1050.対決篇:数字にこだわる
今回は「細かな数字」についてです。
リアリティーを出すためには、嘘でもよいので「一桁までの詳細な数字」を書きましょう。
これは村上春樹氏だけでなく、私の好きな『銀河英雄伝説』で田中芳樹氏も用いています。
数字にこだわる
村上春樹氏はとにかく数字にこだわるそうです。
今回も要所でちくま文庫・ナカムラクニオ氏『村上春樹にならう「おいしい文章」のための47のルール』を引いていきます。タイトルが長いので『47のルール』と呼びます。
細かい数字にこだわる
『47のルール』では「「千の位」「百の位」だけでなく「一の位」に細部に至るまで謎めいた数字を決めています。細かい数字を書くことで、情報の現実味が増すのです。/「ビタミンCが多く配合されています」よりも「レモン48個分のビタミンCが配合されています」と書いたほうがリアルに感じます。/「1日に500個も売れてます!」と書くより「3秒に1個売れてます!」と書いたほうが、なぜか伝わるのです。数字を大きく見せようと四捨五入したりキリよくしてしまいがちですが、あえて細かい数字を書くことで信頼性が増すのです。」とあります。
「一の位」まで細かく書くのは「文豪」たちも行なっています。別に村上春樹氏が発祥ではないのです。それをさも「村上春樹氏の特徴だ」と持ち上げているのが『47のルール』の著者ナカムラクニオ氏。勘違いも甚だしいと思いませんか。
村上春樹氏のデビュー作『風の歌を聴け』には、細かな数字がたくさん登場しているようです。
「「彼女の死を知らされた時、僕は6922本めの煙草を吸っていた」にはじまり、主人公の彼女は「三番目に寝た女の子」と呼ばれ、名前も語られません。そして、「当時の記録によれば、1969年の8月15日から翌年の4月3日までの間に、僕は358回の講義に出席し、54回のセ○クスを行い、6921本の煙草を吸ったことになる」という描写があります。」とされます。
また「一夏中かけて、僕と鼠はまるで何かに取り憑かれたように25メートル・プール一杯分ばかりのビールを飲み干し、ジェイズ・バーの床いっぱいに5センチの厚さにピーナツの殻をまきちらかした。そしてそれは、そうでもしなければ生き残れないくらい退屈な夏であった。」とあります。
「文章中に細かな数字を取り入れると、それが嘘でも文章全体にリアリティや説得力が増す。バカバカしいくらい細ければ細かいほど、魅力を感じてしまうのが不思議です。」とも書かれているのです。
約8か月(247日)の間に煙草を6921本吸ったことになります。1日28本吸うヘビースモーカーですね。これ、きちんと計算して書いた本数でしょうか。どうも適当に書いた数字に思えます。1日28本に
「三番目に寝た女の子」についてですが、一人目は高校のクラスメイトで高卒数カ月後に別れます。二人目は地下鉄の新宿駅で出会った16歳のヒッピーで一週間ばかり僕のアパートに居候して去ります。「三番目の女の子」は大学の図書館で知り合った仏文科の学生で翌年の春休みに林で首を吊って自殺します。
「16歳のヒッピー少女と寝た」わけですから、今で言う「淫行」です。小説の登場人物であってもこういう犯罪行為をデビュー作にぶち込んでくる村上春樹氏は只者ではありません。恐ろしく面の皮が厚いという意味で。
他にも「三人の叔父」がいるようです。一人はデレク・ハートフィールドの本を僕にくれた人でその3年後に腸の癌で死亡。一人は終戦の2日後上海で自分で埋めた地雷を踏み死亡。一人は手品師として全国の温泉地を回っている。とされます。
このように『風の歌を聴け』では一桁まで細かな数字を用いて、さも
ちなみにこのデビュー作『風の歌を聴け』は小説賞を受けたり候補になったりしています。そのときの選評が以下です。
第22回群像新人文学賞を受賞したとき、講談社内では「こんなちゃらちゃらした小説は文学じゃない」という声があり、出版部長にも受け入れられなかったという。と『Wikipedia』にあります。
第81回芥川龍之介賞の候補となったとき、瀧井孝作氏の選評で「外国の翻訳小説の読み過ぎで書いたような、ハイカラなバタくさい作だが……。」、大江健三郎氏の選評で「今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をかれ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向付けにないのが、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた」とあります。
つまり酷評されたのです。こんな作品を候補に出すなよという選考さんの苦言が見て取れます。
数字にこだわるのは悪くないのです。しかしデータとして見た場合、それがきちんと裏打ちされた数字かどうか。それが問われます。
群像新人文学賞は獲れても芥川龍之介賞を獲れなかったのは、まさにデータに裏打ちされた数字ではなかったから、という側面もあるでしょう。
主因はアメリカ小説の翻訳を読みすぎているのではないかという作風にあるようですが。
日本の小説賞がアメリカ文学に授けられるとは思えませんからね。
年齢を具体的に書く
『47のルール』によると「村上作品を読むと登場人物の年齢設定が細かいことに気づきます。読者が主人公に共感しやすくするために、あえて年齢を具体的に描くことが多いのです。」とあります。
たとえば「32歳のデイトリッパー」では「三十二歳の僕と、十八歳の「せいうち」のようにかわいい彼女のたわいのない会話が描かれた作品です。」「三十二歳と十八歳という年齢も、禁断の恋という男性の願望が絶妙に表現されていると思います。」「この十八歳の彼女というギリギリ法律に違反しないような年齢だからこそ、魅力を感じるわけです。」とあります。
村上春樹氏にとって年齢とは、歳の積み重ねではなく「刺激的か」「魅力的か」という側面でだけ設定されているのです。
しかも村上春樹氏だけが年齢設定に細かいわけではありません。
私だって年齢マニアです。
本コラムに掲載した『秋暁の霧、地を治む』のキャラ設定を見てもらえば、どのキャラが「今何歳か」すぐにわかります。年齢を設定しないほうが少ないのです。
プロの書き手で、年齢設定に疎い方を私は知りません。プロだからこそ、物語が破綻しないように設定はしっかり行なうものだからです。
皆様も、登場人物の年齢設定はしっかり行なうようにしてください。
ただ「刺激的か」「魅力的か」だけで設定しないようにしましょう。
最後に
今回は「数字にこだわる」ことについて述べました。
数字に細かいといえば『銀河英雄伝説』に代表される田中芳樹氏です。彼は戦闘に参加した艦艇数や人員数、失った艦艇数や死亡した人員数などを一桁まで詳しく書いています。
それに比べたら、村上春樹氏なんてデタラメもよいところです。
ある程度の
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