1070.鍛錬篇:語るより見せろ

 今回は「語るより見せろ」です。

「語る」とは説明すること、「見せる」とは描写することを指します。

「今日遠足へ行きました。」は説明であり「語る」です。

「クラス全員がバスに乗り込み、一路八ヶ岳に向かっている。途中で高速道路のサービスエリアに立ち寄り、トイレ休憩を済ませると今回の宿である旅館へと連れてこられた。」は描写であり「見せる」です。

 この違いがわかるまで、あなたは「小説賞・新人賞」で一次選考を通過できません。





語るより見せろ


 文章を書くうえでの心得は「語るより見せろ」です。

 本コラムでも「形容詞不要論」を書きました。形容詞で「語る」のではなく、文章を読んだ方がそう感じるように「見せる」「読ませる」のです。

 好きだ嫌いだ、愛している憎んでいる、恋している慕っている。

 これらの感情は、そのまま文字で「語る」よりも、そう感じるイベントを書きましょう。

 今回は『走れメロス』を例にします。





感情語不要論

「形容詞不要論」を拡大解釈して、ここでは「感情語不要論」を唱えます。

 つまり太宰治氏『走れメロス』の書き出し「メロスは激怒した。」すら否定するところから始めましょう、ということです。

『走れメロス』は一九四〇年と太平洋戦争前夜に発表された短編小説で、今から八十年も前になります。

 もちろん名作には違いないのです。しかし現在の日本語から見るとあらが目立ちます。

『走れメロス』の「箱書き」は「メロスが処刑されると承知のうえで友情を守り抜き、人の心を信じられなくなっていた王に信頼することの尊さを悟らせる」というものです。

 この「箱書き」を見て、書き出しに「メロスは激怒した。」と書くのは得策でしょうか。「箱書き」から離れた書き出しになっていますよね。

 物語のひねりとしては、書き出しから結末が予想できないため、ひじょうに効果的だとされています。

 しかしこれは「短編小説」です。余計なものを書いているスペースはありません。

 字数はこのうえなく貴重なのです。

 その観点から、「メロスは激怒した。」と書くのははっきり言って「ムダ」以外のなにものでもありません。

 この作品は、冒頭で設定を説明しすぎなのです。

――――――――

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感だった。

――――――――

 ここまで設定を説明しているだけです。これで現代の読み手を惹きつけられるかといえばまず無理でしょう。

 まず「邪智暴虐の王」ですが名前を書いていませんよね。これは先を読んでいけば「ディオニス」だとわかります。そこまでいかにディオニスが人を殺してばかりいる暴君であるかを読ませているのです。そういう観点では「邪智暴虐の王」の名前はそれほど重要なものではないのでしょう。

 無実の者たちが大量に殺されていることを知った「メロスは激怒した」わけです。ここで書き出しと呼応する説明が出てきました。


――――――――

 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏じゅんらの警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。

――――――――

 さて、皆様にはこの部分がいかにおかしいかおわかりになりますか。

「メロスは、単純な男であった。」という一文。これは書く必要がありません。実は、単純さを示すだけなら「メロスは、単純な男であった。」と書かなくても伝わるのです。そもそも「買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。」わけですから、単純以外のなにものでもありません。しかも懐中には短剣を持っています。この部分で「メロスは、単純な男であった。」と書く必要はなかったのです。





名前を付ける必要のない人物

 実は冒頭部分の続きでディオニスの説明より先に、「十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。」という部分が出てきます。

 この物語の出来事イベントである「妹の結婚式に出席するために、メロスは走り続ける」ための伏線です。

 しかしメロス自身の年齢はわかりません。短編小説だから書く必要はありません。ですが、妹の年齢だけは書いてある。バランスが悪いことこのうえない。妹の年齢を書くのなら、メロスの年齢を示唆する説明があってもよいはずです。


 そののち「メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。」となります。処刑となるメロスが妹の結婚式に出るため、三日間身代わりとなる人物です。名前が付いている数少ない人物となります。


『走れメロス』の登場人物は何名かいますが、名前が付いている人物は限られます。

 主人公のメロス、竹馬の友セリヌンティウス、賢臣アレキス、邪智暴虐の王ディオニス、セリヌンティウスの弟子フィロストラトスの五名だけです。

 メロスの妹にもその花婿にも名前はなく、メロスにディオニス王の暴虐ぶりを話して聞かせる老爺にもメロスを襲う山賊にも名前はありません。

 しかも「賢臣アレキス」は殺された人に列記されるだけで、物語のうえではまったく意味のない名前です。このような人物には名前をつけないほうがよいでしょう。

 説明口調がいちいち厭味いやみったらしい太宰治氏も、名前を付ける人物を可能なかぎり絞っています。「賢臣のアレキス様」に名前を付けなければ、現代の短編小説にも通じるスリムさを誇っているのです。

 皆様も、短編小説を書くときは「名前を付ける人物は最低限まで絞り込む」ようにしてください。そうすれば物語の核となる人物が明確になります。





語るより見せろ

『走れメロス』が現代の短編小説として通用しないのは、やたらと説明しすぎなところにあります。「神の視点」で書かれていることも関係しているのでしょう。

 短編小説としてエピソードをまとめるために、出来事イベントをすべて説明してしまっているのです。

 メロスが市にやってくる。老爺からディオニスの暴君ぶりを聞く。城に入って王を殺そうとする。すぐに捕まる。王と「妹の結婚式を見たら処刑されてもよい」と約束する。竹馬の友セリヌンティウスが三日間メロスの身代わりになる。メロスは走り続けて村へ帰る。妹の結婚式を急遽執り行う。すぐに市へ取って返して走り続ける。橋が流されている。山賊に襲われる。それでも前へ進み続ける。日が沈みそうになった頃、セリヌンティウスの弟子フィロストラトスが現れてメロスに走るのをやめさせようとする。しかしメロスは走り抜いて、セリヌンティウスが処刑される前に刑場へ帰ってくる。セリヌンティウスとメロスが互いを殴り合って友情を確かめ合う。その光景を目の当たりにした暴君ディオニスは、友情という感情を取り戻す。

 これらを短編小説にまとめようとすれば、どうしたって出来事イベントをすべて説明するしかなくなります。

 この短編小説は中編小説や長編小説まで膨らませれば、もっと魅力的な物語になったはずです。

 だから「語るより見せろ」と言われます。

 同じ物語も、見せずに語ると内容が詰まりすぎるのです。


 文章の長さは「物語に組み込む出来事イベントの量」で決まります。

『走れメロス』は最低でも中編小説、できれば長編小説として書くべきだった。

 しかし太宰治氏にはそれだけの余裕がなかったのです。

 結果として長編小説にできるだけの物語で短編小説を書いてしまいました。

 おそらく太宰治氏は「企画書」「あらすじ」「箱書き」「プロット」の順に創っていません。

 この詰まり具合を見ると「あらすじ」止まりです。

 しかもその「あらすじ」をそのまま説明として書いています。

 もし現在の「小説賞・新人賞」へ『走れメロス』を応募したら、確実に一次選考で落とされる。そのくらい「見せずに語って」います。





最後に

 今回は「語るより見せろ」について述べました。

『走れメロス』を改めて全文読み直してください。今なら「青空文庫」で読めますよ。

 太宰治氏がどれだけ「見せずに語って」いるのかを知りましょう。あんな書き方では「小説賞・新人賞」の一次選考すら突破できない「よい見本」となります。

 太宰治氏は戦中派の「文豪」です。今の時代には見直されることのない存在かもしれません。しかし物語そのものは面白いのです。

 彼の作品を座右の書としたお笑い芸人ピースの又吉直樹氏は、太宰治氏の着想を「語るより見せろ」で示した結果、芥川龍之介賞を獲得できました。

 あなたの小説がもし一次選考を通過できないのであれば、太宰治氏と又吉直樹氏の関係性を見出だしてください。

「語るより見せろ」が実践できれば、一次選考は必ず通過できますよ。



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