976.筆洗篇:フラッシュバックの仕方【回答】

 今回は前回の【回答】から推測した、本来の質問内容と思われる「フラッシュバック」についてです。

 ご質問は「カットバック」についてということだったのですが、やりとりをするうちに「フラッシュバック」のことかと思い至りました。

 そこで「フラッシュバック」を取り上げた次第です。





フラッシュバックの仕方【回答】


 今回もご質問にお答え致します。

 前回「カットバック」についてお答えしたのですが、ご質問者の意図的には「過去の話を挿入したい」というご趣旨だったようです。

 それなら「フラッシュバック」となりますので、こちらも投稿することと致しました。




フラッシュバックとは

 まず「フラッシュバック」とはなにかについておさらいしましょう。

「フラッシュバック」とは映画やドラマなどで用いられる演出法のひとつです。

 現在のシーンに、過去の短いシーンが瞬間的に連続して挿入されることを指します。フランスを中心に無声映画期に流行した手法ですが,トーキー期に入ってからもしばしば使われました。

 現代ではこれを比較的長い一場面シーン単位で用いて、現在の流れの中に過去の一場面シーンを入れ込み、「あのとき、こんなことがありました」と後付け説明する際に用いられます。


 現在最も「フラッシュバック」を有効活用しているのはマンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』などの推理ものです。

 現在目の前で殺人事件が発生する。江戸川コナンが推理に必要な情報を聞き込みしていく。すると聞かれた人物が被害者のことを話すわけです。「俺はここで食事をしていたんだ。でもあいつは俺の隣のその席でコーヒーを飲みながら連れの女としゃべってばかり。そうそう、そういえばあのとき、こんなことがあったな」と語って「フラッシュバック」を入れます。


 推理ものの場合、場面シーンを時系列通りに並べてしまうと、誰が殺したのか読み手にバレてしまい、謎解きの醍醐味がなくなってしまうのです。だから、物語は「殺人事件の発生」からスタートします。

 この「フラッシュバック」をなくした推理ものが、アメリカドラマのピーター・フォーク氏主演『刑事コロンボ』とそれをオマージュした日本ドラマの田村正和氏主演『古畑任三郎』です。

 この二作は「倒叙ミステリー」と呼ばれる、冒頭を殺人シーンから始めて、刑事が犯人を追い込んでいく過程を視聴者へ見せる演出スタイルになっています。初めはバレないだろうと高をくくっていた犯人が、冴えない風貌のコロンボや古畑からじょじょに追い込められていくさまを観せることで、視聴者はサスペンスを味わうのです。


 スポーツもので「フラッシュバック」を多用すると「ご都合主義」に陥るので、可能なかぎり避けましょう。

 たとえば、柔道大会の試合中に相手に奥襟をつかまれます。途端に「フラッシュバック」して「相手が奥襟を掴んできたら、内股に持ち込むための猛稽古場面シーン」を差し込みます。そして現在に戻り「今だ!」と内股を仕掛けて一本をとる。スポーツものでは往々にして書いてしまいがちですが、これをやられると本当に「なんでもあり」になってしまいます。

 バスケットボールマンガの井上雄彦氏『SLAM DUNK』では、試合中に主人公の桜木花道が、日頃の「庶民シュート」練習シーンをちょこっとだけ書いていましたよね。あれも本来なら「ご都合主義」です。しかし花道がやんちゃなだけでなく練習熱心な一面を持っていることを、あのワンシーンで説明していると考えれば、コマ数短縮の効果はあります。

 ですが「ご都合主義」には変わりないので、できれば「庶民シュート」の練習シーンを試合前に丸々一話使ってでも描いておくべきでしょう。




剣と魔法のファンタジーなら

『小説家になろう』で最も人気のあるジャンル「ハイファンタジー」「異世界ファンタジー」でも考え方は同じです。

 ヒロイック・ファンタジーは「主人公の出生の秘密」が物語を解決する「秘密」となっていることが多い。

 例えば水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』では、主人公パーンは神聖ヴァリス王国の聖騎士テセウスの息子とされています。しかしザクソンの村では聖騎士テセウスは裏切り者だと語られていたのです。父の汚名をすすごうと自らも聖騎士を目指すパーンは、冒険へ旅立ち、成り行きでヴァリス王国の聖騎士団と出会いました。彼らから父テセウスの本当の秘密を知ったことで、パーンは父にかけられた汚名が聖騎士団という組織を守るためのものであり、父こそが真の聖騎士であったことを知ったのです。そしてパーンは聖騎士団の一員として迎えられ、ヴァリス王国とマーモ帝国の直接対決の戦場へと赴きます。

 またJ.K.ローリング氏『ハリー・ポッター』の主人公ハリー・ポッターは、本人も知らないある「秘密」を持っています。物語が進んでいくことでじょじょに明らかにされるハリーの「秘密」により、自身が倒さなければならない敵の存在を強く意識していくことになるのです。そして最後はその倒さなければならない敵との対決が描かれました。


 いずれの場合も、物語の開始当初にはその「秘密」はわかりませんでした。

 しかし物語が進むにつれ、少しずつ「フラッシュバック」の手法で場面シーンを挿入し、過去の出来事を読み手に披露しています。これにより主人公と読み手は「秘密」を知り、相手との関係にも変化が生じるのです。




フラッシュバックの使いどころ

「フラッシュバック」は、過去のことならなんでも書けるため、とても重宝します。

 しかし安易に「フラッシュバック」を多用すると、現在が置き去りになりかねません。

 時系列どおりに並べて書いたら、物語の本筋ははっきりします。しかし、メインキャラが主人公と出会う前の話はいっさい書けません。主人公と出会う前つまり「過去」の話をしなければ本筋でメインキャラがそのライバルキャラと確執を起こしたことなど説明できやしない、ということがよくあります。

 こんなときこそ「フラッシュバック」で「過去」の場面シーンを割り入れるのです。これならわかりやすいですし、本筋を進めながら「過去」を語れるので、物語は確実に前へ進みます。




過去編に入らない

 小説投稿サイトで連載している作品の中には、「フラッシュバック」で割り入れた「過去」場面シーンが好評を博し、「過去編」に突入してしまうものがあります。私もやった口なので、大きなことは言えませんが。

 現在の時間を進めず、延々と「過去」ばかり書いてしまうのです。

 そうなると「現在」と「過去」のどちらが本筋なのかを書き手が見失います。読み手にも区別できません。

 一度こうなってしまうと、収拾をつけるのがたいへんです。

「過去」が予想外に盛り上がってしまったがために、「現在」に話が戻ったらそれ以上に盛り上げなければなりません。

「物語の盛り上げ方」がわかる書き手なら挽回できるのです。しかし私もおそらくあなたも「物語の盛り上げ方」を知りません。

 知っているのなら、あなたは本コラムを読んでいないでしょう。

 だから結果的に「盛り上がった」だけで、「どうして盛り上げたのか」までは分析できない方が多い。

「過去編」を書いている書き手の方は、なるべく早く「現在」の本筋へ話を戻すようにしてください。飽きられるまで「過去編」で盛り上がれば盛り上がるほど、「現在」の本筋へ戻ったときに苦労します。

 いくら「フラッシュバック」した「過去」場面シーンが大好評でも、「過去編」に入ってはなりません。「過去編」を書きたいのであれば、本筋を終わらせてから、もしくは本筋をある程度進めてから、都度挿入する形にしましょう。


『名探偵コナン』では、メインキャラの「過去話」を分割して読み手に提示しています。これが読み手の期待値を高める効果を生んでいるのです。

 読み手が「この過去話の続きが読みたい」と盛り上がったとしても、一回で読ませる分量は極力一場面シーンに抑えましょう。続きは「現在」の本筋がある程度進んでからでかまいません。それくらいのほうが作品全体の興味を惹きつけられます。ブックマークが増えるとしたら、まさにこのタイミングです。





最後に

 今回は「フラッシュバックの仕方【回答】」について述べました。

「フラッシュバック」で「過去」場面シーンを書くときは一場面シーンに限りましょう。けっして「過去編」に入らないようにしてください。あなたの手に余る作品になりかねません。



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