857.創作篇:世界観は舞台である
今回は「世界観」についてです。
「勇者」が登場する物語の「世界観」は「剣と魔法のファンタジー」でなけれぱならないのでしょうか。
違う舞台も考えられますよね。
世界観は舞台である
これまでにも書いてきましたが、小説において「企画書」を創る段階で、主人公とストーリーと世界観は同時に出来あがります。
「主人公がなにをする話」であり、「主人公がどうなりたい」から「主人公がどうなった」までを決めるのが「企画書」です。
魔王を倒す世界観
「主人公が悪逆非道な魔王を倒す」話で、「主人公は誰もが認める勇者になりたい」という「企画書」を創ったら、「悪逆非道な魔王」が存在し、それを倒そうとする者がいる世界観になりますよね。
よくあるのが俗に「中世ヨーロッパ風」と称される「剣と魔法のファンタジー」の世界観です。これはテンプレートとしてほぼすべての「魔王を倒す世界観」の土台となっています。
ですが「魔王」は必ずしも「剣と魔法のファンタジー」にしかいないとは限りません。
「魔王」として天草四郎が登場する山田風太郎氏『魔界転生』もありました。日本の歴史では自らを「第六天魔王」と名乗った織田信長もいますから、時代小説や伝奇小説として江戸時代や室町時代・安土桃山時代といった世界観でも、じゅうぶんに「主人公が悪逆非道な魔王を倒す」物語は成立するのです。
もちろん現代を舞台にした「魔王を倒す」物語もあります。西谷史氏『デジタル・デビル・ストーリー 女神転生』はパソコンを通じて悪魔を召喚してしまった少年の物語です。
いかがでしょう。「魔王を倒す世界観」が必ずしも「剣と魔法のファンタジー」である必然性はありません。
そのうえで問います。
「主人公が悪逆非道な魔王を倒す話」で「剣と魔法のファンタジー」が舞台となる必然性はありますか。他の世界観でも表現できませんか。そのほうが俄然面白い物語になりそうではありませんか。
安直に「魔王」イコール「剣と魔法のファンタジー」と連想してよいものでしょうか。本来ならもっと面白い物語になれるはずの着想が、ひじょうに凡庸なたいして面白みのない小説にしかならない可能性もあります。
たった一回の連想ゲームで終わってしまわないようにしましょう。他にも舞台にできそうな世界観はあるはずです。そちらのほうが断然面白い作品に仕上がることがよくあります。
「魔王」の物語で読み手の想定外の世界観を打ち出せた作品は強いのです。『デジタル・デビル・ストーリー』シリーズは『真・女神転生』シリーズに、そして『ペルソナ』シリーズへと発展していきました。今でも「現代に現れた悪魔」という源流が息づいているのです。
恋愛小説の世界観
その点、恋愛小説つまり「主人公が想い人と結ばれる話」はいろんな世界観で書くことができます。
しかし、書けることと人気が出ることには違いがあります。
恋愛小説を数多く読む女性は、さまざまなタイプのイケメンとの恋愛模様に食らいつくのです。女性向け恋愛小説において「想い人」が「イケメン」であることは最低条件とされています。要は「どんなイケメンとのロマンスが読めるのか」が、女性向け恋愛小説の読みどころなわけです。
恋愛小説はいろんな世界観で成立します。「現代日本」「現代アメリカ」はもちろん、平安時代やイギリスのヴィクトリア王朝の時代、中国の漢や唐といった時代がとくに人気です。
なぜこれらの世界が舞台として適切なのでしょうか。それは「平和な時代」だからです。「現代日本」「現代アメリカ」は政治の混乱こそありますが、自国が戦場になっていない平和な国家です。また平安時代やヴィクトリア王朝、漢や唐といった時代も200年以上にわたって大きな戦乱のない時代でした。
それなら江戸時代だって二百五十年ほど安泰な時代でしたよね。でも人気が無いのです。なぜでしょうか。それは「想い人」となる「イケメン」がちょんまげを結っているからです。
映像を思い浮かべてください。一介の町娘に惚れて言い寄ってくるイケメンがちょんまげですよ。今の読み手からすると思わず笑ってしまうじゃないですか。表紙や挿絵でどんなに頑張ってもらっても、ちょんまげの破壊力には勝てません。
同じ理由で中国の清帝国も人気がありません。こちらも髪型が問題です。位の高い男性は「
「現代アメリカ」がよくて「南北戦争」が難しいのは、仮にロマンスが成立しても、肝心のイケメンが戦争に駆り出される可能性が高いからです。それではハッピー・エンドを迎えることが至難になります。恋愛小説を読む女性は「イケメンと末永く平和に暮らしました」という話が読みたいのです。
そこで「主人公がイケメンとともに魔王を倒す話」だとすれば、戦いを経ながらイケメンと仲良くなり、いつしか恋心が芽生える。そして魔王を倒して平和を取り戻した世界でイケメンと末永く平和に暮らしました。という流れなら女性の読み手としても満足度が高くなります。
私は男性なので、これと似た物語として川原礫氏『ソードアート・オンライン 001 アインクラッド』を挙げたいと思います。
主人公キリトは血盟騎士団の副団長アスナと交流することで、互いに惹かれ合い、ついにシステム上の結婚をします。しかし二人は第七十五層の攻略に駆り出されて、結婚生活は二週間で終わったのです。そして第七十五層をクリアした後で、キリトはあることに気づきます。それが全プレイヤーの解放を賭けた決闘に発展するのです。そして奇跡的な勝利を掴み取り、その時点で生存していた全プレイヤーは「ソードアート・オンライン」から次々とログアウトしていきます。その様子を見守るキリトもまた、現実世界へと戻ります。ゲーム開始から二年間、寝たきりだったキリトは、生存しているはずのアスナを探しに病室を出るところで物語は終わります。
『ソードアート・オンライン』の舞台はVRMMORPGであり、その本質は「主人公が魔王を倒す話」です。それを電脳ネットワーク世界で成立させました。その着眼点は特筆すべきです。そしてそれだけにとどまりません。アスナとの心の交流にも重きを置いて、恋愛小説としても読める作品に仕上げたのです。
この恋愛要素は無骨な「勇者物語」が読みたい男性の嫌悪感を買うこともありましたが、多くの女性ファンを生み出しました。
全体としては多くの読み手を確保したのです。
あなたの作品に恋愛要素を持ち込めるでしょうか。「剣と魔法のファンタジー」であろうと、恋愛要素を抜くと味けのない物語にしかなりません。
現在の小説界では、どんな作品にも恋愛要素が組み込まれています。女性の読み手に最大限アピールするためには、恋愛要素が不可欠だからです。
最後に
今回は「世界観は舞台である」ことについて述べました。
「主人公が悪逆非道な魔王を倒す」物語の舞台は、必ずしも「剣と魔法のファンタジー」である必然性がありません。それ以外の世界観を舞台にしたほうが、面白い物語に仕上がることもあるのです。
こういう人物が出てくるから、舞台はここしかない。そういう短絡的な選択が、没個性な作品につながります。
常識を疑うことで、新たな世界観を生み出せるのです。
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