972.筆洗篇:憧れの書き手を持つ

 今回は「憧れの書き手を探す」ことについてです。

 できれば日本人の書き手を選んでください。

 原著が英語の場合は除外しましょう。たとえば『シャーロック・ホームズの冒険』のサー・アーサー・コナン・ドイル氏、『ハリー・ポッター』のJ.K.ローリング氏、『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウン氏などは、どんなに作品が素晴らしくても、日本語の小説には合いません。





憧れの書き手を持つ


 あなたは小説の書き手として尊敬し憧れる方はいらっしゃるでしょうか。

 もしいない場合は、小説を片っ端から読んで「これは!」と思う書き手をぜひ探してください。

 尊敬し憧れる書き手がいると、さまざまな面で有利です。




日本人の憧れの書き手を見つけよう

 日本の小説は日本語で書かれています。

 当たり前ですが、とても重要なことです。

 英語の小説を読んでも日本語の小説は書けません。さらに言うならば、英語小説の和訳を読んでも日本語の小説はまず書けないでしょう。

 なぜか。巧みな訳者なら日本語に最適化された英語小説の和訳を読めますが、たいていの訳者はただ英語を日本語に改めただけの直訳だからです。

 言葉の息遣いが日本語ではありません。英語の息遣いで日本語を話しているのと同じだからです。これはアメリカ人が日本語を話している姿と似ています。必死に話してくれますが、たどたどしくて聞き入っていられない。どうしても注意が散漫してしまう。

 恐ろしいほど完璧な日本語を話すアメリカ人も中にはいます。これには驚嘆です。どうやってアメリカ人がこれほどまでに完璧な日本語を話せるようになったのか。知りたくなりますよね。

 話し言葉でもこうなのです。違和感を覚える書き言葉というものも当然あります。

 英語の原文をそのまま訳すだけなら、あなたでも英和辞典を引きながらできるのです。『Google翻訳』でもできますよね。言い回しなんて関係なく、機械的に単語を翻訳するだけです。

 しかし英語でも日本語でもそうですが、「この言い回しをするのは、こういう意図があるからだ」というルールがあります。

 それを知らずに翻訳すれば、たどたどしい日本語にしかなりません。

 英語の文章を『Google翻訳』にかけると、奇妙な日本語になります。実際に試した方もいらっしゃるでしょう。私も英語が苦手で、英語で送りつけられる怪しげなメールを『Google翻訳』で変換していますが、まぁ読めたものではありません。あれは日本語ではないのです。日本語単語の羅列にすぎません。

 その点、小学生が読むことを想定した児童小説は、英語原作でもきちんとした日本語で書かれています。小学生に難しいことはわからないので、訳者が意訳を心がけているからです。私はサー・アーサー・コナン・ドイル氏『シャーロック・ホームズの冒険』、モーリス・ルブラン氏『怪盗ルパン』をともに児童小説版で読みました。だから細かな描写までは記憶していませんが、大まかなあらすじだけはきちんと追えたのです。それでじゅうぶんに楽しめました。

 一字一句余さず翻訳したものより、徹底的に意訳した海外小説はじゅうぶん憧れるに値します。その訳者は間違いなく日本語の達人だからです。

 私は村上春樹氏の作品が嫌いです。それは彼の小説が「英語の直訳くさい日本語で書かれている」からです。彼は翻訳家としても活動しており、数多くの海外作品を和訳してきました。だからなのか、彼が書くオリジナル小説は、一字一句英語に変換しても意味が通るようになっています。逆に言えば日本語を軽視しているのですね。

 ノーベル文学賞を獲得した川端康成氏、大江健三郎氏はともに、英訳など考えず「日本語の小説」を追求していました。川端康成氏『雪国』の書き出しは、英訳家泣かせと言われているのです。英語の文法に必須な情報が書かれていません。『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。』という一文。主語がありませんよね。誰がまたは何がトンネルを抜けたのかわかりません。しかも「こっきょう」なのか「くにざかい」なのかでも訳し方が異なります。

 しかし村上春樹氏の小説ではこのような省略がありません。きちんと主語が書かれています。小説は省く技術で成り立っているので、主語を書かなくても伝わるときは主語を書かない、というのが最低限の日本語のルールです。

 だから、私は村上春樹氏を憧れの書き手にはオススメしません。大衆娯楽小説が書きたい方は憧れてもよいとは思います。




憧れの書き手はあなたの理想形

 なぜ「憧れの書き手」を見つけていただきたいかと言えば、彼らがあなたの理想形になるからです。

 夏目漱石氏を「憧れの書き手」とすれば、夏目漱石氏のような小説が書ければ理想的ではないでしょうか。

 近年のライトノベルで言えば、川原礫氏『ソードアート・オンライン』、鎌池和馬氏『とある魔術の禁書目録』、佐島勤氏『魔法科高校の劣等生』、渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』あたりが人気を集めていますよね。

 こういった作品が書きたいから、小説にチャレンジしている方も多いはずです。

 たとえばVRMMORPGを書きたいなら、川原礫氏を「憧れの書き手」とし、氏の小説を精読して「どのように比喩や表現を用いているのか」「どのように物語を構成しているのか」「伏線がどこに埋め込まれているのか」といったことをすべて吸収してください。

 可能であれば、紙の原稿用紙に縦書きで一作書き写す「写本」を行なうことをオススメします。単行本一冊を丸々「写本」するのは骨が折れますが、効果は絶大です。「ここでこんなふうに表現しているのか。その意図は前に出てきたこれが関係しているんだな」ということがわかってきます。

 忙しい方は一章だけでも「写本」しましょう。

 横着して、PCのテキストエディタに横書きで入力してはなりません。

 紙に一文字ずつ書き写している時間の中で、「どうしてここでこの文字を使っているのだろうか」ということを理解するために「写本」するのです。PCに入力するとき、一字一句に集中して時間をかけてタイピングすることなどありません。ほぼ条件反射で入力できてしまうため、深く考察できないのです。

 だから面倒でも紙の原稿用紙に縦書きで「写本」してください。

 そうやって「憧れの書き手」から比喩や表現、伏線や展開などを吸収していけば、やがて「憧れの書き手」と遜色ないレベルまで到達できます。

 それがあなたにとっての理想形だったはずです。




憧れを越えていく

 いつまでも「憧れの書き手」と同じレベルのままとどまっていては、先行する「憧れの書き手」の二番煎じ、劣化コピーにしかなりません。

 いつかは「憧れの書き手」を追い抜かなければ、小説を書く意味がないのです。

 追いつくまで「憧れの書き手」は理想形でした。

 しかし追いついたら、今度は「越えるべき壁」として立ちはだかります。

 あなたがここまで築きあげてきた日本語力は、「憧れの書き手」の二番煎じ、劣化コピーです。

 そこに別のものを混ぜ合わせることで化学変化を起こし、一気に壁を越えていきます。

 別のなにかは、もうひとり「憧れの書き手」を設定するか、あなた独自の書き方を追求するかして設定してください。

 つねに「よりよい日本語力」を身につける努力を怠らないようにしましょう。

「憧れの書き手」を越えていくためにこそ、彼らを目標とした意味があるのですから。





最後に

 今回は「憧れの書き手を持つ」ことについて述べました。

「憧れの書き手」はあなたの理想形であり、目標とする人物、目指すべき作品となります。

 じゅうぶんに近づけたら、次からはそれを越えていくように努力しましょう。

 越えられなければ「憧れの書き手」の劣化コピーのままです。

 あなたが正当に評価されるには、誰かの劣化コピーではなく、オリジナリティーあふれる物語を書いたときだけです。



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