1018.面白篇:大量に読まれようとするより少人数に読まれよう
今回は「失われた二十年」についてです。
この時期に奮闘した書き手はパッと咲いて散りゆくか、その後に咲き誇ったかの二者択一となりました。
基本的に勝負してはいけない局面だったのです。
大量に読まれようとするより少人数に読まれよう
「文豪」時代、小説は大量に読まれるものでした。
しかし出版不況の現在、これまで「大量に読まれてきた」はずの文学小説の売上が芳しくありません。
それに引き換え、少数の読み手に支えられるマニアックなライトノベルが多数売れています。
なぜ文学小説が凋落し、ライトノベルが売り上げを伸ばし続けているのでしょうか。
大量生産・大量消費の時代ではなくなった
まず考えられるのは、人々が画一的ではなくなりました。
ひとつの作品が通の人に支持されて、口コミで作品の良さが伝播します。だから需要は引く手数多、小説も大量生産されて多くの読み手に渡っていったのです。
そんな大量生産・大量消費の時代はすでに終わりました。
これは「高度経済成長期」のピークを境に、文学小説が売れなくなっていったことと無関係ではないでしょう。
就職氷河期を指す「失われた二十年」の間に、読み手は自分が読みたい作品を選ぶようになりました。世の流行りに流されず、「なけなしのお小遣いで、読んで後悔したくない」から、買う小説を吟味し始めたのです。
この転換点を巧みに乗り切ったプロの書き手もいますが、大半は時流を読みきれずに廃業していきました。
では「失われた二十年」を乗り切ったプロの書き手はなにをしたのでしょうか。
実は「なにもしていない」のです。
水野良氏は「高度経済成長期」には『ロードス島戦記』『漂流伝説クリスタニア』『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』など次々と作品を世に送り出しましたが、「失われた二十年」の間、『魔法戦士リウイ ファーラムの剣』の前日譚である『魔法戦士リウイ』シリーズしか書いていませんでした。つまり物語を先に進めなかったのです。
田中芳樹氏も「高度経済成長期」に『銀河英雄伝説』『創竜伝』『タイタニア』『アルスラーン戦記』など次々と発売していきました。しかし「失われた二十年」の間は程なくしてこれらの作品の続編は書かなくなったのです。代わりに『薬師寺涼子の事件簿』や一巻完結の長編小説などで食いつないでいました。『タイタニア』も『アルスラーン戦記』も、完結したのは景気が回復してからです。
経済のよいときは、どんな作品を出版しても、飛ぶように小説が売れました。
不況のときは、読み手が作品を厳しく吟味するようになったため、少しでも引っかかるものがあるだけで小説は売れなくなったのです。
だから「失われた二十年」という大不況のときは、小説を連載しなかったプロの書き手が勝ち残りました。
「失われた二十年」の間に、大量生産・大量消費されたプロの書き手の作品は売れなくなったのです。最近では村上春樹氏『1Q84』と『騎士団長殺し』が挙げられます。
『1Q84』は「失われた二十年」に書かれた作品でしたが、販売冊数はシリーズ三作合計で三百万部です。『騎士団長殺し』はシリーズ二作合計で百四十万部となりました。
つまり村上春樹氏は「失われた二十年」で勝負してしまったがために、読み手が「この作品はつまらない」「村上春樹氏って本当は面白くないのでは」と認識されてしまったのです。だから景気が回復してから販売された『騎士団長殺し』は出版社が初版百三十万部を刷ったにもかかわらず、ギリギリ完売できただけです。しかし小説は店頭に商品が並ばないかぎり売れないので、在庫は各書店に山積みとなりました。商業的には大赤字です。
ライトノベルは不況に強い
文学小説は景気のよいときは飛ぶように売れますが、一度景気が悪くなるとほとんど売れなくなります。
その代わりとして台頭したのが「ライトノベル」なのです。
ライトノベルは最初から「大衆」を相手にしていません。読み手にはあくまでも「心に刺さる」作品だけ買ってもらえればよかったのです。
谷川流氏『涼宮ハルヒの憂鬱』、賀東招二氏『フルメタル・パニック!』、川原礫氏『ソードアート・オンライン』『アクセルワールド』、佐島勉氏『魔法科高校の劣等生』、鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』などは「失われた二十年」に発売されたシリーズになります。現在まで連載が続いている作品が多いのが特徴です。
なぜ多くの連載が終了しないのでしょうか。
書き手生命に直結するので「終了させられない」からです。
「失われた二十年」に読み手の心をつかんだ作品は、不況が終わるとフォロワーが爆発的に増えます。なにせ出版不況でも好評を得た作品ですからね。景気が回復すれば評判の高い作品は支持されて当たり前。だから想定外に大ブレイクするのです。
普通に小説を書いていただけでは、このようなことは起こりえません。
不景気でない今読んでも面白い作品が生き残ってきました。
ゆえに終わらせてしまうと読み手が一気に去ってしまうのではないか。得体の知れない不安が書き手を襲うのです。
終わらせたいけど終われない。終わってしまったら次作は出版できるのか。今書いている作品が「書きたい作品」だから、終わらせると書きたくもない作品を書かされるのではないか。そういった不安です。
不況には強いライトノベルですが、景気が持ち直すと終わりどきを見極めるのが難しい。
円満に終わったとして、次作を書かせてもらえるか。書かせてもらえても売れるかどうか。まったく見通せないのもライトノベルの特徴です。
文学小説とライトノベルの関係
文学小説は総合誌、ライトノベルは専門誌と見られます。
そして現在、雑誌の世界でも総合誌の売上は下落が止まらず、専門誌が台頭しているのです。
ライトノベルは不況の時代が後押しした作品たちといえます。
しかしあまりにも強い「ツカミ」のせいで、景気が回復してからは冒険ができなくなったのです。
ライトノベル全盛期の今からでは遅いかもしれません。しかしあなたの書いている小説で幅広いメッセージを内包しているようなら、メッセージをもっと絞りましょう。「専門誌」に舵を切るのです。
専門誌は荒波でも生き残りやすい。それは読み手が求めているものを明確に表しているからです。そのジャンルが廃れでもしないかぎり、読み手の数は大きく減りません。
集英社『週刊少年ジャンプ』は売れなくなったけど、尾田栄一郎氏『ONE PIECE』は売れ続けています。
つまり幅広く集めた総合誌である『週刊少年ジャンプ』よりも、一作のマンガだけに絞った単行本のほうがはるかに売れるのです。
文学小説が総合誌なら、そろそろ専門誌へと移行しなければなりません。
村上春樹氏であろうとも、書くべきジャンルをひとつに定めるときがやってきたのです。
実際、推理小説は「失われた二十年」でも文学小説不況でも堅実な販売数を確保してきました。
「純文学」などと高尚に唱えたところで、売上が伴わないのであればその界隈は衰退する他ないのです。
幸いなことに、現在は出版不況ですが「ライトノベル好況期」と言えます。
ライトノベルなら確実な売上が見込めるのです。
十巻連載して三百万部を突破しているライトノベルはざらにあります。文学小説では十巻も連載させてくれません。よくて前後編、前中後編、四分冊といったところでしょうか。それだけで三百万部も売れる文学小説はありません。
もう文学小説の時代ではないのです。
もし出版社がいまだに「純文学至上主義」だというなら、ライトノベルレーベルなど作らないほうがよい。「純文学」一本で勝負するべきです。「純文学」では売上が見込めないから、ライトノベルレーベルを作っています。つまり出版社は表書きこそ「純文学至上主義」ですが、「ライトノベル好況期」に乗って確実な利益を得たいのです。今さらそれを面と向かって言えなくなってしまったから、出版社名がわからないようなレーベルを立ち上げています。
もうこういった腹の探り合いはやめませんか。
出版社ならきちんと社名を明記して、ライトノベルレーベルを立ち上げてください。潔いぶん支持率も高まりますし、同社の文学小説を売り込む窓口にもなります。
もう「純文学」は絵に描いた餅になっているのです。形はあれど腹は満たされません。絵を見て空腹を嘆くのではなく、素直に本物の餅を食べればよいのです。
最後に
今回は「大量に読まれようとするより少人数に読まれよう」について述べました。
「失われた二十年」で悪あがきしたプロの書き手は恐竜のごとく死滅しました。生き残ったのは頭のよいネズミだけです。
出版不況でがむしゃらに連載を続けたところで、出版社に資金がない以上すぐに限界が来ます。いつでもやめられる作品でなければ、作家生命すら脅かされる時代なのです。
今は好景気ですが、いつまた不況に陥るかわかりません。
これまで以上の出版不況に陥ったのなら、悪あがきはせず来たるべき時を待ちましょう。
出版社に資金があるからこそ、あなたの作品は多く刷られるのです。多く刷られれば印税収入も高くなります。資金次第で印税の桁が変わるくらいの出版不況であっても、狭い範囲の人たちへ向けて書かれたライトノベルならば生き残れます。
ライトノベル作家が大衆小説や純文学を書いてはいけないという掟はありません。
同様に純文学作家がライトノベルを書いてもよいのです。ただし純文学の文体でライトノベルを書いてもウケませんけどね。
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