1069.鍛錬篇:物語と関係のない情報は不要

 今回は「情報のスリム化」についてです。

 均整のとれた小説を書くには、物語と関係のない情報は書かないようにしてください。





物語と関係のない情報は不要


 小説にはなんでも書けます。

 書かなければ「存在しない」か「一般的なものは存在する」かの二者択一です。

 書き手としては書かなければ「存在しない」のだから、せっかく設定したものは「すべて書いてしまおう」としてしまいます。




書かなければ確定できない

 たとえば「剣と魔法のファンタジー」世界で王都にやってきたとします。

 そこは河川の両岸に都市を築いたので、水自体は簡単に手に入るでしょう。

 飲み水はそれを沸かした煮沸水が主流です。

 しかしもし井戸が至るところにあって、「飲み水は井戸から汲んできて使う」となればどうでしょうか。

 王都に「井戸がある」と書かなければ、生活用水は河川から各家庭に引き込んだ上水を利用します。

 それが「生活用水の井戸が地区ごとにある。」と書いてあれば、飲み水は地区ごとにある井戸から汲んでくるのだろうと、読み手は判断するはずです。

 この場合「井戸がある」と書かなければ、王都には井戸がない可能性があります。


 では逆に「生活用水は王都を縦断する河川から各家庭へと引き込まれた上水を利用している。」と書けばどうでしょうか。

 これでわかるのは「生活用水の源は河川」であることだけです。

「井戸がある」とも「井戸がない」とも書かれていないので、王都に井戸があるのかないのか確定しません。この場合、のちのち「井戸」を出しても食い違いは起こりません。

 しかし「生活用水は王都を縦断する河川から各家庭へと引き込まれた上水を利用している。そのため井戸はない。」と言い切ってしまったらどうでしょうか。

 この王都には「井戸はない」と断定しているため、のちのち「井戸」を出してしまうと食い違いが生じます。


 事物は書くことで存在し、また消滅するのです。

 井戸だけではありません。

「王国では国王を補佐する宰相がいる。」と書けば「宰相」という地位が存在し、「王国では国王を補佐する官僚がいる。」と書けば「宰相」がいるかどうかはわかりませんが、官僚たちが国王を補佐していることはわかります。

「国王が直接統治しているため、宰相を置いていない。」と書けば、明確に「宰相」という地位は存在しないのです。




あえて書かないという選択

 このように、設定は書かなければ読み手に伝わりません。だからどうしても「せっかく設定したのだから、すべて書いておかないと」という思考になります。

 しかし本当にすべてを書いてしまえば読み手へ誤りなく伝わるかどうかは疑問です。

 たとえば王都では水洗トイレが普及しているとします。


 そこで「王都では河川から各家庭へ上水が引き込まれているため、トイレも水洗だ。下水は汚水処理施設へと流されていく。」と書くのです。

 これはまったく誤りのない説明ですが、この情報は本当に必要不可欠なものでしょうか。

 もし物語で主人公や他の人物が一度もトイレへ行くシーンがないとしたら。

「トイレが水洗」かどうかなんてまったく必要のない情報ですよね。

 また「トイレが水洗」であることで、物語にどんな影響があるのでしょう。

 たとえば上水道が断たれて都市機能が麻痺する、というエピソードがあるとすれば。「トイレが水洗」だと説明しておく必要がありますよね。

 もし上水道が断たれて都市機能が麻痺した後に、「トレイが水洗」だと説明したら。かなりの後づけ設定だと見なされます。物語で重要な役割を果たす情報は、始めのうちにきちんと説明しておくべき。イベントが起こってから「実は○○でした。」では興醒めもよいところです。

 だから、物語で起こるイベントに関する情報は事前に、できるかぎり早い段階で読み手へ提示されていなければなりません。

 物語に必要なら早めに書く。これが鉄則です。

 逆に、物語にまったく絡まなければ、その設定は書く必要がない。

 書いてしまうと「伏線かな」と思われ、物語が終わるまでその設定がまったく使われなかったら「まったく関係なかったのかよ」と憤られます。

 推理小説なら、読み手をミスリードするために、あえてこのような「いかにも物語に関係してきますよ」という設定を物語の始まり付近に書くこともあります。

 しかし「剣と魔法のファンタジー」で、あえて読み手をミスリードする必要がありますか。ないですよね。

 それならせっかく細部まで設定したとしても「あえて書かない」選択をしましょう。

 細部まで設定することで物語はひじょうに強固な世界観を手に入れられます。ドラゴンがいないはずの世界観に、ドラゴンは登場しないのです。

 もちろん物語として、最初はドラゴンが存在しない世界観で進んでいても、ラスボスとして存在しないはずのドラゴンが出てくる。これはあります。

 物語でさんざん「ドラゴンは存在しない」と前フリしてあっても、ラスボスとして現れれば「存在しないはずのドラゴンが世界を牛耳っていたのか」と驚きが味わえるのです。

 意図的に「隠す」ために「その情報に触れない」でいてもかまいません。

「あえて書かない」とは、情報が確定させず伏線としないためです。

 王都のトイレに言及しないのも、物語でトイレを使わないから。言及してしまったのなら、王都のトイレを使うシーンがどうしても必要になります。

 もし言及しながらトイレを使わなかったら、「トイレは関係ないのかよ」と憤られるだけです。


 書き手はムダなことを書いてはなりません。

 小説の文章に登場するものは、物語と関係のあるものだけです。

 関係がないものを「あえて書く」必要などありません。むしろ関係がないものは「あえて書かない」ほうがよいのです。

 たとえドラゴンがラスボスでも、商人に「ドラゴン? 今の時代にそんなものはいないよ。それよりこんな品物があるんだが……」と言わせてしまう手もあります。

 こういう情報を読んでいると「今の時代にはドラゴンなんていないんだ」と読み手に思わせられるのです。実際にラスボスがドラゴンであっても、「今の時代にそんなものはいない」とだけ書いてあります。過去には存在していたと匂わせられますし、今の時代までドラゴンが裏から世界を操っている設定にしても問題ありません。

 ミスリードを誘いたければ関係がないものでも「あえて書く」、関係があるものでも「あえて書かない」というルールです。

 もし物語の始まりのほうで「そのものの情報」が書かれていないのに、「そのもの」が重要なものとなってしまう事態は回避しましょう。後づけ設定だと思われると、読み手の評価を下げてしまうおそれがあります。


「小説賞・新人賞」を狙っているのなら、絶対に「後づけ設定」だと思われないようにしてください。「あえて書いた」情報を活かして、物語の展開にまったく関係ない情報は「あえて書かない」のです。こうすれば物語は「伝えたいこと」に最適化されます。ムダのない「均整のとれた」物語に仕上がるのです。

「小説賞・新人賞」を獲る作品は、最低限このような「均整のとれた」文章になっています。





最後に

 今回は「物語と関係のない情報は不要」について述べました。

「あえて書く」「あえて書かない」を徹底すれば、「均整のとれた」小説が書けます。

 物語でトイレが重要な役割を持っていれば、トイレについて書いてもよいでしょう。

 しかしトイレが重要な物語なんてかなり特殊ですよね。トイレが男女に分かれているなら、「男装の麗人」はどちらを使用するのでしょうか。これは物語を進めるうえで大きな問題になります。だからトイレを「あえて書く」のです。

 トイレを使用する場面シーンが出てこないのであれば「あえて書かない」ようにしてください。書いてしまうから肩透かしを食らうのです。最初から書かなければ、読み手はトイレを気にする必要がなくなります。

 小説に必要なのは「物語と関係のある情報」だけです。「物語と関係のない情報」など要りません。



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