964.筆洗篇:個性とはインプットの質と量で決まる(毎日連載900日目)

 今回は「読まなきゃ書けない」ことについてです。

 小説を書きたいのだけれども、どうしても書けない方。いらっしゃいますよね。

 そんな方は「読む量」が足りていないのです。

 とにかくたくさん読みましょう。





個性とはインプットの質と量で決まる


 よく「個性的な文章」「個性的な表現」「個性的な展開」と呼びますが、そもそも「個性」とはなんでしょうか。

「他人が持っていないその人固有のもの」と考えている方が多いと思います。

 しかし執筆の「個性」とは、どれだけ読書してきたかで決まるのです。

 読みもしないで「個性的」な文章や展開は思いつけません。




とにかく読め

「個性的な文章」「個性的な表現」「個性的な展開」を体得するには、とにかく小説を読んでください。読みまくってください。

 たとえば芥川龍之介氏の作品をすべて読みましょう。谷崎潤一郎氏の作品をすべて読みましょう。特定の誰かの作品を集中的に読むのは、単なる動機でしかありません。

 今日はここまで読んだ。あとこれだけあるな。明日も読むぞ! という動機づけです。

 では誰の作品をすべて読むべきか。

 表現が少し古くはなりますが、著作権保護期間の切れている書き手の作品を選びましょう。

 芥川龍之介賞を狙っているのなら、芥川龍之介氏の作品を避けては通れません。どういった小説が「芥川龍之介」をかたどっているのか。それを知ることで「なにをどう書くべきか」が見えてきます。

 しかし芥川龍之介氏は中編小説、短編小説の書き手です。あなたが「紙の書籍」化を狙っているなら、長編小説を書いている方の作品群を読むべきでしょう。

 では具体的に誰なのか。

 太宰治氏を中心に読み込んだのが芥川龍之介賞を授かったお笑い芸人ピースの又吉直樹氏です。読書大好き芸人でもありますから、太宰治氏以外の作品もかなりの数読みこなしています。

 であれば自分も太宰治氏を、という方を止めるつもりはありません。しかし太宰治氏の作品はちょっと胃にもたれます。

 どんな作品を書くにせよ、この人の作品だけは全部読んでおけ、と言える書き手がひとり存在します。


 夏目漱石氏です。




夏目漱石氏を師と仰げ

 皆様も夏目漱石氏の名はご存じでしょう。千円札の肖像画にもなりましたからね。

 ではなぜ夏目漱石氏なのか。

 夏目漱石氏は言文一致体の確立に尽力した功労者のひとりで、教育者でもあるためひじょうに論理的な文章を書きます。文章の質がそもそも高いのです。夏目漱石氏の小説を読めば、あらゆる文章が書けると断言できるほどに。

 そして現在の主流である一人称視点と三人称一元視点の小説を数多く書いています。夏目漱石氏の小説を読むだけで、視点の操り方がわかるのです。

 さらにさまざまな展開が楽しめます。小説を大衆娯楽へと昇華させたのも、夏目漱石氏の貢献が大です。

 つまり夏目漱石氏の小説を読破すれば、「小説の書き方」そのものが身につきます。

 読破した後に小説を書くと、今までとは明らかに異なった作品に仕上がるはずです。

 嘘だとお思いでしたら、だまされたと思って読破してみてください。『青空文庫』に全作品が収録されていますので、必要なのは読む時間だけです。

 当時小説を書いていた教育者としては他に、森鴎外氏や島崎藤村氏、小泉八雲氏、宮沢賢治氏などもいますが、夏目漱石氏が傑出しています。

『青空文庫』なら全作品無料。読めば必ず執筆スキルが上がる。これで読まない理由はないはずです。

 小説家を志すすべての方に「夏目漱石氏の作品はすべて読め」と言いたい。

 夏目漱石氏こそが現代小説の出発点でもあるからです。




他の書き手の作品も読め

 その後に『青空文庫』から気になった書き手を見つけて作品を少し読んでみましょう。そして面白そうなら読む。読んで面白かったら同じ書き手の違う作品にも手をつけてみる。外れだったら別の書き手の作品を読んでみる。それでよいと思います。

 とにかく数を読んでください。

 現在『青空文庫』は数千冊を取り扱っています。言葉遣いが古くさいという欠点はあるものの、可能なかぎり読めば「小説」というもののあり方を見出だせます。

 あらかた読んだ、または古くさい小説はもう懲り懲りだ。そう思ったら、初めて現代の書き手の作品を読みましょう。

 ですが、いきなり書籍代として月数万円もかけろとは言いません。

 まずは図書館へ行って小説を借りて読みましょう。

 図書館は過去の人気作・話題作を多数所蔵しているため、図書館が取り扱っている小説に外れはめったにありません。

 そもそも図書館は書棚のスペースに制限があり、あまり読まれない・人気のない作品を長期間置いておく必然性がないからです。

 過去の名著のほとんどは図書館でカバーできますので、近くにあれば最大限活用しましょう。

 図書館で読める作品はすべて読んだ。さぁいよいよ書籍を買って読むぞ!! と意気込むのはよいのですが、書店に向かっているのであればちょっと待ってください。

 書店に行く前に、古本屋に行ってもらいたいのです。

 最新作を読みたいから、まっさらな書籍を手に入れたいから。

 そういう理由だけで書店に行ってはなりません。

 元書店店長の私が断言します。先に古本屋に行きましょう。




古本屋を活用する

 古本屋のよいところは、過去の芥川龍之介賞・直木三十五賞の各受賞作が破格の値段で手に入る点にあります。大量に流通した書籍は買取価格も低く、当然売値も安い。『BOOKOFF』ならベストセラーほど安価で手に入るのです。

 古本屋で名の知れた書き手の安い小説を大量に買って読むだけで、とても効率的にベストセラーを読みまくれます。

 ライトノベルは古本屋での買取価格が一般文芸作品と比べて低く設定されているので、「読み終わったら売る」方は販売価格の安い「電子書籍」版を購入してもよいでしょう。Amazonの『Kindle』なら冊数も豊富に揃っています。

 ただ読むだけなら「電子書籍」が有利なのですが、「書き込みながら読む」方は断然「紙の書籍」が上です。

 推理小説を読んでいるのなら「この情報は伏線かな?」と思ったところにマーカーで線を引く、という使い方もできます。読み進めていって本当に「伏線」だったら、「伏線」の仕込み方がわかってきたということです。もしフェイクなら「こうやってフェイクを仕込むのか」と気づけます。

 巧みな比喩や表現を見つけてマーカーを引くのもよいですね。自分の比喩や表現にも磨きがかかります。図書館から借りた本にはマーカーは引けませんからね。

 古本屋から安価で仕入れた紙の書籍なら、いくらでもマーカーを引けます。

 古本屋を最大限活用できれば、あなたの文才は必ず向上するのです。




いざ新書へ

『青空文庫』、図書館、古本屋で手に入る名著のあらかたを読み尽くしたら、いよいよ書店へ行ってください。

 その頃になると、あなたの目が相当肥えているはずです。新作でも冒頭を読んだだけで「作品の良し悪し」を分別できるようになっています。

 出だしから惹き込まれる作品がどのようなものなのかを、体得しているのです。

 だからこの段階でライトノベルに手を伸ばしても、良書をひと目で見分けられます。ただしライトノベルはほとんどの書店でビニールのシュリンクがされていて、試し読みできません。そこで「電子書籍」を活用してください。たいていの「電子書籍」サイトには冒頭部分の「試し読み」機能が付いています。Appleの『Apple Books』も「試し読み』できますので、「紙の書籍」を買う前に冒頭「試し読み」しておきましょう。

 そして「これは買ってでも読みたい」と思ったら、「紙の書籍」か「電子書籍」かを購入すればよいのです。




これだけ読めば必ず個性が出る

 以上の工程を踏まえていれば、あなたの「小説を書く能力」はじゅうぶんなレベルにまで高まっています。

 ひとりの書き手だけに捕らわれずに読んできたから、あなたの「個性」が現れるのです。

 太宰治氏の小説しか読まなければ、「太宰治氏の劣化コピー」しか出来ません。

 夏目漱石氏、川端康成氏、司馬遼太郎氏、西村京太郎氏、筒井康隆氏など、多種多様な名筆家の作品を読んできたから、表現にも幅が生まれます。しかも「誰かの劣化コピー」にはならないのです。

「個性」とはひとりで頭を悩ませても生まれません。たくさんの小説を読みこなして初めて「個性」とはなにかがわかるのです。

 出版社レーベルの編集さんが作品の良し悪しに詳しいのも、それだけたくさんの小説を読みこなしているから。しかし「書き手」視点でなく「読み手」視点で読んでいます。だから、書き手が書きたいものと編集さんが書かせたいものとが異なるのです。そしてたいていは編集さんの書かせたいものが売れます。

 小説は「読み手」視点で物語を構成しないと売れないのです。

 だから書き手であるあなたは、小説を「書き手」視点で読んで表現や比喩を分析・吸収し、「読み手」視点で構成を研究しましょう。

 徹底していれば、必ず「個性」のある作品が書けます。

 名著をたくさん読んできた。その経験が「個性」となって現れるのです。

 皆様には、ぜひとも小説をたくさん読んでいただきたい。

 読まねば書けません。

 駄作を読みまくっても駄作しか書けません。

 名著を読みまくれば名著が書けるかもしれないのです。

 必ず名著が書けるわけではないのですが、けっして駄作にはならないでしょう。

「小説賞・新人賞」狙いならば、名著を読んで身につけた「個性」が輝く作品を書くのです。

 小説投稿サイトのランキング上位を読んだだけで「私にも書ける」とはけっして思わないでください。

 小説投稿サイトのランキング上位と過去の名著とでは、完成度の点で雲泥の差があります。

 ランキング上位の作品を分析するのは、名著を読み込んだ後でかまわないのです。





最後に

 今回は「個性とはインプットの質と量で決まる」ことについて述べました。

 小説投稿サイトのランキング上位を研究した作品は、せいぜいその程度のものしか書けません。

 過去の名著を読みこなせば、「小説賞・新人賞」を狙うに値する小説が書けるようになります。

 そして「個性」があふれる小説を書くためにも、名著を読み込むべきです。



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