惹起篇〜このことに気づいていますか
874.惹起篇:読み手はなにも知らない
今回から「惹起篇」を始めます。
改めて「書くときの注意点」や「書いておきたいポイント」などを述べていきます。
「惹起篇」は短い連載の予定です。
読み手はなにも知らない
小説を書くとき、書き手がまず押さえておくべき真実があります。
「読み手はなにも知らない」ということです。
なにか知っていることはあるのですが、それでも知らないことのほうが圧倒的に多い。
では、読み手はあなたの小説の「なにを知っていて」「なにを知らないのか」。それを考えてみましょう。
ジャンルは知っている
まず読み手が知っていることは、この小説がどのジャンルに属しているかです。
とくに小説投稿サイトの場合は、明確なジャンル分けをして投稿することが求められます。検索したりランキングを集計したりするために「ジャンル分け」しているわけですから、「ジャンルがわからない」はずがありません。
「紙の書籍」でもライトノベルと一般文芸(文学小説やエンターテインメント小説)とは書店のコーナーが異なりますから、最低限ライトノベルと一般文芸との大別はできます。
一般文芸の中では恋愛小説なのかSF小説なのか冒険小説なのかわからないものもあるのです。
歴史小説なのか時代小説なのか伝奇小説なのか、これは見分けるのがとても難しい。歴史的な事実を書いているなら歴史小説ですし、その時代のある人物と絡めたフィクションであれば時代小説になりますし、その時代だけを舞台にしてまったく自由なフィクションであれば伝奇小説になるのです。これを見分けるには、歴史に詳しくなければなりません。
小説投稿サイトでは最低限「ジャンル」の区別はついているものなのです。
キーワードやタグに設定されていることは知っている
読み手は「読みたい小説」を探すために、ランキングだけでなく「キーワード」「タグ」検索を利用します。「男主人公」という「キーワード」「タグ」が付いていれば「この小説は男性が主人公なんだな」と本文を読む前からわかるのです。「ハーレム」という「キーワード」「タグ」が付いていれば「この小説はたくさんの女性が登場するのだな」とわかります。
『小説家になろう』で「異世界転生」「異世界転移」という「キーワード」が公式に設定されているのも、「キーワード検索」をしてこれらの作品を見つけやすくしているのです。
だから「キーワード」「タグ」を適切に設定することは、読み手に予備知識を与えて、読みたくさせるため必要です。
タイトルやキャッチコピーに書いてあることは知っている
次に読み手があなたの小説に興味を持ったのは、「タイトル」や「キャッチコピー」で心をくすぐられたからです。
現在小説はインターネットの小説投稿サイトで読まれています。そして読み手が読みたくなるような作品を見つけ出す手段は「ジャンル」と「人気」つまりランキング上位であることです。
しかしいくらその「ジャンル」で「人気」が高くても、「タイトル」と「キャッチコピー」で興味を持てなければスルーされてしまいます。
「タイトル」はとくに『小説家になろう』で、「キャッチコピー」は『カクヨム』で重要です。
ここであなたの小説が、どのような作品であるのかをいかにアピールできるのか。それが読み手があなたの小説を読む動機になります。
『小説家になろう』で「◯◯に転生したので××する」という「タイトル」が多く見られるのも、「タイトル」で読み手の興味を惹いて「読みたくなる」気持ちにさせるためです。
『カクヨム』で「キャッチコピー」の重要性が高いのは、「タイトル」よりも大きくカラフルに表示されるからです。「タイトル」に凝らなくても「キャッチコピー」が魅力的ならクリックされます。
だから、読み手は「タイトル」や「キャッチコピー」に書かれている「主人公の境遇」や「物語のテンプレート」を知った状態であなたの小説を選ぶのです。
あらすじやキャプションに書いてあることは知っている
「タイトル」や「キャッチコピー」であなたの小説が選ばれたら、次は「あらすじ」「キャプション」から情報を得ます。ここで「タイトル」「キャッチコピー」では伝えられまなかった情報を読み手に提示するのです。
どんな主人公が、どんな環境・境遇に置かれていて、どんな出来事が始まるのか。それが読み手に披露されます。
読み手が「面白そうだな」と感じた小説のみが、本文を読んでもらえるのです。
でも読み始めるとなにも知らない
こうして読み手に選ばれた作品ですが、いざ本文を読み始めるとき、以上の情報は傍らに置かれます。
つまり小説を読み始めるときは、誰もが「その物語についてなにも知らない」状態からスタートするのです。これは永遠の真理と言えます。
「俺TUEEE」「チート」「ハーレム」な小説だとわかってはいても、書き出しの段階では「なにも知らない」のです。
それは「主人公」のことがまるでわからない。世界観がまったくわからない。「対になる存在」のことがいっさいわからないということです。
選ばれるまでにたくさんの情報に触れながら、なぜ小説の内容についてなにもわからないのでしょうか。それらの事前情報はあくまでも設定資料集であって、物語そのものではないからです。
あなたは新作の『ガンダム』シリーズの設定資料集を読んだだけで、物語のすべてがわかりますか。わからないですよね。たとえば『機動戦士ガンダム00』の設定資料集を読んで、刹那とリボンズの最終決戦まではわかるはずがないのです。
だから「事前情報はあくまでも設定資料集」であり、「物語は本文でしか書かれない(語れない)」ということを理解しましょう。
読み手が知らない前提で書く
いくら「ハイファンタジー」「異世界ファンタジー」であろうとも、どんな主人公が、どんな環境・境遇に置かれて、どんな出来事が始まるのかを、「知識のまったくない読み手が読んでもわかるように書く」べきなのです。
主人公は誰で、その人物の目にはどんな光景が映っているのか。その主人公がどんな出来事の渦中に放り込まれるのか。主人公に味方してくれる人は誰で、敵対する人は誰か。
それがわからなければ、「暗幕の前でピンスポットを浴びながら立ち振る舞っている」というコントにしかなりません。
しかし昔のコントですら、必ず書割を用いて状況を観客に見せています。ザ・ドリフターズにしろ、コント55号にしろ、オレたちひょうきん族にしろ。必ず書割の中でコントを行なっていましたよね。
私たちはそういうコントを見て育ったのに、落語のように噺家が一人芝居をしているような小説を書いてしまうのです。
もちろん落語には落語のよさがあります。ひとりの噺家が男性にも女性にも大工にも武士にも商人にも子どもにもなりきって演じ分けるのです。声の調子や語り口や語彙を変えることで演じ分けているのですが、これを小説でやろうとするのは無謀と言えます。
なぜなら、小説は文章だけで構成されており、声の調子がわかりません。語り口と語彙だけで書き分けることは至難の業です。よほど登場人物に明確な区別がなされている必要があります。たとえば商人の男性、蕎麦屋の看板娘、老舗旅館のご隠居、武士の息子というほど立場や性別や年齢が明確に分かれていれば、文章だけで書き分けられます。
しかし長編小説なのに登場人物が四人しかいないということはまずありえませんよね。
だからこそ、まず登場人物の明確な書き分けと、なにより主人公の差別化が必須です。
読み手はなにも知らないのだから
あなたの作品に対して、読み手はなにも知らないのだから、真っ暗闇の状態からひとつずつ事物を書いて存在を確定させていくことになります。
まったく知らないのですから、作品を読み進めていくための
電車にたとえるなら、先頭車両が「主人公」で、走っているレールが世界観、先頭車両が引っ張っている車両が「主人公の仲間」です。別の列車の先頭車両には「対になる存在」が乗り、引っ張っているのが「対になる存在の仲間」です。ふたつの車両が追いつ追われつして、どちらが先に終着駅に着くのかを競っています。
このような物語の形も、当然読み手にはわかりません。そこも詳しく述べる必要があります。
もう一度言います。「真っ暗闇の状態からひとつずつ事物を書いて存在を確定させていく」ことが「小説を書く」ということなのです。
川端康成氏『雪国』は書き出しだけでなく、小説全般を通してひとつずつ存在を確定させながら書いてあります。だからたいへん読みやすいしわかりやすい。わかりやすいということは外国語に訳すのも簡単であり、それがノーベル文学賞へとつながったのです。
(ただし『雪国』の出だしの翻訳には手を焼いたそうです)。
それまでに書かれていないことを突然登場させると読み手のショックが大きくなります。列車に乗っているから他にも乗客がいる。駅に着いたから駅員さんがいる。すべて前フリされています。主人公以外の人物は、基本的に状況を書いてから現れるようにすると、無理なく自然と読み手に紹介できるのです。このあたりも『雪国』が名作たる
最後に
今回は「読み手はなにも知らない」ことについて述べました。
本当になにも知らないかと問われると、必ずしもまったく知らないわけではないのです。
あなたの小説にたどり着くまで、読み手はあらゆる情報を見てきました。だから「まったく知らない」とまでは言えないのです。
ですが「本文を読み始める」と「読み手はなにも知らない」状態に置かれます。
いかに「ジャンル」「キーワード」、「タイトル」「キャッチコピー」、「キーワード」「タグ」、「あらすじ」「キャプション」を見てきたからとしても、「本文を読み始める」とそれらは記憶の外へ押しやられるのです。
だからこそ、本文は「真っ暗闇の中に事物をひとつずつ置いていき光を当てて存在を読み手に伝える」工夫が必要になります。
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