994.筆洗篇:小説のリズム【回答】

 今回は「小説のリズム」についてです。

 長々と書いていますが、「リズム」は自らで刻めるようになるまで繰り返す以外に道はありません。

 まずは「好きな小説」「小説を書きたいと思わせた小説」を繰り返し読んで、その「リズム」を刻み込みましょう。





小説のリズム【回答】


 皆様の身近なところにリズムはあります。

 たとえば俳句・川柳の五七五調、短歌の五七五七七調、都々逸どどいつの七七七五調は有名ですね。

 日本人なら三三七拍子、三本締め、万歳三唱も当然知っていますよね。

 国際的に見れば、行進曲マーチの二拍子、輪舞曲ワルツの三拍子なども有名でしょう。

 こういったリズムは小説にもあります。




リズムは書き手の数だけある

 小説のリズムは書き手の数だけあります。

 たとえば短文を書き連ねる方なら、行進曲マーチのようにぐいぐいと読み手を先へ先へと連れていきます。

 長文を書き連ねる方なら、読経のように読み手の興味を切らさないでしょう。

 また短文と長文を適度に織り交ぜて、俳句や短歌、三三七拍子のように読み心地のよい「リズム」を刻む書き手もいます。

「文豪」の中には、何文字と何文字の繰り返し、という具合に「リズム」を強調した作品を書いた方もいたそうです。


 最も「リズム」のよい文芸作品を私たちは知っています。

 歌曲の「歌詞」です。

「歌詞」は「リズム」に乗せるのが大前提。だからこそ「リズム」が感じられる文章を意図的に書いているのです。

 時代を代表する作詞家は、数え上げればきりがありません。でもあえて言及するなら以下の方々です。

 一九七〇年代までは「歌謡曲」ブームで星野哲郎氏が美空ひばり氏や小林幸子氏などへ数多くの歌詞を送りました。

 八〇年代は「ポップス」ブームが巻き起こり、売野雅勇氏がチェッカーズや郷ひろみ氏、矢沢永吉氏などに歌詞を提供しムーブメントを巻き起こしました。売野雅勇氏は『機動戦士Ζガンダム』の森口博子氏「水の星へ愛をこめて」や、『機動戦士ガンダムΖΖ』のひろえ純氏『サイレント・ヴォイス』といったライトノベルファンなら耳馴染みの歌詞も提供しています。またCHAGE&ASKAの飛鳥涼氏もジャニーズ事務所のタレントに多くの楽曲を提供して人気をかちえた功労者のひとりです。

 九〇年代は「バンド」ブームでした。多くのバンドが乱立した戦国時代であり、その中でも傑出していたのがTM Networkの小室みつ子氏と小室哲哉氏、そしてMr.Childrenの櫻井和寿氏です。とくに小室哲哉氏はtrfや篠原涼子氏、浜田雅功氏などに楽曲を提供し、ほとんどの曲でミリオンセールスを記録した、九〇年代を代表する作詞作曲家でした。篠原涼子氏「恋しさと せつなさと 心強さと」はアニメ映画『STREET FIGHTER II MOVIE』でも有名になりましたね。

 二〇〇〇年代は引き続き「バンド」ブームが継続し、ビーイングレーベルが強さを発揮した時期です。中でもZARDの坂井泉水氏とB’zの稲葉浩志氏が傑出していました。坂井泉水氏はビーイングレーベルの各バンドに歌詞を提供し、ミリオンセールスを記録させたヒットメーカーです。FIELD OF VIEW「DAN DAN 心魅かれてく」は『DRAGON BALL GT』の主題歌となり、同バンドの知名度を一気に高めました。稲葉浩志氏は今さら言うまでもなく日本を代表する作詞家でありヴォーカリストです。B’zはオリコンランキングにおいて、シングル49作連続首位、アルバム通算29作首位の記録を誇っています。B’zは『名探偵コナン』に多くの楽曲を提供しているため、お聞きになった方も多いでしょう。

 歌詞が書ければ小説も書けるのか。

 そうお思いですよね。最近よい例を示した方がいます。

 SEKAI NO OWARIの藤崎彩織氏です。

 同バンドの作詞を手がけながら小説も書き、直木三十五賞にノミネートされたのは記憶に新しいですよね。

 歌詞の「リズム」が文体の「リズム」になった好例です。




小説もリズム音痴は命取り

 小説は文字だけで書いているから、音痴でも書ける。

 そう思っていませんか。それ、ちょっと勘違いをしています。

 小説には地の文と会話文があり、そのかけあいによって構成されているのです。

 つまり地の文と会話文を入れる「リズム」が狂うと、読み手は落ち着いて読めません。「リズム」に乗っていると、他愛のない文章でも面白く読めてしまいます。

 文には巧拙があります。しかし文章として、そしてなにより作品として面白く読めるかどうかは、詰まるところ「リズムに乗っているか」どうかです。

「文豪」の作品を読んでいると、古くさいけど惹き込まれるように感じませんか。

 それは「文豪」が「リズム」を意識して書いているからです。

 明治末にはそれほど音楽が発達していなかった日本においては、文章で「リズム」を刻んでいたのです。俳句や川柳、短歌、都々逸など、定型詩の類いは以前からありました。江戸時代では文化人はみな漢詩を書いていましたから、否が応でも同じ「リズム」や韻を踏まざるをえなかったのです。

 その流れは明治時代にも続き、文化人は漢詩も書いていました。それが言文一致運動によって言文一致体が確立すると、自由詩が書けるようになったのです。自由詩つまり散文です。

 小説も散文に含まれているため、基本的にどう書こうが自由なのですが、実際にはある程度リズムや韻を踏んだほうが評価されやすい。日本人のDNAに根ざしたリズムや韻の文化が今でも主流だからです。

 だから小説でも「リズム」はとてもたいせつです。

「リズム」に乗っていない作品は読み手に苦痛を与えます。読んでいてどこかぎこちない、まるでリズム音痴の人のカラオケを聴いているようなものです。藤子・F・不二雄氏『ドラえもん』のジャイアンが同級生たちに無理やり聴かせている「リサイタル」と大差はありません。

 ではどんな「リズム」がよくて悪いのか。

 これを「地の文三行に会話文一行のリズムです」などと軽々に言えません。

 小説には決まった「リズム」がないのです。なにしろ「散文」ですからね。決まった「リズム」があると思うのがそもそもの間違い。

「決まりのないリズムがとてもたいせつとはどういうことだ」と思われますよね。

 これはあなたがクラシックの名手なのかポップスの名手なのかロックの名手なのかテクノの名手なのか、私にはわからないからです。おそらく本コラムの読み手全員が異なった「リズム」の名手である可能性が高い。

 だから「リズム」については「明確な基準はないが、リズムに乗っていない小説はウケない」と申しておきます。

 ご自身が「リズム音痴」かどうかは、投稿した短編小説の評価や、長編小説・連載小説の閲覧数(PV)やブックマークを見ればある程度察せられます。

 低ければ「リズム音痴」の可能性ありです。




リズム音痴を治す

 では、小説の「リズム音痴」をどう治せばよいのでしょうか。

 あなたが「好きな小説」を繰り返し読んでください。

 とくに「リズム」を意識しながら読みましょう。

 小説はよくも悪くも、先達の影響を受けやすい創作です。

 もしあなたが芥川龍之介賞を授かりたいのであれば、過去の受賞作を徹底的に読み込んでください。とくに「リズム」を意識して、速読はせず発声しながらでもよいので、一字一句噛みしめて読むのです。

 あなたが「気に入る」作品は、少なくともあなた固有の「リズム」に近い小説だと言えます。

 だからあなた固有の「リズム」を会得するためには、あなたの「好きな小説」を繰り返し読むのです。繰り返し読めば、朧げながらでも「リズム」が脳の無意識、潜在意識に働きかけます。そうやって「リズム」を無意識に刷り込んでいくのです。

 そうすれば「リズム音痴」は必ず治ります。

 ここではとくに「小説」を挙げましたが、実は「歌詞」でも「リズム音痴」は治せるのです。


 私がなぜ冒頭で日本の音楽シーンについて言及したのか。

 その理由は「日本の音楽シーンを彩ってきた歌詞には、作詞家固有のリズムがある」からです。

 音楽の「リズム」と小説の「リズム」は近しいところにあります。

 どちらも散文だからです。

「散文のリズムはすべて近しいところにある」という事実に気づければ、カラオケの練習をするとき歌詞の「リズム」について深く考えるきっかけとなるかもしれません。

 歌詞の「リズム」が体に染み込んだら、その歌詞を書いた作詞家が好きになる。「負けないで」の坂井泉水氏だったり、「ギザギザハートの子守唄」の売野雅勇氏だったり。

 時代をリードしてきた作詞家固有の「リズム」を無意識に刻み込めれば、あなたの小説は劇的に変化します。これは断言できます。


「小説をどう書けばよいのかわからない」という方は、小説の「リズム音痴」なだけなのです。

 であれば「リズム音痴」を改善させれば、小説は必ず書けます。

 あなたの「好きな作品」「この小説を読んで自分も小説を書きたくなった作品」が明確なら、その作品を「リズム」が無意識に刻み込まれるまで繰り返し読むのです。

 お笑い芸人ピースの又吉直樹氏は「文豪」太宰治氏の熱心なフォロワーとして有名ですよね。太宰治氏の「リズム」が無意識に刻み込まれるほど読み込んだからこそ、芥川龍之介賞受賞作『火花』は三百万部という同賞最大のベストセラーとなりました。

 同じ奇跡は必ず起こせます。

 というより、又吉直樹氏の例は奇跡ではなく必然なのです。

「文豪」の「リズム」を刻み込めば、名作のリズムが身につきます。

 自分で「リズム」が刻めるようになれば、すでにあなたは「どう書けばよいのかわからない」とは思わないでしょう。すぐにでも小説を書き出しているはずです。

 小説の「リズム音痴」は名作を読めば必ず解消されます。


 もし小説は長くて読む時間がないのであれば、日本の音楽シーンを彩った名曲たちの歌詞を吟味してください。

 先ほども申しましたが、音楽の「リズム」と小説の「リズム」は近しい関係にあります。音楽の「リズム」を知るには、歌詞を精読するのが一番です。

 稲葉浩志氏の歌詞を読んで「リズム」を掴む。櫻井和寿氏の歌詞を読んで「リズム」を掴む。

 それだけでも、小説の「リズム」を劇的に改善してくれます。

 やらないで時間を無為に費やすのではなく、やって時間を有効活用してください。

 テレビ朝日系列『ミュージックステーション』を観ながら、歌詞の「リズム」に意識を向けてください。

 たったそれだけでも、小説の「リズム」は必ず改善します。

 今、三文前とほとんど同じ文を書きましたよね。これが文章の「リズム」です。

 私としては無意識に書いていますが、同じ言い回しになることがひじょうに多い。

 本コラムを千回近く連載していれば、私の文章の「リズム」に乗って書くとこうなるのも至極当然なのです。

 私は文章の千本ノックを達成しつつあります。

 あなたも小説の千本ノックを始めてみませんか。

 まずは「好きな小説」「こんな小説を書きたいと思った小説」を繰り返し読んで、「リズム」を体得してください。

 それがあなたの千本ノックのスタート地点です。





最後に

 今回は「小説のリズム【回答】」について述べました。

「リズム」については、明確な答えがありません。

 あなた自身の「リズム」を生み出せるようになるまでは、「名作」のインプットをし続けましょう。

「名作」の「リズム」が体得できれば、あなたにも必ず「名作」は書けます。

 あなた自身の、あなた固有の「リズム」を掴むために、第一歩を踏み出すときです。

 さぁ、今からあなたにとっての「名作」を読み始めましょう。



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