950.敬語篇:尊敬語と謙譲語の取り違え

 今回は「尊敬語と謙譲語の取り違え」についてです。

 慣れない敬語を使おうとして、尊敬語と謙譲語があべこべになってしまうことはよくあります。

 とくに現役の中高生が「上下関係のある小説」を書く場合、敬語に慣れていませんからあべこべになりやすいのです。

 そこで今回は、とくに間違えやすいものをピックアップしました。





尊敬語と謙譲語の取り違え


 敬語は注意しないと、目上の相手に謙譲語を用いたり、身内の人に尊敬語を使ったりして不評を買うことがあります。

 そして「二重敬語」とはまた別の、「尊敬語+謙譲語」「謙譲語+尊敬語」という取り違えを起こすことも多いのです。




間違えやすい「御〜して〜ください」「御〜してください」

 よく身内でない尊敬すべき人へ「ご着席してお待ちください」「ご記入してください」と言う方がいらっしゃいます。

 前回までをご覧の方には自明かもしれません。

「御〜する」は謙譲語、「御〜ください」は尊敬語です。

 つまり「ご着席してお待ちください」は「ご着席する」と謙譲語で書いているのに、「お待ちください」は尊敬語になります。

 尊敬すべき人に対して言うのなら、「ご着席になってお待ちください」が正解です。


 では「ご記入してください」はどうでしょうか。

「御〜ください」だからパターンとしては尊敬語です。

――と言いたいところですが、よく見てください。

「ご記入して」という部分が、そのまま謙譲語である「御〜する」の形になっていますよね。

 そうなのです。この「ご記入してください」は、尊敬語のふりをした謙譲語つまり「交錯敬語」とでもいうべき表現になっています。

 尊敬語を書こうという意識はあるのですが、テンプレートの「御〜ください」にだけ意識が行って、謙譲語の「御〜する」に気づけなかったのです。


 このように「御〜して〜ください」「御〜してください」という表現は頻繁に見かけますので、注意してくださいね。

 今書いた「注意してくださいね」は単なる丁寧語です。

「御」が付いていませんよね。「御」が付くから「交錯敬語」になります。

「御」がなければ「注意して」も単なる常体の動詞であり、「ください」も単なる「くれ」「欲しい」の丁寧語になります。


 社外の人に「窓口でうかがってください」「こちらでお待ちしてください」「あちらでいただいてください」と謙譲語+丁寧語で表現しては、先方を低めてしまうのです。




身内の人に尊敬語を使ってしまう

「係長からうかがっております」

 課長なのに社外の人物へこのような表現をしてしまう方も多い。

 まず「係長からうかがっております」を社外の人物に発言してしまうとどうなるのでしょうか。

「係長からうかがっております」は「係長からうかがっている」の丁寧語です。「係長からうかがっている」は「係長から聞いている」の謙譲語になっています。

 もしあなたが「課長」だった場合、役職では下の「係長」を上に立ててしまっているのです。これでは聞いた社外の人物は混乱してしまいます。

 謙譲語は「こちらを低めて、相手を上に立てる」理屈で使われます。

 つまりあなたが係長より上の地位であるにもかかわらず、社外の人物に話すからと敬語を使おうとして失敗するケースです。

 本来あなたが上に立てるべき相手は「社外の人物」であり、社内の身内(今回の例ではあなたより地位が低い係長)ではありません。

 社内の目下の身内に関して「社外の人物」へ語るときは敬語ではない「丁寧な言葉遣い」でよいのです。

 よって「係長から聞いています」少し改まって「係長から聞いております」でかまいません。


 似たようなケースに「社外の人物」へ「社内の人の行為に尊敬語を使ってしまう」場合があります。

×尊敬語「有野課長は席を外していらっしゃいます」⇒○丁寧語「有野は席を外しております」

×尊敬語「有野課長がおっしゃっておりました」⇒○謙譲語II「有野が申しておりました」

×尊敬語「要望書は有野課長がご覧になりました」⇒○謙譲語II「要望書は有野が拝見しました」


 いずれも「社外の人物」よりも上に社内の身内を立ててしまっているのです。

 正しくするには「役職」は削るか「課長の有野」と「役職」を名前の前に出してしまいましょう。

 そのうえで「社外の人物」へ「社内の身内」のことを話すときは、「尊敬語ではなく謙譲語を用いる」のです。

「弊社の支店長がご挨拶にいらっしゃいます」「弊社の部長がおっしゃっておりました」も高めているのは「支店長」「部長」であって、話し相手ではありませんよね。だから身内に尊敬語を使うべきではありません。「弊社の支店長がご挨拶に参ります」「弊社の部長が申しておりました」と謙譲語で書きましょう。


 社内の人物への行為に謙譲語Iを書くと、自分が下にまわって社内の人物を上に立てる表現になります。話し相手の「社外の人物」からは自分より身内の上司のほうが上なのかと思われるのです。

×謙譲語I「有野に申し上げておきます」⇒○謙譲語II「有野に申しておきます」

×謙譲語I「ご用件を有野にお伝えします」⇒○謙譲語II「有野に申し伝えます」

 誰を高めたくて使う敬語なのかを明確にしてください。

 敬語を用いる状況の場合、一般的に高めたいのは話し相手のはずです。


 なお、社内の人物についてその親族・関係者が電話をしてきたら、社内の人物を尊敬語・謙譲語で表さなければなりません。

「有野は外出しております」⇒「有野さんは席を外していらっしゃいます」

「課長の有野は」⇒「有野課長は」

「まもなく戻ると思います」⇒「まもなくお戻りになると存じます」

「本日は外出しております」⇒「本日は外出していらっしゃいます」

「三時に戻ると言っておりました」⇒「三時にお戻りになるとおっしゃっておりました」

「呼んできます」⇒「お呼びしてまいります」

「ご用件を申し伝えます」⇒「ご用件をお伝え致します」


 最悪なのは「社外の人物のことに謙譲語を用い、身内のことに尊敬語を使ってしまう」場合です。

×身内尊敬語+先方謙譲語「弊社の支店長がご挨拶にいらっしゃいますので、お待ちしてください」⇒○身内謙譲語+先方尊敬語「弊社の支店長がご挨拶に参りますので、しばらくお待ちください」

×身内尊敬語+先方謙譲語「弊社の部長がおっしゃっていましたから、直接うかがってください」⇒○身内謙譲語+先方尊敬語「弊社の部長が申しておりましたので、直接お聞きいただけますか」


 尊敬語の誤りには「上に立てる必要のないものに尊敬語を用いる」ことがあります。

×尊敬語「そちらは雨が降っていらっしゃいますか」⇒○丁寧語「そちらは雨が降っていますか」 ※天気は人間ではないので「敬語」を使う対象ではありません。

×尊敬語「この風景画はよく似ていらっしゃいますね」⇒○丁寧語「この風景画はよく似ていますね」 ※絵画は人間ではないので「敬語」を使う対象ではありません。

×尊敬語「路線バスが到着なさいました」⇒○丁寧語「路線バスが到着致しました」 ※路線バスは人間ではないので「敬語」を使う対象ではありません。

 このように「人間ではないもの」に敬語を使わないようにしましょう。





最後に

 今回は「尊敬語と謙譲語の取り違え」について述べました。

 目上の人の行動に謙譲語を使ったり、身内の人の行動に尊敬語を使ったりすると、敬意は正しく伝わりません。

 誰を立てるべきかをはっきりさせましょう。

 立てる相手を間違えなければ、正しい敬語が使えるようになります。



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