853.創作篇:企画書を創る

 今回は「企画書」についての復習です。

 物語では「主人公がなにをする話」なのか。「主人公がどうなりたい」から「主人公がどうなった」までをまず決めます。





企画書を創る


「企画書」といっても、ビジネスで使うような分厚いものを書くわけではありません。

 とても簡潔であっさりとしたものです。

「企画書」において必要なものは「主人公がなにをする話」なのかと「主人公がどうなりたい」から始まって「主人公がどうなった」までのすべてではありません。

「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」を組み合わせたものが、私の呼ぶ小説の「企画書」です。「主人公がなにをする小説」なのかということです。




主人公がどうなりたいのか

「企画書」でまず必要なのは「主人公がどうなりたい」のかを明らかにすることです。

 小説の「書き出し」の段階で「主人公がどうなりたい」がなくてかまいません。ですが「書き出し」が終わる頃には「主人公がどうなりたい」と思うものがなければなりません。


 水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』の主人公パーンは「父のような立派な聖騎士になりたい」と思っています。しかし村人たちは「パーンの父は聖騎士の座を追われてこの村に来たのだ」と語っているのです。その真偽を確かめるためにも、神聖王国ヴァリスの聖騎士になりたいと思っています。読み手に有無を言わさぬ信念を持っているのです。

 マンガの尾田栄一郎氏『ONE PIECE』の主人公であるモンキー・D・ルフィは「海賊王になりたい」わけですよね。これが初回を終えるまでに出てきます。だからとてもわかりやすいのです。

 賀東招二氏『フルメタル・パニック!』なら主人公である相良宗介は「千鳥かなめを護衛する任務を全うしたい」と思っています。こちらは初回では明かされませんが、物語の初めのほうでそういう任務を受けたことが明らかになるのです。

 川原礫氏『ソードアート・オンライン』なら主人公であるキリトは、約一万人のプレイヤーに突きつけられた「『デスゲーム』を攻略したい」がためにソロで行動を起こしますよね。他人がいると経験値効率が悪くなるし、ベータプレイヤーとしての知識もありますから、人に先駆けて己のレベルアップにのみ腐心するのです。そもそも人付き合いが苦手なため、攻略ギルドに身を置くつもりもありません。

 渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公である比企谷八幡も人付き合いが苦手で「他人とかかわらずに卒業したい」と思っています。本来は勇気を出して「高校デビュー」しようとしましたが、交通事故によって入学式に出席できず、見事に失敗しました。だから余計に他人から遠ざかろうとするのです。


 以上のように、物語の最初から「主人公がどうなりたい」と思っている場合と、最初はそう思っていなくても物語が動き出すときに「主人公がどうなりたい」と決意する場合があります。

 もし「主人公がどうなりたい」がまったくない小説というものがあったら、どういう物語だと考えられますか。

「主人公がどうなりたい」は能動だから、受動で「主人公がどうされた」ではないか。そうお考えの方もいらっしゃるでしょう。しかし「主人公がどうされた」として、その主人公はそれに抗わないのですか。あなたは他人から横槍を入れられたらどう思いますか。普通なら現状を維持したくて「変わりたくない」と思いませんか。

 それなら「主人公は変わりたくない」という「どうなりたい」が導き出せるではありませんか。なので「主人公がどうなりたい」がまったくないという状態にはなりません。

 まったくない小説というのは、他人から横槍が入ってもまったく抗わず、ただ流されるだけの漂泊しているような主人公になりませんか。

 ではなにかあるたびに「あっちへふらふら、こっちへふらふら」する主人公に読み手は感情移入はできるものでしょうか。

 できるはずがないですよね。普通なら「こんなことに負けずに現状を維持してやる」とか「こんなことくらい解決してやる」とかあれこれ考えます。それが普通の人の反応です。だから「あっちへふらふら、こっちへふらふら」する主人公は読み手の共感が得られず、感情移入もできません。




世界観が自動的に決まる

「主人公がどうなりたい」が決まると、その世界観もある程度自動で決まります。

 たとえば「勇者になりたい」のであれば、「勇者」が存在する世界観でなければなりません。安直に「剣と魔法のファンタジー」でもかまいませんし、現実世界で「敵対組織との紛争地域」の可能性もあります。「四百戦無敗」の武術家の話かもしれません。「オリンピックで金メダルを獲る」もありえますよね。

『ONE PIECE』ルフィの「海賊王になりたい」は、海賊が存在する世界でなければなりません。そうなると現実の「大航海時代」のような世界観になるのは必定です。

 だから「主人公がどうなりたい」が決まると、世界観もある程度自動で決まります。

 世界観を創るのが苦手な方は、このように先に「主人公がどうなりたい」から考えましょう。

 先に世界観を創る必要はないのです。「勇者になりたい」でも宇宙スペースSFの世界観で「スペース・オペラ」にすることもできます。

 まずは「主人公がどうなりたい」を決めましょう。




誰がなにをする話なのか

 次は「誰がなにをする話」なのかを決めます。ここでの「誰が」は「主人公が」です。

「主人公が魔王を倒しに行く話」「主人公が戦争を終わらせるために戦う話」「主人公が武闘会で優勝するために闘う話」「主人公が皆を出し抜くために芝居する話」「主人公が犯人に自供させるために情報集めに奔走する話」などさまざまなものが考えられます。

 よく見ると次の「主人公がどうなった」が入り込んでいるのがわかります。

 たとえば『桃太郎』なら「桃太郎が鬼を退治するために本拠地の鬼ヶ島で戦う話」です。もし成功したら「桃太郎が鬼ヶ島の鬼を退治した」になりますし、失敗したら「桃太郎が鬼ヶ島の鬼の返り討ちにあった」になります。この成功と失敗はこの段階で決めなくてもかまいません。

 とにかく「主人公にどんな行動をとらせるか」が重要なのです。それが明確になれば、次の「主人公がどうなった」のかが設定しやすくなります。




主人公がどうなったのか

 では「主人公がどうなった」のかを決めましょう。

 基本的に「主人公がどうなりたい」が叶えられて「主人公が勝つ話」に落ち着き、「主人公がどうなった」を迎えるのです。

「主人公が魔王を倒して勇者として語り継がれた」「主人公が戦争を終わらせて英雄となった」「主人公が武闘会で優勝して最強を証明した」「主人公が皆を出し抜いてうまいところを持っていった」「主人公が犯人に自供させて事件を解決した」などに落ち着きます。

 ですが「主人公が負ける話」でもかまいません。「主人公がライバルに負けた」でも物語は成立します。

「主人公が魔王の返り討ちにあった」「主人公が戦争の最中に死んだ」「主人公が武闘会で敗れた」「主人公が皆を出し抜けずに捕まった」「主人公が犯人のアリバイトリックを見破れず釈放された」などになることもあるのです。

 しかし「主人公が負ける話」の場合は、「主人公が勝つ話」よりも扱いが難しくなります。「主人公が勝つ話」ならそのまま大団円を迎えられますが、「主人公が負ける話」では、それによって状況がどう変わるのかを丁寧に書かなければならないからです。

「主人公が負ける話」が持つ「虚無感」をどう解消させるのか。それが問われるのです。

 もし「次作の主人公が、本作の主人公の遺志を継いで魔王を倒した」というのであれば、本作で「主人公が負ける話」であっても受け入れられる可能性はあります。

 たとえば親子三世代が同じ魔王に挑み続けてようやく倒したというのならば、壮大な物語になるのです。

 こういう場合でも、最終的に「主人公(側)が勝利した」のなら、それが「主人公がどうなった」になります。

「途中でライバルに負ける」は「エピソード」として物語の中で書けばよいことです。それは次回にお話します。

 動機である「主人公がどうなりたい」を叶えて「主人公がどうなった」へつながってもかまいません。願い叶わずまったく異なる「主人公がどうなった」へ落ち着くこともあります。

 だから途中経過がどうであれ、最終的に「主人公がどうなった」のかが重要です。

 川原礫氏『ソードアート・オンライン』ならキリトは「主人公は『デスゲーム』を攻略したい」で始まって、「主人公が『デスゲーム』をクリアした」で終わっています。こちらは「勝ちパターン」です。

「主人公は『新世界の神』になりたい」というのがマンガの大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』の主人公である夜神ライトの動機ですが、最終的には「主人公が死神に殺された」という結末ゴールで終わりました。こちらが「負けパターン」です。

 途中のエピソードはすべて飛ばして、主人公の最初の動機と最後の結末ゴールを取り上げたものが「企画書」になります。


 一般的に、低年齢層が読む小説は「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」がつながっています。逆に対象年齢層が上がると、「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」がつながらないものが増えてくるのです。

 ライトノベルでも『ソードアート・オンライン』は最初の動機と最後の結末ゴールがつながっています。水野良氏『ロードス島戦記 灰色の魔女』は「主人公は父のような立派な聖騎士になりたい」で始まって、「ロードス島で暗躍する“灰色の魔女”を倒した」で終わります。つながっていませんよね。




主人公の大まかな設定

「主人公がどうなりたい」と「主人公がどうなった」がわかると、どんな主人公がその変遷をたどるのかが気になります。

『ソードアート・オンライン』であれば「人付き合いが苦手なゲームオタクのベータプレイヤー」が主人公の大まかな設定です。

『ロードス島戦記』なら「困っている人を助けたいと思う熱血漢」が主人公の大まかな設定になります。

 こんなざっくりしていてよいのか、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。これでいいのです。

 そもそも「企画書」の段階で主人公の設定に凝っても、その「企画書」がぼつになったらまったく使えません。詳細に書くのは、時間のムダです。





最後に

 まとめると、「企画書」とは「どんな主人公」が「主人公がどうなりたい」で始まって「主人公がどうなった」で終わるのかを書き記したものです。

『ソードアート・オンライン』なら「人付き合いが苦手なゲームオタクのベータプレイヤーが、VRMMORPG『ソードアート・オンライン』で『デスゲーム』をクリアしたいと思っていて、結果『デスゲーム』をクリアして、〈黒の剣士〉の異名がプレイヤー間に知れわたる」話と要約できます。

 これが小説の「企画書」なのです。これならどんなに小説が書けないとお悩みの方でも、必ず書けますよね。

 そしてこの「企画書」は、「小説賞・新人賞」へ応募する際に求められる「梗概こうがい(あらすじ)」の最初に書くべき文言になるのです。

「最初からネタバレなんだけど、本当に『梗概こうがい』にこんなこと書いて大丈夫なのか」と思われるかもしれません。しかしこれが書かれていない「梗概こうがい」は選考から除外されるのです。

「企画書」が書かれていないと、一次選考すら通過できません。どんなに本文が巧みでも、「梗概こうがい」ひとつまともに作れないだけで落とされます。なぜなら、選考さんはひとりで何十、何百の応募作を読まなければなりません。そのとき予備知識のありなしで、読破して内容を理解するのに大きなタイム差が生じるのです。予備知識があるだけで「どこがよくて、どこが悪いのか」が一回読むだけで理解できます。

 だから「梗概こうがい」を書く際には、「企画書」を必ず冒頭に書いてください。

 これは「小説賞・新人賞」に応募するときの最重要事項です。



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