1085.鍛錬篇:孤独との闘いと観察眼
今回は小説を書く孤独と、
小説で文章を書くのはあなたひとり。他の誰もあなたの代わりに文章を書いてくれません。
対象を書くときはよく観察して描写しましょう。
孤独との闘いと観察眼
前回「小説投稿サイトではコミュニケーション能力がたいせつ」だと説きました。
しかし「小説を書く」のは書き手であるあなただけであり、読み手は誰ひとりとして書いてくれません。
「紙の書籍」の時代から、「小説を書く」という行為は「孤独」な作業だったのです。
それは小説投稿サイトの時代になっても変わりません。
文章を書くのはひとり
たとえプロとなり、担当編集さんと一緒に「企画書」を練って「あらすじ」が出来あがっても、文章を書くのはあなたひとりでの作業となります。
担当編集さんと協議して決めた
ひとりで頑張って文章で表現しても、担当編集さんを納得させられなければ書き直しです。甚だ理不尽。しかしそれが「プロ」です。
小説投稿サイトでの連載は、そんな「プロ」の疑似体験といえるでしょう。
人気のあるキーワード・タグを用いるのは担当編集さんと「企画書」を練ることに相当します。
どんな
書くべき内容が決まれば、あとは書き手であるあなたがひとりで表現しなければなりません。
書き手は書いている間「孤独」なのです。
「孤独」に耐えなければなりません。
仮に「孤独」に耐えて文章を書きあげても、それが評価されるとは限らない。
ときに罵倒さえも耐えられなければならないのです。
「孤独」に耐え「罵倒」に耐え、それでも己の能力をつねに磨き続けなければならない。
こう書くと、いかに「小説を書い」て「プロ」となるのが自罰的かわかるのではないでしょうか。
どんなに困難で挫けそうでも、文才を磨いて読み手が喜んでくれるような作品を書き続ける。
どう書けば称賛されるのか、罵倒されるのか。
挫折と観察
挫折を知らない書き手が書いた作品は、読み手の心に響きません。
書き手は数多くの挫折を経験するべきです。
主人公の挫折は書き手の経験からでないと表現するのが難しい。
挫折をどう乗り越えるかも、書き手の理想論よりも経験談のほうが読み手の腑に落ちます。だから書き手は数多くの挫折を味わうべきなのです。
挫折の経験は、小説の人物に深みを与えます。
計画も立てずに勢い勇んで行動して失敗したことのある書き手は、勢いだけで失敗する人物をより深く書けるのです。
よりうまく書けるのは、挫折する人物を傍から沈着冷静に観察している書き手です。
酔っ払いを書く場合、自分が酔っ払って失敗した酒飲みの経験談よりも、誰かが酔っ払って失敗するさまを冷静に観察している
映画ではジャッキー・チェン氏主演『酔拳』が好例かもしれません。
酔えば酔うほど強くなる酔拳は、本当に酔っ払っているとうまく使いこなせません。
酔っ払いの立ち居振る舞いをよく観察することが第一歩とされています。酔っ払いがどのように歩いているのか、どのようにバランスをとっているのか。足の運びや上体の動きをつぶさに観察して「どのように体を動かせば酔っ払いに見えるだろうか」と研究するのです。
演劇界の名優もこのような観察眼に長けています。
まったく酒の飲めない俳優が、持ち前の観察眼で誰がどう見ても酔っ払っているだろうと思わせる演技をするのです。
酒飲みには酒に飲まれる演技はなかなかできません。自分が酒に飲まれている状態を自覚できないからです。自覚する前にすでに飲まれているのですから。
酒の飲めない俳優は、酒に飲まれる人がどのような過程を経て酩酊するのかまでつぶさに観察できます。だから酒を飲む演技は飲めない俳優のほうが格段にうまいのです。
『酔拳』の演技も、ジャッキー・チェン氏が実際にある酔拳の動きだけでなく、自ら酒飲みをよく観察してリアリティーを追求しました。だからあれだけ多くの観客を魅了できたのです。
挫折したことのある人の体験談は強い。しかし挫折する過程を冷静に観察し分析した人の理解はそれよりも強いのです。
経験があっても観察は必須
よく「恋愛小説の書き手は恋愛に手慣れている」と思われがちです。しかし恋愛をしたことのない書き手が書く恋愛小説のほうが大ヒットすることも多くあります。
もし恋愛ものが経験だけでしか書けないのであれば、『失楽園』の渡辺淳一氏は不倫を数多くしてきたことになるのです。あそこまでドロドロの不倫劇を実体験だけで書ける人なんてまずいません。「不倫は文化だ」と言い切った石田純一氏にもあれだけのものは書けないはずです。
逆に純愛ものを書いて大ヒットした書き手が、実は不倫まみれの倫理観ゼロ野郎だった、というのはよくあります。
ヒロイック・ファンタジーを書いている人は、皆ヒーローのように勇敢な人物だとは限りません。現実には恐怖に怯えてしまう書き手のほうが多いはずです。
どのような主人公なら誰からも「ヒーロー」に見えるのか。
実際に「ヒーロー」だった人物であろうと描写できるものではありません。
たとえばオリンピックで四大会連続で金メダルを獲得した女子レスリングの伊調馨選手は、金メダルを獲る苦労は書けても厳しい挫折を書くのは難しい。ですが五大会連続出場を逃した今であれば、挫折を経験しているので書けるはずです。
しかし、レスリングをしたことのない男性が書いた女子レスリングの世界は、伊調馨選手の書く女子レスリング小説よりも真に迫っていることでしょう。
それは敗者の立ち居振る舞いから心境に思いを馳せるだけの観察力があるからです。
もし伊調馨選手が敗者に取材して観察し「敗者の気持ち」を理解すれば、おそらく世界一面白い女子レスリング小説が書けます。
挫折を経験してもなお観察する眼があれば、誰もが納得する作品に仕上がるのです。
あなたは剣術で世界一になる必要はありません。誰よりも銃の早撃ちがうまくなくてもかまいません。
すべて観察眼を磨けば、読み手が納得するだけの小説は書けます。
たとえ剣道で地区三位しか経験がなくても、世界一の剣術使いを主人公にした小説は書けるのです。
現在小説投稿サイトで流行りの「主人公最強」「俺TUEEE」な作品は、書き手自身が最強でない。ほとんどはひ弱で頭でっかちな書き手が書いています。それでも大ヒットしますよね。
最後に
今回は「孤独との闘いと観察眼」について述べました。
小説の文章を書くのは、あなたひとりにしかできません。
そのうち設定を入力すればAIが文章を書いてくれる日が来るかもしれませんが、今はまだそこまで技術は進んでいないのです。
だから孤独に耐えながらも文字を書き続けましょう。
また経験の差を埋めるのは妄想ではありません。観察眼です。
もし経験だけでしか小説が書けないのであれば、本当に「異世界転生」した人間が存在するということになりますよね。それを妄想で創ろうとしてもなかなかうまくいきません。似たような人物を観察することで、妄想よりもはっきりと書くべきものが見えてきます。
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