1017.面白篇:社会の面白いから個人の面白いへ

 今回は「文豪」時代と現代との主人公の差についてです。

「文豪」は「主人公最強」な小説など書きませんでした。必ずなにがしかの悩みを抱えていたのです。

 もし「文豪」が小説投稿サイトでトップランカーの作品を読んだら、どう思うのでしょうか。





社会の面白いから個人の面白いへ


 小説に限らず娯楽は以前「社会」の人々にとって「面白い」ことが求められました。

 しかし現在では「個人」が「面白い」と感じればよしとされるのです。

 人々の意識が変わったからだと思われます。




社会貢献よりも個人主義へ

 昔はよくも悪くも「社会貢献」「自己犠牲」が是とされていました。

「文豪」たちは、多くの読み手が楽しめるような作品を「意図して」書いていたのです。そうでなければ小説が売れなかったし、評価もされなかったからです。

 もし「文豪」が今の小説投稿サイトを見たら仰天するのではないでしょうか。

 まるで「公益」「社会貢献」なんて考えられていない。自己満足のためだけの小説に満ちています。

「主人公最強」なんて「文豪」は書きませんでした。 

「文豪」にとって小説は「大衆が興味深く読む」ために書くものだったのです。

「主人公最強」で「大衆が興味深く読む」のは不可能と判断しています。

 だから「文豪」の主人公は、必ずなにかに挫折しているのです。

 挫折を味わった主人公の魂の遍歴を書くところに、小説の存在意義を見出だしています。

 活版印刷が普及して、書籍が安価で手に入り始めたときから、小説は「大衆の娯楽」でした。

 そうなると主人公もその他大勢である底辺層の「大衆」となり、「主人公最強」になどしようものなら「憧れ」よりも「嘘くささ」すら感じていたのです。

 主人公が大学生や社会人である作品が多いのも「文豪」の作品に見られる傾向と言えます。夏目漱石氏『坊っちゃん』も、タイトルだけ見れば中高生が主人公かなと思いますが、実際は新任教師でした。太宰治氏『走れメロス』のメロスも、妹の結婚式に駆けつけるために走り続けるわけですから、青年であることがわかります。川端康成氏『雪国』の主人公・島村も青年か中年です。

 年齢が書かれていないので、主人公が正確に何歳かはわからない、というのも「文豪」作品の特徴といえます。




今はおおかた中高生が主人公

 現在の小説投稿サイトやライトノベルの主人公は中高生がほとんどです。稀に大学生や社会人の作品も見ますが、たいていは「異世界転生」「異世界転移」することになります。「異世界転生」の場合、異世界で活躍するのは中高生くらいの年頃です。

 つまり「異世界転生」の場合、主人公が現実世界で何歳かなんて問題ではなくなります。

 転生後に「何歳で活躍する」のかだけが問題なのです。

「異世界転移」の場合、柳内たくみ氏『ゲート 自衛隊 彼の地にて 斯く戦えり』のように、技能が活かせる職業に就いている社会人であることが多い。

 ただの「引きこもりニート」「不登校生徒」などが、なぜか抜群の「サバイバル技能スキル」を持っていて、異世界を生き抜く作品もとくに『小説化になろう』ではよく見かけるのです。こちらの場合はその「サバイバル技能スキル」をどこで手に入れたのか。「理由」が書かれていなければなりません。たとえば「魚釣り」が趣味だから川沿いや海なら食べ物に困らないとか、『孫子』に代表される兵法書を読んでいたから軍師として大軍を指揮できるとか、剣術道場に通っていたから剣技では誰にも負けないとか。とにかく「理由」もないのに高度な「サバイバル技能スキル」を持っているのは「異常」なのです。

 知識として持っているのと、実際に使えるのとではかなり隔たりがあります。兵法を知っていても、実際に大軍を動かした経験がなければ、どこかで必ず下手を打つのです。また、剣術が主体のゲームをたくさんプレイしていて、剣技の種類はたくさん知っていても、実際にその剣技を使えるとはかぎらない。というよりまず使えません。剣術は反射的に繰り出せるほど体に染みついていなければ、必ず不覚をとります。「聞くとやるとは大違い」なのです。

 知っているだけでは「技能スキル」にはなりません。それが使い物になるくらい修練を積めば、一流の「技能スキル」が身についていてもよいのです。あなたの「異世界転生ファンタジー」「異世界転移ファンタジー」は、必要となる技能スキルが使い物になるだけの修練を積ませているでしょうか。

 ですが問題はそれだけの期間、状況が待ってくれるかどうかです。

「異世界転生」なら、成長するまでにかなりの時間がありますから、転生前に知識として持っていた技能スキルを修練するだけの時間が確保できます。

 しかし「異世界転移」はたいてい「即戦力」として召喚されるわけですから、ただの「ひきこもりニート」「不登校生徒」がいきなり無双してしまうと違和感どころの騒ぎではありません。それだけの技能スキルを持っているのなら、学校に通って不良どもを返り討ちに遭わせればよいではありませんか。ひきこもっている「理由」にもなりませんよね。もし高度な数学や化学の知識を持っているのなら、やはり学校に通って一芸入試するほうがよほど主人公にふさわしいはずです。

 異世界に行く前の主人公が「ひきこもりニート」「不登校生徒」である「理由」はありますか。たいてい「理由」はないはずです。あっても、おおかた「読み手層が中高生だから、主人公も中高生にすればいい」という安直な「理由」でしょう。そして「小説投稿サイトで小説を読んでいるなんて、きっとひきこもりニートか不登校生徒だろう」と思っていませんか。その思い込みをまず捨ててください。

 小説投稿サイトを利用しているのは「スマートフォンでいつでも無料で小説が読める」普通の家庭で健全に学校へ通っている中高生です。部活動もしているでしょうし、受験勉強をしているでしょう。そういう「普通の中高生」に向けた小説を書きましょう。




中高生は個人主義

 忘れてはならないのが「多くの中高生は、自分のことで手いっぱい」ということです。

 他人のためになにかできる中高生は、よほど徳のある人物か余裕のある人物以外にいません。たとえばお小遣いに月十万円もらっている中高生なら、街頭募金に千円を預けても不思議はないのです。お小遣いに余裕があるから千円くらい気軽に寄付できます。もし月に五千円しかお小遣いをもらっていない中高生が千円も寄付するなんて、よほどの人格者でなければ不可能です。お小遣いの二割を寄付するなんて、あなたにできますか。

 だから「多くの中高生は、自分のことで手いっぱい」なのです。

 そういう現代の中高生は「自分が得をすればよい」という作品を支持します。「自己犠牲」などというダサいことはしません。「どうすれば自分にとっていちばんよい選択ができるのか」だけを考えています。

 つまり「個人主義」なのです。

 現代ライトノベルの主流である「個人主義」は、かつて「文豪」が書いた「社会貢献」「自己犠牲」とは真逆の精神性メンタリティーと言えます。

「文豪」作品が国語の教科書から消え、有名歌手の大ヒット曲の歌詞を載せる教科書が増えたのも、そういう「時代の要求」があったから起こったのです。

「個人主義」時代の小説は「自分にとっていちばんよい選択」を求められています。ですが完全に「社会貢献」「自己犠牲」精神が消えたとは思えません。「自分にとっていちばんよい選択」が、結果的に「社会貢献」「自己犠牲」の上で成り立っていてもよいのです。

 正面切って「社会貢献」「自己犠牲」を出すから毛嫌いされます。「個人主義」と思わせておいて限られた選択肢に「社会貢献」「自己犠牲」が残されていたら、それを選択してもかまわないのです。

 人間、追い詰められたときに本性が露わになります。

 自分のことしか考えられない人物か、他人に配慮できる人物か。

 本性は育ちのよさが表れます。余裕のある家庭で育てば他人に配慮できますし、困窮した家庭で育てば自分のことで手いっぱいになるのです。中には困窮した家庭に育ちながらも他人に配慮できる人物もいます。その場合は家族を養うためにアルバイトに励む苦学生であるかもしれません。

 ここでも「理由」が求められるのです。「なぜ主人公は他人に配慮できるやさしい人間なのか」の「理由」が書かれていなければなりません。

 だって、たいていの中高生は「個人主義」なのですから。「社会貢献」「自己犠牲」を選ぶ中高生にはなにがしかの「理由」があるはずです。





最後に

 今回は「社会の面白いから個人の面白いへ」について述べました。

 昔の人は「社会貢献」「自己犠牲」の精神が強かったのです。だから「文豪」作品の主人公も、たいていは「社会貢献」「自己犠牲」を選んでいました。

 しかし現在はライトノベルの世代です。「社会貢献」「自己犠牲」から「個人主義」「自分さえよければ他のことは気にしない」に変わりました。

 それでも「社会貢献」「自己犠牲」は完全に死んだわけではありません。日本の教育はいまだに「社会貢献」「自己犠牲」を道徳の時間で教えています。またテレビ番組でも人気アイドルがチャリティー番組に出たり、被災地へ炊き出しに行ったりしているのです。

 憧れの人たちが「社会貢献」「自己犠牲」をしているから自分もしよう。

 当の中高生たちに自覚はなくても、「社会貢献」「自己犠牲」の精神は今も無意識に刷り込まれています。

 だから小説も「個人主義」の主人公が自分の思いどおりに振る舞いながら、最終的には「社会貢献」「自己犠牲」も選べます。

 そのためには「理由」が必要です。

「ひきこもりニート」「不登校生徒」が「異世界転移」「異世界転生」して無双する話にも「理由」が必要です。

 取り立てて「理由」もないのに「主人公最強」を振りかざした小説は、読み手からすぐに飽きられます。



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