1065.鍛錬篇:もうひとつの人生を歩む

 今回は「主人公のレベル」についてです。

 小説の主人公は書き手の「もうひとりの自分」でもあります。

 それだけの年月をかけて練り上げてきたものがあるから愛着も湧くのです。

 しかしたったひとりの主人公で小説を書き続けてはなりません。





もうひとつの人生を歩む


 物語の作り手、小説の書き手は、一般の人とは異なります。

 一般の人はひとつの人生を送るだけで手いっぱいです。

 しかし作り手、書き手は、今を生きる以外に「もうひとつの人生を歩み」ます。

 そうしなければ、私小説しか書けません。




主人公はもうひとりの自分

 物語の作り手、小説の書き手にとって、主人公は「もうひとりの自分」です。

 あなたの心の中で、現実のあなたとは異なる人生を歩みます。

 最たるものは、書き手は女性でも男性が主人公と、性別が異なるのです。

 現実では臆病でも、もうひとりの自分はとても勇敢で不正を許せない正義の心を持っています。

 だから臆病な女性の書き手でも、男主人公のヒロイック・ファンタジーが書けるのです。

 主人公はあなたの想像力から外れません。

 それは主人公が「もうひとりの自分」である証です。

 もし本心から純愛プラトニック・ラブを信奉する書き手なら、「ハーレム」ものは書けないでしょう。「ハーレム」はさまざまな異性をはべらせる要素です。純愛プラトニック・ラブを信奉する書き手には、ハーレムを築く男性の心境はわかりませんし、彼を取り巻く女性たちの気持ちもわかりません。


 作り手、書き手の心の中で、主人公は生きています。

 物語を作りたい、小説を書きたいと考えている方は、「もうひとりの自分」である主人公の生きようを他の人にも伝えたいのです。

 その衝動もなしに物語や小説は作れません。

 あなたの心の中に「もうひとりの自分」は住んでいるでしょうか。その主人公は、あなたの代わりになにを行なっているのでしょうか。

 現実ではできないことが「もうひとりの自分」ならできる。

 たとえば「もうひとりの自分」は空を飛べます。宇宙を漂います。百メートルを三秒で走り、泳げなくても競泳で金メダルを獲るのです。頭脳明晰で東大法学部を首席卒業し、学生ながらも司法試験に合格する。警察キャリアとして捜査一課に配属されて難解な殺人事件へ挑みます。

 こんな夢のような主人公を心の中に住まわせているのです。

 誰にだって知らしめたくなりますよね。

 人間は心の中で、自分にないものを持つ「もうひとりの自分」を住まわせている。そうして心や精神のバランスをとりながら日々生活しているのです。

 毎日同じ作業をする専業主婦は、アバンチュールを楽しむためにハーレクイン・ロマンスを読みます。

 毎日勉強に明け暮れる受験生は、強大なドラゴンや魔王を倒すために「剣と魔法のファンタジー」を読むのです。

 また恋愛経験がまったくない人は、「もうひとりの自分」に理想とする異性とのロマンスを夢見ます。

 そうやってバランスがとらなければ、心や精神が壊れてしまうでしょう。

 人間の心の中には「もうひとりの自分」が必ず存在します。

 暇が出来たとき、その「もうひとりの自分」を主人公にした物語を進展させるのです。

 であれば、あなたが本当に書きたいのは「もうひとりの自分」を主人公にした物語や小説ではありませんか。

 自分の心を偽らないでください。

 あなたの心の中に住む「もうひとりの自分」が活躍する物語や小説こそ、あなたは本当に書きたいはずです。




もうひとりの自分を否定されたくない

 書きたい物語や小説がわかっているのに、それを形にしようとしない方々がいます。

 彼らは「意を決して『もうひとりの自分』を主人公にした小説を書いて、もし誰からも評価されなかったらどうしよう」と考えているのです。

 作り手、書き手として絶対に外したくない物語や小説だからこそ、文章化するのをためらいます。

「もうひとりの自分」を主人公にした小説を書いて、それを否定されたくない。

 だから書きたいのに書けないのです。

 安心してください。

 もし「もうひとりの自分」を主人公にした小説が評価されなくても、心の中には新たな「もうひとりの自分」が誕生するからです。

 今の「もうひとりの自分」だけに拘泥する必要はありません。形にして書き切ると今の「もうひとりの自分」は浄化されて心の中から消えていきます。

 そして「もうひとりの自分」を新たに構築し始めるのです。

 いくら「もうひとりの自分」を主人公にした小説を書いても、新たな「もうひとりの自分」は次々と湧いて出ます。

 だから今の「もうひとりの自分」を否定されたくないから小説にしたくない、とは思わないでください。

 今の「もうひとりの自分」は、今あなたが抱えている「煩悩」そのものです。それを浄化すると、新たな「煩悩」が生まれます。

 人の「煩悩」は百八つあるといわれています。つまりあなたが悟りの域に達するまでに百八つの小説を書けるのです。

 だから今の「もうひとりの自分」を否定されたくないから小説にしたくない、は杞憂なのです。

 ひとつの物語が終止符を打てば、次の主人公があなたの心の中に湧いて出ます。

 逆に言えば、今の「もうひとりの自分」を浄化させたくないから「エタる(エターナル:永遠に終わらない)」のです。

 終わらせると「もうひとりの自分」が消えてしまうから恐怖を感じます。

 しかし上記したとおり、今の「もうひとりの自分」は確かに消えますが、新たな「もうひとりの自分」が生まれるのです。だから安心して物語や小説を終わらせてください。

 レベル1の「もうひとりの自分」を書き終えればそれが消えて、レベル2の「もうひとりの自分」が芽生える。レベル2の「もうひとりの自分」を書き終えればそれが消えて、レベル3の「もうひとりの自分」が生まれるのです。

 小説を書けば書くほど精神的に成長します。

 詰まるところ「もうひとりの自分」がどんどんレベルアップしていくのです。

 だから「もうひとりの自分」を出し惜しみしないでください。

 どんどん形にして発表しましょう。




主人公のレベルが物語の面白さを左右する

 レベル1の主人公では「小説賞・新人賞」を獲得できません。

 できるかぎり高いレベルの主人公が活躍する小説を「小説賞・新人賞」へ応募するのです。

 レベル1の主人公で「小説賞・新人賞」が獲れてしまうのもない話ではない。これは「出合い頭の事故」に等しい確率です。

 偶然「小説賞・新人賞」が獲れてしまうと、担当編集さんから主人公のレベルアップを強制されます。しかし「もうひとりの自分」という「煩悩」を浄化させて湧いて出た新たな「もうひとりの自分」ではないため、主人公のレベルアップは困難です。

 結果として、担当編集さんの言うがままに主人公が改変され、「もうひとりの自分」をけがされた気分になります。想像するだけで嫌気が差すでしょう。

 だから主人公のレベルは応募作の執筆段階で、できるだけ上げておくべきです。

 主人公のレベルが高ければ、魅力も相応に高まります。


 マンガですが北条司氏『CITY HUNTER』の主人公・冴羽リョウは相当レベルが高いと思いませんか。

「世界一の掃除屋スイーパー」として射撃の正確さと格闘術の卓越さ、至近距離で銃口と引き金にかけられた指を見て弾を回避できる反射神経の高さを遺憾なく発揮しています。それだけだとレベルはそれほど高いわけではありません。中二病をこじらせた書き手なら作れなくはないのです。

 そこに人間味を加えることでレベルが上乗せされます。たとえば女に目がない。美女の依頼しか受けない。美女を見ると「もっこり」と言いながら飛びつこうとする。相棒の槇村香がそれを迎撃する。

 冴羽リョウは裏社会では最強として恐れられています。しかし地元の新宿(とくに歌舞伎町)では「もっこりリョウさん」として親しまれる存在です。

 もし冴羽リョウがさいとう・たかを氏『ゴルゴ13』のデューク東郷のような、ひたすら強いだけの人物だったとしたら、読み手を惹きつけられたでしょうか。

「強さ」にもレベルがあります。単純にRPGのレベルのようなものですね。デューク東郷は射撃の正確さに関してはレベル999と言ってよい。冴羽リョウも正確無比な射撃を誇りますが、槇村香が相棒となってからはほとんど敵を射殺していません。また美女が相手にまわるとどうしても手を抜いてしまいます。デューク東郷はいっさい手を抜きません。美女が相手だろうと無表情で射殺します。

 コミックスでは「裏社会No.1の掃除屋スイーパー」から始まって、「美女に弱い」「美女を見たらすぐもっこりする」「飛行機で空を飛ぶのが嫌い」とどんどんマイナス要素を加えながら連載が続き、最終的に「やっぱり冴羽リョウって最強だよな」と読み手に思わせたのです。ただの殺し屋ではなく、血の通った人間としてのレベルが高い。

 折を見て新しい一面を加え、主人公としてのレベルを上げていく。北条司氏にとって最初は『CAT’S EYE』に登場するネズミという人物を主人公とした作品でしかありませんでした。それが「もうひとりの自分」としてさまざまな変化を加えていくことで、北条司氏の代表キャラになったのです。その魅力は二〇一九年に新作映画が上映されたことでも示されました。


 ライトノベルとしてはやはり川原礫氏『ソードアート・オンライン』の主人公であるキリトと、鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』の主人公である上条当麻。このふたりを外して「もうひとりの自分」としての主人公は語れません。

 ともに第一巻から最新巻までにさまざまな要素が反映されて「主人公がレベルアップ」していきました。魅力的な主人公は、書き手にとって「もうひとりの自分」なのです。

「もうひとりの自分」だからこそ、理想を重ねられます。

 また連載していくことで、一度「もうひとりの自分」を書き切り、新たな「もうひとりの自分」として生まれ変わってくる。次巻を書いてまた消えていき、新たな「もうひとりの自分」が立ち上がってくるのです。

 読み手を惹きつける主人公とは、書き手にとってレベルの高い「もうひとりの自分」だと言えます。

 そのくらい主人公にのめり込めなければ、読み手に主人公のよさを感じさせられません。

 小説を書くには、冷静に進行を管理する判断力と、「もうひとりの自分」にのめり込む熱量が必要です。

「頭は冷たく、ハートは熱く」

「小説賞・新人賞」を狙うためにも、この心意気で執筆していきましょう。

 けっして偶然の「処女作受賞」は目指さないでください。





最後に

 今回は「もうひとつの人生を歩む」ことについて述べました。

 書き手にとって主人公は「もうひとりの自分」です。

 そのくらいのめり込めなければ、読み手を惹きつける魅力は出せません。

 だからといって同じ主人公だけを書き続ければよいわけでもない。

 ひとつの物語をきちんと終えて「もうひとりの自分」である主人公を消し去るのです。そうすれば新たな「もうひとりの自分」が湧いて出ます。

「読み手からの反響がよいこの主人公を、できるだけ長く活躍させたい」と思ってしまうものです。しかしそれでは主人公のレベルは低いまま。

 いったん完結させて古い主人公を消し、新たな主人公に活躍させるのです。

「もうひとりの自分」を新たな境地で生み出せれば、以前の主人公よりレベルの高い主人公になります。その主人公が活躍する作品を書き終えて、さらにレベルの高い主人公を生み出していくのです。

 これを繰り返せば「小説賞・新人賞」に値するほどレベルの高い主人公は必ず生まれます。

 とくにライトノベルは主人公のレベルが高くないと、どれだけ斬新な物語でも正当に評価されないのです。主人公のレベルが高ければ、定番の物語でも高く評価されます。

「もうひとりの自分」であるひとりの主人公にかかずらわず、よりレベルの高い主人公を次々と生み出すことで、「小説賞・新人賞」が獲れるほどの作品は必ず書けるのです。

 たったひとりの主人公を、手を替え品を替え書き続けても、主人公のレベルは上がりません。小説は、現れた敵を倒し続ければ確実にレベルアップするRPGではないからです。



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