965.筆洗篇:古いものにもヒットの種は眠っている
今回は「ヒットの種」についてです。
「ヒットの種」は古いものに眠っています。
それに気づけるかどうかが、人気作を生めるかどうかの差となって現れます。
古いものにもヒットの種は眠っている
小説投稿サイトを利用されている中には、「もう紙の書籍の時代は終わった。これからは小説投稿サイトで人気を得なければプロにはなれない。だから紙の書籍なんて考慮に値しない」と思われている方もおられることでしょう。
それはいささか早計かと。
温故知新
『論語』に「温故知新」という言葉があります。
「
前回私が「夏目漱石氏の作品はすべて読め」と言ったのも、「温故知新」の側面があります。
今の時代、スマートフォンさえあれば時代の最先端を走れます。
もう紙媒体は古い。過去のもの。遺物。そんなイメージです。
本当に紙媒体は改めて価値を見出だせないものばかりなのでしょうか。
アパレル業界では「
小説にも
『小説家になろう』で一大勢力を誇っていた「異世界転生」ものも、ここ最近は勢いが衰え始めました。全盛期はランキング上位がすべて「異世界転生」ものだったこともありましたからね。
ですが「異世界ファンタジー」という括りで言えば、栗本薫氏『グイン・サーガ』、水野良氏『ロードス島戦記』といった王道ものが生まれたのはだいたい三十年前です。「異世界転生」だらけになったのがここ五年と見積もっても、二十五年周期で
であれば、今流行っている作品の傾向は二十五年前のライトノベル界にヒントがあるのかもしれません。
そしてこれから流行る作品の傾向は二十年前のライトノベルに近しいものではないでしょうか。
先ごろ、水野良氏の『ロードス島戦記』シリーズ最新刊が満を持して発売されました。
『ロードス島戦記』の完結から二十年ちょっと経った今、なぜ最新刊が発売されたのでしょうか。やはり
もしアパレル業界のように
古いテンプレートは信頼感で使われ続ける
2019年は川原礫氏『ソードアート・オンライン』が紙の書籍として発刊されてから十年に当たります。個人Webサイトで連載が開始されたのは十七年前からです。
現在、ゲーム内のような世界への「異世界転生」ファンタジーが多いのは、『ソードアート・オンライン』の影響を否定できません。なにせ現在でも新作アニメ化されているくらいですから。
『ソードアート・オンライン』を下敷きに、ゲーム内のような世界を舞台とした作品が雨後の
「異世界ファンタジー」ジャンルのランキングを見れば、「レベル」「ステータス」「スキル」といった単語を見ますよね。これがまさに「ゲーム内のような世界」です。
近年の「異世界ファンタジー」では、本来目に見えるはずのない「レベル」「ステータス」「スキル」といったものを数字で書き出して、「ゲーム内のような世界」を表現しています。
「ゲームライクな小説」として考えれば納得もしますが、小説の物語を読んでいるのか、ゲームのリプレイを読んでいるのかわからなくなりやすい。
コンピュータRPGが小説の書き手にも読み手にも受け入れられています。古くはエニックス『DRAGON QUEST』やエニックス『FINAL FANTASY』といったコンシューマ向けRPGが大ヒットしました。これらをプレイした世代が今の書き手であり読み手でもあるのです。
だからそれらゲームに出てきた概念は、書き手と読み手が共有できるメリットがあります。
『ソードアート・オンライン』の大ヒットにより、ゲーム内世界のテンプレートが完成しました。同じようなVRMMOであったり、ゲーム的な要素であったりを盛り込んだ作品が盛んに生み出されたのです。
それは『ソードアート・オンライン』が大ヒットしたから。二匹目の
古いテンプレートは、確実にヒットした作品をベースにしているから生き残ります。ヒット作もないのにテンプレートは作られません。
温故知新は換骨奪胎でもある
古いものに親しんで、新しいものを知る。
これって「古い物語の枠組みを使って、残りはまったく新しいものを導入する」こととほぼ同じです。これを「
すでに何度もお話していますが、世界中にあるあらゆる民話・伝承・神話そしてウィリアム・シェイクスピア氏によって、物語の展開は出尽くしているとされているのです。
どんなに奇抜で考え抜かれたストーリーであっても、昔誰かが語っていたものと枠組みは同じ、ということがよくあります。
物語の「枠組み」には著作権がありません。たとえば「特殊な学校に通うことになった特別な力を持つ少年の話」という「枠組み」はパッと思いつくだけでもかなりあるのではないでしょうか。
J.K.ローリング氏の『ハリー・ポッター』シリーズであったり、佐島勤氏『魔法科高校の劣等生』であったり、マンガの堀越耕平氏『僕のヒーローアカデミア』であったり。
この「枠組み」は本当に数多く使われています。でも誰も著作権法違反で逮捕されたという話は聞きませんよね。
そこに、物語の「枠組み」には著作権がない、という主張の論拠があります。
また著作権法を読んでも、登場人物や舞台の名前などに商標権が発生することはあっても、物語の「枠組み」を保護するような条文が見当たらないのです。
物語を思いつかなければ換骨奪胎してみる
あなたが新しい連載を始めたいと思って、どんな物語にしようか考え始めたとします。
しかしなかなかよいアイデアは浮かびません。
アイデアが浮かばないからといって、連載をあきらめたら小説を書く能力が衰えてしまいます。
ではどうするか。
換骨奪胎してみましょう。
あなたが大好きな物語の「枠組み」だけを借りてくるのです。
もちろん固有名詞が同じであれば「パクリ」であることは誰の目にも明らかでしょう。
しかし固有名詞が異なり、登場人物の関係性を変更したりするだけで、意外と元の作品がなにか気づかれにくくなります。
たとえばマンガの桂正和氏『ウイングマン』から「特殊な能力を手に入れた少年が、敵との戦いを通して成長し、真のヒーローとなる」話の「枠組み」を取り出します。
そして「どのようにして特殊な能力を手に入れたのか」「どのように敵と戦っていくのか」を考えていくのです。
すると先述の『僕のヒーローアカデミア』が生まれてしまいます。
では『僕のヒーローアカデミア』は『ウイングマン』のパクリでしょうか。
違いますよね。
これが「換骨奪胎」の妙なのです。
過去に流行った物語の「枠組み」を取り出して、固有名詞や関係性などを変更していくことで、まったく異なる物語に仕上がります。
誰も『僕のヒーローアカデミア』が「パクリ」だとは思っていません。
それは「どのようにして特殊な能力を手に入れたのか」という始まりすら異なるからです。「誰かから授けられた特殊な能力」という点は一致しています。しかし『ウイングマン』は「ドリムノート」というアイテムで授かった変身能力ですが、『僕のヒーローアカデミア』はNo.1ヒーロー「オールマイト」から授かった「ワン・フォー・オール」という譲渡される個性です。
始まりが異なりますから、誰が見ても『ウイングマン』と『僕のヒーローアカデミア』が同じ「枠組み」だと気づくことすらできません。
異世界転生は換骨奪胎の最たるもの
『小説家になろう』で「異世界転生ファンタジー」が流行っていましたが、これなど「換骨奪胎」の最たるものです。
すべての物語は始まると同時に「なんらかの力が働いて一度死に、異世界へ転生する」話という身も蓋もない「枠組み」が導入となっています。
トラックに轢かれたり、身投げしたり、入水したり、心臓発作だったり、神様に間違えられて殺されたり。死に方はさまざまですが、とにかく主人公が死ぬところから始まります。
主人公が死んだところから始まる物語がなぜ人々にウケるのでしょうか。
現世が生きづらいと感じている方が多いから、というわけでもなさそうです。
おそらく「読み手に異世界のことを説明する手間が省けるから」だと思います。
「異世界ファンタジー」は最初から「異世界」にいるため、「異世界」のことを読み手に説明する手間が必要です。しかも説明くさくなるとそれだけで読まれにくくなります。説明くさくならずに説明しなければならない、という矛盾を打開するだけの筆力が多くの書き手にはないのです。「異世界」を説明するというたったそれだけのことですらできない書き手が、それでも小説を書きたいと思えば、逐一説明しても当然である前提が必要になります。だからこその「異世界転移」であり「異世界転生」なのです。
現実世界の人物が、あることをきっかけにして「異世界」へとやってくる。だから「異世界」のことをまったく知らないのです。
であれば主人公の見るもの聞くものすべてが「新しいもの」であり、説明文を大量に書いたとしても違和感が薄くなります。それは主人公自身が知らないことばかりだからです。
「異世界ファンタジー」は主人公が「異世界」の住人ですから、知らないことはほとんどないはずです。「なぜ魔法が存在するのか」なんてその世界では当たり前のことを、一人称視点で説明するのはおかしくありませんか。「どうしてこの世界には魔物がいるんだろうか」という問題も、その世界では当たり前かもしれません。
「異世界」を舞台にしたファンタジー小説を書きたいけれども、読み手に「異世界」の常識を説明するだけの手段が思いつかない書き手が殊のほか多い。その場合「異世界転移」「異世界転生」の「枠組み」を持ってくるだけで解決できてしまうのです。
だから「異世界転生」ファンタジーが流行りました。
筆力がなくても人気が獲れるからです。
最後に
今回は「古いものにもヒットの種は眠っている」ことについて述べました。
「温故知新」と「換骨奪胎」こそがヒット作を生む最大の要因です。
昔の物語を新解釈してみたり、「枠組み」だけを借りて別物を入れ込んでみたり。
そうすることで、思いがけない物語が生み出されるのです。
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