982.筆洗篇:キャラ先のあらすじづくり【No.187補講】

 ご質問はまとめてお答えしようと思い、寄せられた数多くのご質問に答えていくことにしました。

 でももうすぐ終わりますけどね。

 今回から三回に分けて「あらすじづくり」のアプローチについて【補講】していきます。

 まずは「キャラ先」についてです。





キャラ先のあらすじづくり【No.187補講】


 小説を書くときにどこから取り組めばよいのでしょうか。

 No.187では登場人物から。No.188では物語から。No.189では舞台(世界観)から作る場合を想定していました。

 これについてご質問がございましたので、今回から三回にわたり補講していきます。

 今の私が考える「あらすじ」づくりのリライトです。

 連載が九百回を超えた今、改めて小説をどこから書き始めるのかをお示しすることで、ひとりでも多くの方に小説を書き始めていただきます。




キャラクターを先に思いついたとき

 小説を書こうと思い立ったのが「ひらめいたこのキャラクターを活躍させたい」だったら。

 実は小説を書こうとする方の大半が、この「キャラ先」で「あらすじ」を作ります。

 書き手は意識の中で、「こんなキャラクターだったらカッコいいだろうな」「そんなキャラクターだったら周りの人が放っておかないな」「こんなキャラクターだったら復讐心を駆り立てるな」といった、ひとりの人格を構築することに時間をかけるものです。

 なにも主人公、ヒロイン、「対になる存在」だけが「あらすじ」づくりにつながるかというとそうでもない。パーティーメンバーのひとりであったり、宿命のライバルであったり、滅ぼさねばならない敵だったり。もしかしたら、橋の上で主人公に助力するだけの人物かもしれません。


 漢の高祖・劉邦の軍師に張良という人物がいました。その軍略によって宿敵である強国楚の英雄王・項羽を翻弄し、最終的に項羽を自害に追い詰めました。

 若かりし頃の張良は、ある日橋で老人が佇んでいる姿を見つけました。名を黄石公と言います。彼はわざと落とし物をして張良が拾ってくるのを待ったのです。張良が何事もなく落とし物を老人に届けたら、当の老人は「五日後の早朝にもう一度来い」と命じます。五日後、日が昇ってから橋を訪れた張良を見た老人は、「目上の者を待たすとは何事か」と叱咤したのです。そして「また五日後の早朝に来い」と約束しました。今度は朝に合わせて橋へ行ったのですが老人は「まだまだだ」と言い、「また五日後の早朝に来い」と語りました。今度こそ張良は夜明け前に橋へやってきて、ついに老人は張良を認めます。「その謙虚さが必要だ」と言って「太公望の兵法書」を張良に授けたのです。この「太公望の兵法書」こそがのちの「武経七書」のひとつに列する『六韜』だとされています。


 張良が現実の人物であることから、この短い物語は「謎の老人」のキャラから先に決めた「キャラ先」で作られたのは明らかです。

 そこに現実の軍師・張良の才能を「当代の太公望」と評しました。実際に精強な楚軍と戦っても受け流し、大敗せずに後方支援の簫何しょうかからの増兵を待ち続けました。その甲斐あってついに数的有利を獲得し、楚の項羽を包囲できたのです。

 ちなみに主君・劉邦が皇帝となった際、張良は隠居して仙人になったとされています。以降表舞台に立つことはなかったのです。

 そう考えると、張良もひとクセあるキャラクターであり、じゅうぶん「キャラ先」と思われても無理からぬことだと思います。

 なお、張良のあざなは子房です。『三国志』において魏の参謀に加わった荀イクを、曹操は「我が子房よ」と最大級の賛辞を送ったことでも知られています。




主人公と「対になる存在」は真逆ほどよい

「キャラ先」のあらすじづくりで最も重要なのは「キャラの立ち具合」です。

 キャラクターに魅力がなければ「キャラ先」にする意味がありません。

 どのようにしてキャラクターを立てるのか。それは「平均的なキャラから突出しているものをひとつは持っている」ようにします。

 マンガの井上雄彦氏『SLAM DUNK』の主人公・桜木花道は長身でガタイがよく、スポーツをするのに向いていました。それだけならただの平均的なやんちゃキャラです。そこに「元ヤンキー」でありながらも「全力を出せばペナルティーサークルからダンクシュートを叩き込めるほどの驚異的なジャンプ力」を有しています。「元ヤンキー」によって元部員の三井寿がバスケ部へ戻るきっかけを作り、「驚異的なジャンプ力」によってゴール下の番人「リバウンド王」として名を馳せることとなったのです。

 ただし、主人公の桜木花道は「対になる存在」であるチームメイトの流川楓との対比によって生まれたキャラクターでもあります。

 流川はルックス抜群、バスケの才能は本場アメリカでも通用するのではないかと思わせるほど高く、性格もクールです。ズブの素人で瞬間湯沸かし器の花道は、流川と真逆の性格・能力づけをされています。

『SLAM DUNK』は「バスケットボールマンガを描きたい」というところからスタートした作品です。この時点では「キャラ先」でも「物語先」でも「舞台先」でもありません。あえて言うなら「ジャンル先」です。そこで、バスケのエリートである流川楓を設定し、試合で無双する話にする予定でした。読み切りがそうでしたからね。

 しかしエリートの活躍が読み手を惹きつけることはないとの編集さんの判断から、より読み手に近い「バスケの初心者」が主人公となったのです。

 では「初心者」がバスケで活躍するにはなにが必要か。バスケットボールでは背が高くなければなりませんし、当たり負けしないだけのガタイも必要です。そのうえで主人公に個性をつけるには「圧倒的なジャンプ力」が欠かせなかった。そして澄ました流川に対して「熱血漢」とするため「ヤンキー」という個性が加わったのです。この「ヤンキー」の設定が、のちに荒れていた三井寿を改心させるきっかけとなりました。

『SLAM DUNK』のフォロワーである藤巻忠俊氏『黒子のバスケ』も主人公と「対になる存在」とは真逆に設定されています。地味で目立たず背も低くて影の薄い主人公の黒子テツヤと、背が高くて自意識が高く、跳躍力もあるアメリカ帰りのスーパースター・火神大我。このふたりから「キセキの世代」の設定が始まっていくのです。

「キャラ先」の場合、主人公と「対になる存在」から決めていくのがセオリーになります。




キャラクターが決まれば芋づる式に

「キャラ先」とは、このように舞台や物語ではなく、先に「キャラクター」を作ってしまう創作手法です。

 作ったキャラクターたちがどんな舞台でどんな物語を刻むのか。

 次に決めたいのが「舞台(世界観)」です。『SLAM DUNK』では高校バスケを舞台にしています。連載誌『週刊少年ジャンプ』は中高生が主要な読み手です。共感を得たいなら主人公たちも当然中高生になります。『SLAM DUNK』はそういう意味でも高校生のバスケットボール人気に火を点けた立役者です。

「キャラクター」が出揃い、「舞台(世界観)」が決まったら、そのキャラクターたちでどんな「物語」が作れそうかを考えます。

 ズブの素人である主人公がインターハイ出場を目指して著しい速度で成長していきます。きわめてわかりやすい「成長物語」です。しかしそれだけにとどまらず「ヤンキー」たちがバスケで改心し、スポーツに打ち込む姿を読み手へ見せて、「人生はいつでも逆転可能なんだ」という「メッセージ」も伝えられています。

『SLAM DUNK』は湘北のレギュラーのほとんどが「ひとクセあるが、ある分野での才能はピカイチ」です。「メガネくん」こと木暮公延はほとんどクセがなく、花道、流川、三井が加入するとスタメン落ちしてシックスマンになりました。目立ちにくいキャラクターをどうやって活かすのか。レギュラーにアクシデントが起こると、場を落ち着けようとする冷静な木暮の見せ場がやってきます。これも「キャラクター」が立っているからできるのです。





最後に

 今回は「キャラ先のあらすじづくり【No.187補講】」について述べました。

「キャラ先」が成立するのは主人公と「対になる存在」が決まってからです。

 脇役を先に思いついて、そこからキャラクターを考え出せるだけ生み出してから、誰を主人公に「対になる存在」にするかを決めてもかまいません。

 思い入れのあるキャラを活躍させるほうが、筆が乗りますけどね。



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