1001.筆洗篇:アイデアは天から降りてこない

 今回は「アイデア」についてです。

「アイデア」は天から降りてくるものではありません。

「記憶の断片」なのです。

 だから幅広く勉強しましょう。





アイデアは天から降りてこない


 小説のアイデアが湧いてこないとお困りの方はいらっしゃいませんか。

 アイデアは天から降りてくるものではないのです。

 雨乞いの巫女のように、雨が降ってくるまで祈り続けても、アイデアは降りてきません。ただ時間をムダに費やすだけです。




アイデアはあなたの中にある

 アイデアとは「思いつき」のことです。

 つまりあなたが思いつかないかぎり、アイデアは出てきません。

 では「思いつき」にはなにが必要なのでしょうか。

 アイデアは「記憶の断片」だとも言い換えられます。

 つまり、どれだけ物事を知っているのかが、アイデアを思いつくためには必要なのです。


 たとえば発明王トーマス・アルバ・エジソン氏が電球を発明する際、数千もの素材を用いて試行錯誤しましたが、いっこうによい素材が見つかりません。エジソン氏は休憩をとり、そこで日本製の扇に使われていた竹が目に入りました。「まぁ使えないだろうけど、試すだけ試してみるか」という気になったのです。試してみたら、見事に電球が光りだしました。しかも長時間。こうして竹製のフィラメントが発明されたのです。

 もしエジソン氏が偶然目にした扇の竹を試していなければ、電球までたどり着けずいまだにロウソクやガスランプの世界だったかもしれません。




広い知識を有する

 知識として知っていれば数多く役に立つのです。だからあらゆる分野の勉強をしたほうが将来のためになります。

 日本人が毎年のようにノーベル賞を受賞しているのは、こういった「あらゆる分野の勉強をして」きたからでしょう。つまり他国の研究者よりも「多方面の知識を有している」ため、さまざまなひらめきが得られるのです。

 日本人の三大義務のひとつに「教育」があるように、我々は他国の人々よりも「多方面の知識を有して」います。それが基礎力を高めてノーベル賞に結びつくような発明を可能にしているのです。

 ですが、ノーベル文学賞となれば話が異なります。これまで日本人授賞者は川端康成氏と大江健三郎氏の二名のみ。日系人込みならカズオ・イシグロ氏を含めた三名のみです。

 なぜ日本人はノーベル文学賞を獲れないのか。

 最大の理由は「言語」の違いでしょう。日本語で書かれた小説はノーベル文学賞を獲れません。特定地域で読まれている作品に過ぎないからです。もし英訳されていたら、英語圏でも読まれるようになります。フランス語訳されていたら、フランス語圏、ドイツ語訳されていたらドイツ語圏、中国語訳されていたら、中国語圏で読まれます。多くの言語に翻訳されれば、それだけ多くの人に読まれますし、人々に影響を与えられるのです。

 川端康成氏も大江健三郎氏も、その作品が多くの言語に翻訳されていました。だから多言語化はノーベル文学賞の最低条件です。

 多言語化をクリアしている現役の日本人は、何度も最有力候補と呼ばれながらもいまだに受賞を果たしていない村上春樹氏くらいではないでしょうか。(宮部みゆき氏の作品も数多く翻訳されていますので、宮部氏が先に獲るかもしれません)。

 村上春樹氏は確かに多くの作品が多言語化されており、各国での売上も高い。ですが、ただそれだけです。

 ノーベル賞は「人々によい影響を与えた」人物に贈られます。

 村上春樹氏の小説は「人々によい影響を与えた」でしょうか。

 彼の作品は退廃的で、刺激的で、興味深いとされています。

 でも私は嫌いです。

「楽しめる」と「よい影響を与える」とはイコールではありません。

 村上春樹氏の作品はあくまでも「楽しめる」つまり「大衆娯楽エンターテインメント小説」であり、「文学小説」ではないのです。多言語化されて各国でセールスがよくても、それは「人々によい影響を与える」のではなく「楽しむ」ための作品だからです。

 もし「楽しめる」という基準でノーベル文学賞が決まるのであれば、村上春樹氏よりも先に、世界で最も売れた小説である『ナルニア国物語』シリーズのC.S.ルイス氏、初版発行部数世界最多である『ハリー・ポッター』シリーズのJ.K.ローリング氏、数多くの作品で世界を震撼させた『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウン氏らが先に受賞していておかしくはないからです。

 彼らに比べれば村上春樹氏の作品の販売数なんてたかが知れています。

 村上春樹氏を含めた「大衆娯楽エンターテインメント小説」の書き手は、広い知識を有している方が多い。

 しかし「人々によい影響を与える」ために必要となるものではないのです。

 だから大衆娯楽エンターテインメント小説やライトノベルを書くのであれば、広い知識を持ちましょう。


 広い知識に裏打ちされた「面白さ」というものが間違いなくあります。

 知識に乏しいと感じたら、文学小説へ進めばよいのです。文学小説には広い知識は必要ありません。抽象的な作品が書けるだけで文学賞は獲れます。

 現に十九歳で芥川龍之介賞を獲得した綿矢りさ氏や、七十五歳で同じく芥川龍之介賞を獲得した黒田夏子氏がいるのです。彼女らは幅広い知識よりも、独特で抽象的な世界観を有した作品が高く評価されています。黒田夏子氏の『abさんご』は文法への挑戦作でもありました。高齢でも新しいことに挑戦していれば文学賞は受賞できてしまうのです。




アイデアは記憶の断片

 どれだけ多方面で広い知識を有しているかで、物語の幅広さや奥行きを醸し出せます。

 アイデアは「記憶の断片」です。多方面で広い知識の中から、どれが最適かを呼び起こして先々の展開を考えていきます。

 書き手の知識・記憶以外の展開はけっして思いつけません。

 もし思いつけてしまったら、あなたは天才か変態かのいずれかです。

 私たちは自らが「凡才」であることを認めなければなりません。

「凡才」であると認めれば、さまざまなことを学ぼうとする意欲が湧き、必要性を感じるはずです。

 小説の書き手は、小説の名作から学べることが多い。

 しかし物語の展開に限って言えば、小説である必要はありません。

 童話や寓話、民間伝承や神話など、物語であればなんでも展開の知識になります。

 マンガ・アニメ、ドラマ・映画、ゲームであっても物語ならなんでもOKです。

 とにかく大量の物語に触れて、記憶の中にある展開の数を増やしましょう。

 もちろん小説が最も勉強になりますが、いかんせん時間がかかりすぎます。

 四コママンガの長谷川町子氏『サザエさん』で展開の数を増やす方がいても不思議はありません。四コママンガは起承転結が明確であり、物語の展開もひとつではないのです。

 だから四コママンガも展開を思いつく「記憶の断片」になりえます。

 展開だけならショートショートの神様とされる星新一氏の作品は外せないでしょう。

 要は「どれだけ数多くの展開に触れてきたのか」が、小説の書き手には求められるのです。

 それは大衆娯楽エンターテインメント小説かもしれませんし、ライトノベルかもしれません。ショートショートでも童話や寓話でもよいのです。

 SF小説ばかり読んできたらSF小説しか書けない。剣と魔法のファンタジーばかり読んできたら剣と魔法のファンタジーしか書けない。至極当たり前のことです。

 それぞれの分野の王道を歩みたいとお思いなのでしたら、それでもよいでしょう。

 しかし誰も思いつかなかったアイデアや展開を読ませたければ、多方面の展開を知るべきです。

「剣と魔法のファンタジー」と「コンピュータ」を連動させた小説があります。古くは西谷史氏『デジタル・デビル・ストーリー 女神転生』、川原礫氏『ソードアート・オンライン』、新しいところでは冬原パトラ氏『異世界はスマートフォンとともに。』などがあります。アニメではTROYCA・広江礼威氏『Re:CREATORS』もそうですね。

 すでに「剣と魔法のファンタジー」と「コンピュータ」の組み合わせは目新しさをなくしています。アイデアとしては古いのです。

 新しいアイデアとしては「剣と魔法のファンタジー」と「ロードレーサー」の組み合わせなんてどうでしょうか。早馬にも負けない脚力で自転車を漕ぐ「ロードレーサー」が主人公なら、面白い物語ができそうではないですか。どうやって魔王を倒すのかさえも想像がつきません。





最後に

 今回は「アイデアは天から降りてこない」ことについて述べました。

 アイデアは「記憶の断片」です。

 どれだけ多くの物語を記憶し知識とするかで、アイデアは湧いてきます。

 学習の積み重ねでしかアイデアは得られないのです。



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