920.文法篇:こと・ものを使い分ける

 今回は「こと」「もの」の使い分けについてです。

 どちらも用言を体言に変換するために用いる抽象名詞です。

 似ているようで明確な違いがあります。





こと・ものを使い分ける


 いずれも用言を体言化するために用いる抽象名詞である「こと」と「もの」。

 しかし、指しているものはまるで違います。

 今回は「こと」と「もの」との違いを明らかにして、おかしな使い方をしないよう学んでいきましょう。




「こと」と「もの」の違い

「歪められた歴史観は、反日教育に使われることがある。」

「歪められた歴史観は、反日教育に使われるものがある。」

 ここでの「こと」には「何度か」は「使われる」事例がある、ということを示しています。

 あえて「もの」も書きましたが、こちらは「歪められた歴史観には、」としたほうが意味がわかりやすいですね。そうすれば「いくつかのうち」から「使われる」事例があることを示しています。

 回数・頻度を表すのが「こと」で、部分を表すのが「もの」です。

 そんな「こと」と「もの」の違いはまだあります。




個人的な意見・忠告の「こと」、一般論の「もの」

「大好きなアーティストのライブは、実に楽しいことだ。」

「大好きなアーティストのライブは、実に楽しいものだ。」

 ここでの「こと」は「大好きなアーティストのライブは楽しい」が、個人的な感想として述べられています。

 そして「もの」は「大好きなアーティストのライブは楽しい」が、一般論である意味合いがあるのです。


「わからない言葉が出てきたら、迷わず辞書を引くことだ。」

「わからない言葉が出てきたら、迷わず辞書を引くものだ。」

 ここでの「こと」は「迷わず辞書を引きなさい。」を柔らかくした表現として用いています。忠告を伝えているのです。

 対して「もの」は一般論として捉えているのです。「わからない言葉が出てきたら、」⇒「迷わず辞書を引く」のが一般論である。という意味合いになります。


 このふたつの例を見ればわかるとおり、「こと」には用言を個人的な意見や忠告として語るときに用います。

 一方「もの」には用言を一般論として語る役割があるのです。




前提が「一般論」なら「もの」で受ける

「自分で試行錯誤して身につけた技術は、そう簡単には忘れないものだ。」

 これは「もの」でなければ成立しない文です。

 前提が「一般論」なので、それを受けるには「一般論」を表す「もの」でなければちぐはぐになります。

 もし「自分で試行錯誤して身につけた技術は、そう簡単には忘れないことだ。」だと「個人的な意見」「忠告」の他に「教訓」を垂れているようなニュアンスがあるのです。

 ですがここで「こと」を使うとやはり違和感が残ります。

 このような場面で「こと」を使うこと自体が間違いなのです。

「もの」だからこそ、前提の「一般論」がすんなりと体言化します。

 これが「こと」だと、前提の「一般論」が「忠告」に変わって「教訓」じみた印象を与えてしまうのです。

 人の意見に左右されない普遍的な前提を「一般論」の抽象名詞「もの」で受けます。

 だからこそ、前提が「一般論」なら、受ける抽象名詞も「一般論」の「もの」にしましょう。




「こと」と「もの」にはさらなる用途も

「人から施しを受けたら、生涯忘れないことだ。」

「人から施しを受けたら、生涯忘れないものだ。」

 これは「こと」と「もの」で明確に文意が異なります。

「生涯忘れないことだ。」は「忠告」です。

「生涯忘れないものだ。」は「過去を振り返ってそうであった」ような意味合いがあります。これは「一般論」というより「前例」と呼ぶべきかもしれません。




体言化する「の」の機能

「大好きなアーティストのライブは、実に楽しいのだ。」

「わからない言葉が出てきたら、迷わず辞書を引くのだ。」

「自分で試行錯誤して身につけた技術は、そう簡単には忘れないのだ。」

「人から施しを受けたら、生涯忘れないのだ。」

 このように用言の体言化には「の」を用いることがあります。

 機能としては「こと」に近いのですが、より気安く「忠言」の意味合いが強いのです。

「歪められた歴史観は、反日教育に使われるのがある。」

 とは言いません。

「値段が高いのは買わない。」「青いのが欲しい。」

 この「の」は「もの」の代わりに用いています。

「値段が高いものは買わない。」「青いものが欲しい。」

 とまったく意味が変わりませんよね。

 これが、

「値段が高いことは買わない。」「青いことが欲しい。」

 だとどんな文意かわからなくなります。

「の」には「こと」に置き換えられるものと、「もの」に置き換えられるもの。ふた通りの使い方があるのです。





最後に

 今回は「こと・ものを使い分ける」ことについて述べました。

「こと」には個人的な意見・忠告の意味合いが、「もの」には一般論の意味合いがあります。

 前提が「一般論」なら必ず「もの」で受けます。

「こと」「もの」は「の」に置き換えられる場合があるので憶えておきましょう。

「の」は「こと」の代用、「もの」の代用として機能しますが、若干馴れ馴れしい印象を与える語句です。

 主人公と読み手の距離感を測って用いるようにしてください。



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