1006.面白篇:読み手の心をつかむ

 今回は「ツカミ」についてです。

 小説読本の多くで「まず主人公を動かせ」と書かれています。

 推理小説の指南書では「死体を転がせ」です。

 なぜこんな指摘がなされているのでしょうか。





読み手の心をつかむ


 小説投稿サイトに作品を掲載する際、読み手の心をつかんでいますか。

 読み手の心をうまくつかめなければ、ランキングに載れません。ランキングに載れなければ、より多くの読み手にアクセスできなくなるのです。




主人公を動かせでツカミを身につける

 小説読本で「まず主人公を動かせ」と言われるのは、それが強いツカミになるからです。

 いきなり誰かを殴るシーンから入るもの、逆に殴られるシーンから入るもの、死体を見つけてしまうものなど、主人公が動いていますよね。だから強いツカミになるのです。

 では「俺は椅子にじっと座っている。」という書き出しは「まず主人公を動かせ」に該当するでしょうか。

 ちょっと考えてしまいませんか。

「椅子にじっと座っている」わけですから「動かしていない」ように見えます。

 これ、実は「動かしている」のです。

 主人公に動詞を付けると、その動作をしていることになります。「俺は椅子にじっと座っている」は、「じっと座る」という動作をしているわけです。なにがしかの理由で「動かない動作」をしています。


 これを「俺は悲しい。」のように形容詞で表現してしまうと、書き出しで主人公は動いていません。

 となれば太宰治氏『走れメロス』の書き出し「メロスは激怒した。」も動いていないように思えますよね。「悲しい」は感情を伝える言葉であり、「激怒した」も感情を伝える言葉である。だから「まず主人公を動かせ」から外れている、ように見えます。

 本コラムをここまでお読みいただいた方なら「ということは動いているんだな」と察しましたね。それが正解です。同じ感情でも「激怒した」は動詞「激怒する」の過去形です。動詞であればやはり「動いてい」ます。

 だから「俺は悲しい。」と書きたいところを我慢して「俺は哀哭した。」「俺は涙を流した。」と書くのです。形容詞ではなく動詞にすること。それだけで主人公は動きます。


 では夏目漱石氏『吾輩は猫である』の書き出し「吾輩は猫である。名前はまだない。」は主人公が動いているのでしょうか。

 実はこれ、かなり難しい問題です。文法の理屈がわかっていないと正解が導き出せません。

 正解は「動いている」のです。書き出し「吾輩は猫である。」は一見すると「名詞で定義しているだけ」に見えます。しかしよくよく考えると「猫である。」は動詞「ある」を含んでいるのです。だから定義文ではなく動詞文になります。純粋に定義文としたいのであれば「吾輩は猫だ。」でよいのです。それをあえて「吾輩は猫である。」と書いたところに、夏目漱石氏の文章センスが表れています。


 では次の難問です。

 何度も引用していますが、川端康成氏『雪国』の書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。夜の底が白くなった。」は、主人公が動いているのでしょうか。

 文末を見れば「雪国だった。」です。これは定義文なので主人公は動いていない。と書きたいところですが、よくよく考えてみると主人公は動いています。

 動詞「国境の長いトンネルを抜ける」をしたから場面が「雪国」になったわけです。

 主人公が動いていないかぎり「雪国だった」と定義できません。


 単に文末だけを見て「動詞だから動いている。動詞でないから動いていない」と分けられないのです。

 一文全体を読んでみて、動作が含まれていれば「動いている」と考えてください。『雪国』の書き出しは「複文」です。動作文を受けて定義文を成立させています。動かなければ成立しないからこそ、この書き出しは「動いている」のです。

「まず主人公を動かせ」という言葉だけに惑わされて、すべての書き出しを動詞文にしてしまう必要はありません。もちろん意識して動詞文にしてもかまいません。そのほうが読み手もわかりやすいですからね。書き手も「こう書いたら主人公は動いているのだろうか」と考えずに済みます。

 長編小説でもこのようなツカミをしているのです。

 であるなら、短編小説のツカミも「まず主人公を動かせ」でいきましょう。




なぜ主人公を動かすとつかめるのか

 なぜ「まず主人公を動かせ」なのでしょうか。

 最大の理由は「感情移入しやすい」からです。

「俺は男だ。」と書いてしまうと「だからどうした」という反応しか引き出せません。これでは読み手の心をつかめないのです。

「襲いかかってくる男を殴り飛ばした。」と書くだけで、ぶん殴ったアクションを脳内に再現できますよね。

 この再現性がツカミの秘訣です。

「主人公を動かせ」ば、読み手の脳内もそれにつれて動いてしまいます。こればかりは脳本来の機能なので逆らえません。

「主人公が動いて」いれば、読み手は否が応でも脳内で再現してしまうのです。


 では書き出しが会話文の場合はどうでしょうか。

 会話文は誰かが話しているのを聞いたから書けます。つまり「動いている」と見なされるのです。

 書き出しで「俺は悲しい。」とするのはよい手ではありません。しかし書き出しを会話文にして、二文目に「俺は悲しい。」と書くのはありです。

 ただし会話文には注意が必要です。会話文には主人公が言っているものと、主人公ではないものが言っているものがあります。このうち主人公が言っているものは、主人公の動作として扱われるので「主人公を動かせ」は成立するのです。だから自ら言葉を発するのは許容されています。

 しかし主人公ではないものが言っている会話文は、主人公が意識して聞いているなら「主人公を動かせ」は成立するのです。しかし主人公が聞いていないのなら「主人公は動いていない」と判断されます。

 たとえばラジオから流れる歌を書いている場合は、それだけでは「主人公を動かせ」に該当しないのです。しかし主人公がそれを聴いている場合は「主人公は動いて」います。さらに書いた歌詞が、のちのち物語を左右するような内容なら「伏線」にすらできるのです。


 書き出しの一文は、できれば「伏線」となるように書きましょう。

『走れメロス』の書き出し「メロスは激怒した。」は、激怒する相手が最終的にどうなったのかで物語が締められています。つまり書き出し自体が物語全体の「伏線」になっているのです。

 世に「名作」と知られる小説の多くが、書き出しを「伏線」にしています。

 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』では、序章は銀河の歴史なので飛ばしたとして、第一章は旗艦ブリュンヒルトの艦橋にジークフリード・キルヒアイスが現れるところから始まります。第二巻の終わりでキルヒアイスが退場するので、ここまでを一区切りと考える方が多い。キルヒアイスとの会話で「銀河を手に入れる」ことを誓い合っている主人公のラインハルト・フォン・ローエングラムがいます。物語の締めでは、ラインハルトが銀河を手に入れたのかどうかについて書かれているのです。その前段階として旗艦ブリュンヒルトでユリアン・ミンツがラインハルトのもとへたどり着くシーンもあります。これはキルヒアイスとの対比として機能しているのです。つまり「旗艦ブリュンヒルトで主人公ラインハルトと話す」という伏線を書き出しに持ってきています。かなりの用意周到さです。

『銀河英雄伝説』ほどの「伏線」の張り方は、初心者の真似られる次元ではありません。ですが先々の展開を鑑みて「伏線」となるよう意識して書き出しを書けるかどうか。これは初心者でも意図して入れられます。


「まず主人公を動かせ」と「伏線」にする。このふたつを満たせれば、これ以上ない書き出しであり、読み手の心をぐっとツカミます。

 意識してできるようになるまでは、短編小説を書きまくってください。

「まず主人公を動かせ」はすぐにでも達成可能です。しかし「伏線」にするのは、場数を踏むしかありません。数を書いていれば、そのうち「伏線」として活かせる書き出しが書けるようになります。

 短編小説で探りを入れる時期も、書き出しで読み手の心をつかめるかどうかで決めてかまいません。

 読み手の心をつかめる書き出しが書けるようになる。つまり短編小説の順位や評価が高くなったら、長編小説や連載小説へと少しずつシフトしていきましょう。





最後に

 今回は「読み手の心をつかむ」ことについて述べました。

 小説の面白さのおおかたは書き出しで「まず主人公を動かせ」によって成り立っています。主人公が動いていれば、それだけで面白そうな物語であると匂わせられるのです。

 そのうえで「伏線」になるような書き出しを目指しましょう。

 これができれば、短編小説であってもランキングに載れます。

 短編小説でランキングに載れたことを確認してから、連載を始めてもよいでしょう。ランキングポイント0ptの短編小説しか書けないのに連載を始めるよりも明らかに有利です。



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