの「異世界」はどのような気候や地域や時代なのでしょうか。多くの作品が暗黙のうちに了解している「中世ヨーロッパ」ふうの世界観であれば、カレーライスもピロシキもすき焼きも牛鍋も出してはなりません。




あなたがいちばん好きな料理を書いてみる

 食事について書く。これは「人物が生きているんだ」と思わせる効果があります。

 しかし自分で料理したことのない方が料理シーンを詳しく書けるものでしょうか。

 まず無理だと思います。それでも食事シーンは外せません。長編小説なら必ず一度は食事シーンが欲しいところです。

 であれば、あなたがいちばん好きな料理を、できるだけ詳しくおいしく書けるよう努力してください。

 今回書いていただく料理シーン・食事シーンは実際に小説で用いなくてかまいません。文章を書く練習として、料理シーン・食事シーンをつぶさに書いてみるのです。どうすれば読み手においしそうに伝わるのか。読み手の「食欲」をくすぐるような文章が書けるのか。それだけを意識して料理シーン・食事シーンを書いてみましょう。

 逆にまずそうな食事をいかに書くのか、ということにも挑戦してみてください。保存食の干し肉がいかに固くて味けないのかを詳しく書くのです。


 食事シーンといえば「文豪」池波正太郎氏の名が挙がります。『鬼平犯科帳』『剣客商売』などで描かれた食事シーンはどれもおいしそう。しかし彼自身はあまり味覚にうるさかったわけではないそうです。それでも書かれている料理はとてもおいしそうに映ります。それだけ「食欲」を刺激する描写ができていたという証です。

 そう、味覚にうるさくなくても「食欲」を刺激する描写は書けます。どんな野菜・魚・肉が、どんな出汁・スープで、どんな熱さで、どんな歯ざわりで、どんなのどごしか。そういった情報を、さも体験したかのごとく書くのです。

 小説の書き手は食通でなくてもかまわない。いや、食通が小説を書いてもおいしそうには感じられないでしょう。味覚オンチの方が、細かな違いを表現して描写したほうが、格段においしそうに感じられる。


 これは食事だけに言えることではありません。

 たとえば体操選手の技さばきは、選手本人に書かせるよりも、知識のあるスポーツライターに書かせたほうが読み手に伝わるものです。

 食事はあくまでも描写の入り口でしかありません。

 食事シーンが丁寧に書ければ、他のシーンも過不足なく書けます。

 生きていくうえで誰もが経験する「食事」をどれだけ表現・描写できるのか。それが全体的な表現力・描写力として認識されるのです。





最後に

 今回は「食事を書く」ことについて述べました。

 人間は生きていくために誰もが「食事」をします。そんな料理シーン・食事シーンをうまく描写できる書き手は、描写力全般が高い傾向にあるのです。

 小説を書く練習がしたい方は、ぜひ料理シーン・食事シーンを題材に選んでください。

 それがどれだけ難しくまた奥深いかを知れば、さまざまな工夫が思い浮かぶはずですよ。



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